微かに繊細で綺麗な歌声が聞こえてくる。
耳が痛くなるほどの高音ではないが、脆くてすぐ壊れそうな歌声だ。
俺はその声で目を覚ます、どうやら俺は、彼女の膝の上で寝ていたようだ。
歌声を奏でていた彼女は、少し申し訳なさそうにしつつ、でもふにゃっとした顔で
「あ、起きちゃったかぁ…ごめんね、寝てたのに私の歌声で起こしちゃって。」
と言った。
俺は彼女の肩にかかる髪を撫でながら少し顔を上げて
「ううん、大丈夫。歌上手いから聞いてて心地よかったよ」
と囁いたら彼女は頬と耳を紅く染めて「えへへ」と笑った。
俺はこんな顔で笑う彼女のこの可憐な歌声、彼女の奏でる音楽は彼女の美しい感情が出ていると思う。
君の奏でる音楽
死にたい。
昔から思っていた。
命という重く、苦しいものを背負って生きたくなかった
首吊るのは嫌だ。
息ができないなんて。
落下死も嫌だ。
死なずに複雑骨折で一生寝たきりになるかも。
そんな私が選んだのは
溺死だった
息はできないけど綺麗な風景を見ながら死ねるなら許容範囲だ。
海に行った。私は海が好きだ
穏やかで美しいけれど、人を殺められる程の力を持っているところが。
チャプ、チャプ
水を切る音が心地よく耳に入る
ズブッと足を取られる
軽く尻餅をつき、前を見る
そこには月光を纏った美しい人が立っていた
「宝石の子よ」
低く、冷たい、まるで海水のような声で私を呼ぶ。
だが、この呼び方ははじめてだ。
「な、何でしょう」
「何故自ら命を絶とうとする」
「貴方には、関係、ないでしょう」
「嗚呼、無い。だが、私が好んでいる場所で…」
「私が好いていたものが死ぬのは気分が悪くなるし、況してや自殺など良いものではない」
神は澄ました顔でそう呟く
神から告られて、自殺止められるなんて聞いたことないよ。
「神って優しいんですね。」
私は笑いながら
「自殺はやめます。こんなふうに止められたら、逆らえませんよ。」
と言ってその場に立つ
「そうか。」
「でもその代わり、生きる理由を私に下さいな。」
「好いているものの願いなら聞いてやらんこともない。」
「交渉成立ですね。」
神が舞い降りてきて、私に言ったことが私の
死ねない理由になってしまった。
貴方には、苦しんでほしくない。痛みを味わって欲しくない。
貴方の痛みと苦しみに満ちた顔なんて想像もしたくない。
だから貴方を私はこんな檻に閉じ込める
貴方の為なのにどうして
そんな絶望に溢れた顔をするの
私は中学二年生になった。その夏の事。
「先輩、私、あなたと同じ歳になっちゃった。」
お墓に花束を供えて、私は俯きながら呟いた
私はいつもしてる事を一通り済ませ、墓地を後にしようとした時だった。
ん?何あれ?
私の目に飛び込んできたのは二枚の【カード】だった。
普通のカードだったら素通りしたが、それはオーラ?を放ちながら宙に浮いていたのだ。
私はそれに触れた。すると、一年前のあの事件の二ヵ月前に戻っていた。
そうか、あのカードはタイムマシンだったのか。なるほど
だけど…これ、どうやって戻ったらいいのだろうか
まァその時に考えればいいか。という楽観的思考に陥り私はバッグに財布があることを確認し、
乾いた喉を潤すためのジュースを買いに行こうとした時
「海暗……?」
聞き慣れた声で誰かが私を呼ぶ。
その正体は、死んだ先輩だった。
「先輩…」
私は思わず泣いてしまった。
「どうしたの?!ていうか前会った時から身長も雰囲気も全然変わってるけど、って隈酷いじゃん!!
もう、何があったのかは知らないけど着いてきて!」
と言って手を引っ張る先輩を見ると、腹の中が抉られるような感覚がした。
こんなに健気で明るくて、誰にも優しい先輩をどうして守れなかったのか。そう自分を責めてしまったから。
「あのね、先輩」
私は落ち着いて、静かに声を発する。
「どうしたの」怒っている。明らかに先輩は怒っている。
「信じ難いと思うけど、私未来から来たの。だから、未来であった事を私は知ってるの。」
「うん」
「それで…貴方が…死ぬのを私は知っているの。」
「……」
「お願い。私を独りぼっちにしないで。私、貴方と一緒に生きていたかった。貴方と一緒に死にたかった。
だから、そんなに苦しいことがあるなら言ってよ。私、貴方の為ならなんでもするからさ。」
「海暗」何時もよりずっと低い声で私の名前を呼ぶ。
「何?」私は首を傾げる
ギュッと、私は抱きしめられる。
「んえッ?!」
「…お前を独りになんて、もう絶対させない。俺はお前とずっと、生きてみせる。だから、安心して。」
「…約束だからね。先輩。」
そう誓った時
何時の間にか握っていたカードが光り、私は元の場所に戻ってしまった。
「あら…」
私はさっきあったことを思い出しながらスマホを取り出し先輩に電話をかける。
出なかったら…まァそういうことだ。
プルル…プルル…
〈もしもし?あァ、海暗か、どしたの?〉
「何でもない。ただの生存確認だよ。」
〈俺まだご存命なんだが〜〉
「ハハッ、まァいいじゃん。減るもんじゃないんだし」
〈いや減ったよ〉
「何が」
〈睡眠時間〉
「寝すぎだからこのくらいに起きてもいい気がするんだが〜」
〈いやこれくらい寝ないと生きてけん〉
「マジか〜」
〈マジだ〜、あ、そういえばさっき変な夢見たんよ〉
「どんな?」
〈一年前の俺の前に今の海暗がいた夢〉
「へぇ〜どんな感じだったの」
〈なんかすっごい必死だったな、さっきの海暗と一緒で死人扱いされてた。酷くね?〉
「ハハ…そうね。」
〈絶対そうだって思ってないじゃーん〉
「思ってる思ってる!」
〈そうか。ていうかなんか今すっごい海暗に会いたいんだけどどこ居るの〉
「墓地」
〈わァマジか、まァいいや。迎えいくから待ってろ〜〉
「あ、じゃあコーヒー買ってブラックね」
〈オッケー、んじゃ。〉
ツー、ツー
タイムマシンって言うのか分からないけれど、
あのカードのおかげで私はまた貴方と一緒に笑ったりすることが出来るようになった。
タイムマシンがあった『から』私は悲惨な運命を変えに行った。
あの、悲惨な事件から2週間とちょっと。みんなに心配をかけさせないように、元気な自分を演じて学校に通っていた。事情を知っている友達は、無理しなくて大丈夫って言って私に休息を促してくる。
だけど、私はまだ休めない。休めるのはもう一度、彼に会ってから。そう自分に言い聞かせながら、
大丈夫、と妙に上手くなった作り笑顔で答える。
今迄は、これで良かったんだ。
けど
最近、夢を見るようになったんだ。それも、彼が死ぬ瞬間の夢。
目の前で大切な人が命の光を、自らの手で消した。
その躁鬱たる姿は私が最後に見た姿とは全然違った。
元々あった目の隈はさらに濃くなり、幾つもの痣が出来ていた。でも、表情は笑っていた。
そんな彼をどうして助けられなかったんだ。そう思うと泪が溢れ出して、
あの時、私に勇気があれば。
私は彼を救うことが出来たのかもしれない。
っていう夢。
私はあの時からずっと、
あなたを救うための勇気を求め続けている。