いつものようにアラームと共に目が覚めて、カーテンを開けて自室を出る。
お母さんと他愛のない会話をしながらご飯を食べて、身支度をして学校に行く。
今何の役に立つかも知れない授業を受けて、部活もバイトもしてないので、夕方には家に帰る。
家に帰れば夕飯を食べてお風呂に入って、ちょっと動画とかをみて寝る。
その繰り返し、これが私の日常。
当たり前で平凡な日々。
学生時代は、ずっとこのままだと思っていたのに。
「え……一家離散……?」
平凡な日常は、何の前触れもなく、唐突に消え去る。
例えば、ペットが死んじゃうとか。
例えば、お父さんが不倫してたとか。
例えば、両親が離婚しちゃうとか。
例えば、大災害が起きるとか。
私の場合は、いきなりの、一家離散宣言だった。
幸せな日常だったかどうかは、日常が変わるとわかるものである。
@ma_su0v0
【日常】
20年前、子どもの頃、友達に好きな色を聞かれた。
私は即答で、茶色、と、答えた。
「えー、茶色とか大便じゃーん!」
「きったなーい! 女の子なんだから普通ピンクとかじゃないのー?」
子どもだから悪気はないのだ。
純粋無垢な感想は凶器になる。
茶色の何が汚くて、茶色の何が普通じゃないのだろう。
「茶色好きとか初めて聞いた!」
「私も茶色はきらーい」
じゃあ二人は何色が好きなのかを聞く私。
「男はレッド! ヒーローの色が好きに決まってるだろ!」
「私はピンクと見せかけてのローズピンクが好き!」
子どもの頃にそんな話をしていたが、大人になった20年後の現在。
レッド好きとローズピンク好きの二人は結婚した。
何故か腐れ縁だった私は、先輩既婚者だからという理由で、二人の新居の家具選びを手伝う羽目になった。
家具は何色かに統一するか私は問う。
「そりゃ茶色一択でしょ!」
「飽きない色で揃えるなら、茶色って聞くし、茶色で!」
私は私が傷ついた言葉を忘れていない。
私の好きな色をバカにした思い出を。
二人は覚えていないだろうけれども。
「二人とも、茶色が好きになったんだね」
私は、新婚夫婦に貼り付けた笑顔でそう言った。
@ma_su0v0
【好きな色】
何を悩んでいるの。
悩むより行動したほうが楽でしょう?
そんな言葉を思い出して、俺は新たな人生をスタートさせようと決断した。
早朝5時の始発電車に乗り込む。
何度かの乗り換えの後、10時くらいに君の前に立つ。
梅雨時期の息苦しさがある空気だ。
「あれ、ハラダじゃん、どうしたの?」
あなたは俺の姿に気付いた。
上京した先輩、スーツ姿で会社の受付嬢をしている、優しくて美人な俺の先輩。
「来年、俺、学校卒業するから、結婚してください!」
間髪入れずに頭を下げる
「結婚の予約! 離れたくない!」
「え、仕事中にそれ言われてもなんだけど」
俺は頭を下げたままなので、あなたの表情はわからないが、声色だけは呆れたものだった。
しばらくの沈黙の後、下げた頭をあなたはポンポンと撫でる。
「悩んでたから行動してくれたのかな? 分かったよ」
それから俺の人生は、彩りのあるものとなったのは、言うまでもない。
あなたがいたから、今の幸せな俺があるのだ。
雨が上がった空気は、汚れがなく綺麗だった。
【あなたがいたから】
@ma_su0v0
雨の気配を感じて、ボクは家から出た。
ゆっくりゆっくりと、緑の大きな傘をさしたまま進む。
緑の大きな傘の中に、君は飛び込んできた。
君はケロケロとノドを鳴らす。
「こんにちは、カタツムリさん。少しだけ一緒に、この傘の中に入っていいかな?」
君はボクにそう問うた。
ボクは目をきょろきょろして答える。
「こんにちは、かえるさん。もちろんですよ、今日の雨は強いですからね。さぁ、もう少し中まで入ってください」
ボクは、緑の大きな傘の端へと移る。
梅雨だというのに強く降りしきる雨。
ボクと君は、しばらく緑の大きな傘で共にいた。
@ma_su0v0
【相合傘】
息苦しさで目が覚めた。
何やら身体は、じっとりと湿っている。そんなに私は汗をかいたのだろうか。
しかし、その異様なまでの暑さと呼吸のしづらさで、それではないと理解した。
アラームではない、けたたましい音も聞こえる。
--これは、火事ではないか!?
働かない頭でも、本能でそう理解できるくらいに、状況がいつもと違っていた。
ここは高層マンション。私の部屋は12階。
火元がどこかもわからないが、窓からは赤とオレンジと黄色の炎の色と真っ黒な煙が目視できた。
意を決して窓を開ける。窓ガラスは素手で触れたものではなく、カーテンと共にあけた。
熱い。ただただ、熱い。
息を吸うだけで肺が焼かれているのではないかと思う程に。
このままでは、すぐにこの部屋も燃えてしまうだろう。
--逃げなければ……!!
そう考えてからは早かった。
何も考えてはいなかった。
ここは、12階だが、死ぬ高さではないと錯覚していた。
涼しい。
熱さからの解放は、これほどまでも清々しいのか。
助かった、これで焼け死ぬことはないだろう。
私は、ただただ下へと落下した。
下へと辿り着く前に、私はまた意識を失った。
@ma_su0v0
【落下】