喜村

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11/4/2023, 3:51:02 AM

 笑ってやがる、なんで、笑ってるんだ。

 目の前には、大きな姿見が一つ。
同じ服装で同じ体勢のをしている自分がいる。
 しかし、一つだけ違うこと。
 鏡の中の自分は、皮肉そうに笑っている。
嘲笑っているかのように。

 そんな顔でみるんじゃねぇ。

 俺は、思い切り鏡を殴ったが、割れることもなく、同じように拳を突き出している、笑った自分がいるだけだった。

 いや、自分が笑っている自覚がないだけで、他の人には、俺が笑っているように見えているのか……?

 俺は、ゆっくりと拳を戻す。
 自分にはわからない自分。鏡の中の自分。
 これが他人に見られている俺なのか。
 俺は、鏡の中の自分のように、自分自身を嘲笑ってやった。

【鏡の中の自分】

11/2/2023, 6:42:27 PM

 眠りにつく前に、母は私に本を読み聞かせてくれた。
時には昔話、時には世界の童話、時には今話題の新作の本。
 でも、いつしか、小学生になる前くらいに、その日課の眠りにつく前の読み聞かせがなくなった。

 あれから、20年。
 秋の夜は長い。

 眠れないなぁ……

 私は、いつもは携帯電話を手に、ベッドの中に入るが、読書の秋とも言うし、と、紙の本を持ち出し、ベッドに入る。
 本には色んな世界がある。
 小さい頃、眠りにつく前にやっていたことを久々にやってみる。
さすがに声に出して読み上げるのは恥ずかしいが、それ以外はあの時と同じ。

 秋の夜は、静かに更けていった。

【眠りにつく前に】

11/1/2023, 10:56:26 PM

 私は、とにかく、しにたがりだった。
 生きていても、楽しいことはない。
 息をするにも、身体のどこかの機能は永遠に働き続けているし。存在するにも、何かしらの税金を払い続けなければならない。

 今月も家賃が払えないや。
身体もあちこち痛いけど病院もいけないや。

 疲れたよ、もういっそ、逝って楽になりたい。
こんな生き地獄から解放されたい。
未練はないし、やり直すこともしなくていい。

 今流行りの、異世界転生とかリープものとかじゃなくて、本当に消えたい。

 そう思って、勤め先の高層ビルの窓から飛び降りた。飛び降りて、途中から意識がなくなった。



 なのに、私は目が醒めた。
 あれ? 私、しんだんじゃないの?
 あたりは薄暗く、何やら液体に満たされていた。目の前には太めの紐が見てとれた。
 一度深呼吸をしようとするが、息をしている感覚はない。でも、口はパクパク動かせる。

 ここは、どこ?
 もしや、と、私は嫌な言葉が脳裏をよぎる。
--輪廻転生
 人は、何度も生死を繰り返し、生まれ変わるという意味。
 つまり、一度人として生まれてしまったら、永遠に人として生まれかわるという意味……?

 頭が割れるように痛い。心臓も痛い。
 私の次の地獄が始まった。
「おめでとう、女の子ですよ!」
 私の地獄は、永遠に。

【永遠に】

10/31/2023, 5:17:24 PM

 人からの目を気にしないで、恨みや妬みが一切ない、争いのない、愛に満ちた世界--それが私の理想郷だった。
しかし、やはり理想は理想な訳で。
 私は、空を見上げていた。
 秋の雨は、この前降った雨よりも冷たかった。
それなのに、身体の下の液体は、生暖かくて。

 痛いなぁ……。

 動きの悪い身体をなんとか腕一本だけ動かし、痛い左脇腹を触ってみる。
その手を自分の視界に入る所まで持ってきた。
 赤い、鮮血。

「なんだ、まだ生きてるの?」

 雨の音か耳なりかわからない中、そんな女の声が聞こえた。
 狭くなる視界の中に、見知った女--私の妻が映る。

「あなたとの生活は疲れたの。綺麗事ばっかりで。別れてもくれないし。だから……」

 妻の手には、包丁があった。
その切っ先は、赤く濡れている。
 私の理想郷は、綺麗事を並べただけのものだったのだろうか。
 私は、鉛のように重い腕をおろす。
 妻は、両手で包丁を構え、仰向けの私の上にまたがった。

「しんで」

 愛する妻のその声を後に、私の意識はなくなった。


【理想郷】

7/21/2023, 10:22:49 AM

 大きな家を持ち、ほしいものは何でも手に入れられる。
 衣食住に関しては、何も不自由がない俺に、決定的に欠けていることは、感情だ。
 今一番欲しいものは、感情だ。
 何を買っても、観ても、喜びもせず、楽しめもせず、感動もしない。
 何をされても、傷つかれても、怒りもせず、悲しみもせず、妬みもしない。
 へー、他の人はこれが嬉しいんだ、とか、こんなことで怒ったりするんだ、とか。
 俺には感情がなく、周りの人もきっと俺のことをロボットだと思っているだろう。
 感情なんていらないと言う人もいるけれど、ないはないで、共感さえできないものなのだ。
 金や物じゃなくて、感性豊かな感情をどうして神様は与えてくれなかったのだろう。
 恨みはしないが、俺は神様に愛想が尽きた。
今一番欲しい感情が、もう貰えないなら、いっそ、終わりにしよう、と。


【今一番欲しいもの】
※【幸せとは】の続き←1月のお題

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