私は、老人に拾われた。
雨が止んで、さんさんと降り注ぐ太陽の下、干からびた何かに私はなりかけていた。
そんな時に、老人に拾われた。助けられた。
飼い主に捨てられ、カラスとの戦いで痛み分けとなり、雨が体をうちつけ、今に至る。
老人は、私の顔をふいてやる。目やにがついていたが、それを綺麗にふきとってくれた。
体にもたくさんのノミやらがついていたが、薬か何かでふきとってくれた。
この人は、いい人だな、と、私は思った。
いや、油断してはいけない。いつまた捨てられるかもわからないからだ。
私は体を震わせて警戒した。
「よし、じゃあ、名前を決めましょうかねぇ」
老人は、おもむろに余り紙とペンをだす。
「チビ? いや、でも大きくなるかもしれないわよねぇ。 クロ? んー、見たまんまってのも面白くないわねぇ」
名前の候補を出しては、斜線をひいて消す。
そして、あぁ!、と、老人は思い出したかのように言う。
「雨の日に出会ったから、アメ!」
どうやら、私の名前が決まったらしい。
私の名前は、アメ。今日、アメ、という名前をもらった。
雨の日に出会ったが、窓からは暑いくらいに太陽の陽射しが差し込んでいた。
【私の名前】
隣の席のイノウエさんは、授業中にいつも廊下を見つめている。
俺も気になって、イノウエさんが見ている方面を見るものの、特に何もないしもちろん誰もいない。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は、気になりすぎてとうとう隣の席のイノウエさんに声をかける。
「あの、イノウエさん、ちょっといいかな?」
ポニーテールのイノウエさんは、不思議そうに俺を見る。
「いつも授業中にイノウエさん廊下みてるけど、何かあるの?」
イノウエさんは、一瞬、なんのことかと悩んでいたが、思い出したかのように、あぁ!、と言う。
「この学校の七不思議知ってる?」
「……え? 高校にも七不思議ってあるの?」
俺が鼻で笑って聞き返すと、イノウエさんは、むっとした顔をする。
「あるよー! その七不思議の一つで、廊下をさ迷う幽霊っていうのがあってね」
イノウエさんは、廊下を指さす。
「ちょうど、そこの廊下、授業中に通ってるんだよ」
俺は、言葉を失う。
「……いや、誰もいないよ? だから聞いたんだけど」
「まー、普通の人は見えないもんね、幽霊」
俺は、固まった。
イノウエさんの視線の先には、どうやら、学校の七不思議の廊下をさ迷う幽霊があるようだ。
廊下の蛍光灯が、パチリと鳴った。
【視線の先には】
どうして、私だけ。
そんな悲観的に思うことがあるのではないだろうか。
隣の芝生は青いの現象で、本当は自分にも恵まれている何かがあるのに、他の人達に憧れ妬むことがあるのではないだろうか。
私には、ある。
どうしてこんなに頑張っているのに、評価されないのか。
どうして毎日やってるのに、身になってくれないのか。
どうしてあの他人より力量があるはずなのに、芽がでないのか。
私だけ、特別に、遅れを感じて焦ってもがいて、ふと回りと比べては悲劇のヒロイン。
だから私は、私だけ、の世界を作った。
私だけに隔離すれば、誰とも比較しないし比較されない。
そのかわり、評価もされなければ身になってるかもわからない。
でも、この作品を埋もれている作品の中から拾い上げてくれて、誰か一人にでも読まれていれば、一つだけでももっと読みたい🤍が押されてくれれば、私はもう報われた気分である。
自ら作った私だけの世界に、あなたの軌跡が残されることを祈らん。
【私だけ】
私には、お母さんがいない。
いや、正確には、いなくなった。
ずっと昔には、いた気がする。
でも、それもとても曖昧なくらい遠い日の記憶。
お父さんに聞こうにも、いざ聞こうとすると、言葉が喉につっかかって聞けず終い。
一緒に手を繋いでお散歩をしたり、一緒にお布団に入ってねむってくれたり、一緒にフードコートで昼食をとったり。
そんな他愛のない親子をやっていた記憶は、薄れつつあるが、ある。
どうしていなくなったのか、いつからいなくなったのか、それは私にはわからない。
聞かなければ、永遠と謎のままである。
今日は、私の誕生日。18歳になった。
父がショートケーキに1と8のろうそくをさしてご馳走してくれる。
私はゆらぐろうそくの日を眺める。
そうだ、こんな記憶も断片的にある。
「今日で成人だね、おめでとう」
「ありがとう……あのさ、お父さん……」
遠い日の記憶を胸に、意を決して私は口を開いた。
【遠い日の記憶】
あー、身体中がいてぇ……
俺は、狭い視界で空を見ていた。狭い視界、というのは、ヘルメットを被っているからである。
さっき、カーブしようとしたら、その対向車側に大型トラックがいて、おもいっきりぶち当たって、ガードレールを飛び越えて、この土手の上に着地、というより、落下した。
身体が全く動かない。足首少し、指先少し動かすだけで、どこかしら痛む。
頭を動かしちゃいけない気がする。俺の直感がそう言っている。
空を見上げているこの体勢以外、何もできない。
あー、俺しぬのかな
頭に浮かんだことはこれだった。
うーん、死ぬ前にやりたいこと、たくさんあったんだけどな。ありがとうとかごめんとか好きとか、言いたいことたくさんあったんだけどなぁ。
心に浮かんだことは、身近な人への思いだった。
まぁ、対向車側のトラックの人が通報するだろうから、俺のことも気付くだろう。それにしても、痛い、重い……。
俺は、ゆっくり瞼を閉じた。見上げていた空を自分で消した。
【空を見上げて心に浮かんだこと】