喜村

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7/15/2023, 10:21:38 AM

「終わりにしよう」
 夏休みが始まる前の最後の下校の時、しばらく歩いてから、貴方はそう言った。
 いきなりのことで、私はその場に立ち止まる。
貴方は、自転車を押しながら歩いていたが、私をおいて、そのまま歩いて行こうとした。
「……待ってよ……」
 やっとの思いで声が出たが、貴方には届いていないようで、歩みを止めてくれない。
「ねぇ! 待ってよ!」
 喉の奥が焼けるようだった。必死にそう大声が出た。
 さすがに今度は聞こえたようで、振り向きもせず、あなたは立ち止まるだけ。
「なにを……終わりにするの?」
 恐る恐る、口をわなわなさせて私は言う。
「明日から夏休みじゃん、だからさ、別れよう」
「意味わかんないよ! 何か悪いことした?」
「悪いことは、してないよ。でも、良いこともないんだ。お前に、魅力を感じなくなったから、終わりにしよう」
 耳の奥の方で、海のさざ波が聞こえた。暑くて眩しいはずなのに、目の前が黒く塗り潰されていく。
 私は、その場に膝をついて、しばらく彼の後ろ姿を眺めていた。
 夏の日差しは私のことをこれでもかと突き刺してきた。

【終わりにしよう】

※【後悔】の続き

7/7/2023, 11:49:13 AM

 俺には、人には言えない特殊能力がある。他の人には見えないものが見えるのだ。
 例えば、幽霊や妖怪などといったもの。
 本日は七夕。雨雲があるが、今の段階ではまだ星が少し見え隠れしている。
 俺は、見てしまった。
「彦星さま! 会いたかったわ!」
「織姫どの! 今宵は楽しみましょうぞ!」
「愛しています、彦星さま……!」
「私も愛しく君を思うぞ、織姫どの……!」
 俺は、七夕が嫌いだ。
 他の人は、彦星と織姫が会えればいいね、などと言うが、これを毎年、夜空を見上げると見せられる身にもなってくれ。
 雲に隠れると、声も遠退く。雨が降れば、声もかき消される。
 早く雨が降ってくれないかな。俺はそう願った。
 瞬く天の川のその先で、二人の愛の劇場が始まりをむかえていた。


【七夕】

7/6/2023, 12:28:03 PM

 夏も近付いてきた今日この頃、梅雨明けにはまだ早く、晴れより雨が目立つ時期だった。
 学生時代だったら、期末テストとかやって、それが終わってちょっとしたら夏休みという長期休みが待っていた。
 部活をやるも遊びをするも、友だちがいれば楽しかったあの頃。夏休みだけではない、学校に行けば友だちがいて、バイト先にちょっかいかけに来る友だちがいたり。

 社会人になった今、夏休みとは縁がなくなった。
 それどころか、接客業の私は土日が仕事となり、工場や公務員で働く友だちとはどんどん疎遠になっていった。
 最初こそは、お互いの休みをあわせようとか話していたが、そんなことは簡単ではなく。
 こうやって、みんな学生気分から大人になるんだな、と、実感した。

 映画館には平日にレディースデーがある。ふらりと立ち寄ると、振替休日なのか学校をさぼったのか、明らかに高校生くらいの女の子が友だちと映画を観にきていた。
 今のうちにおともだちと仲良く青春してなさい、薄暗くなる映画館の中、私も遠い昔の友だちの思い出を重ね合わせた。

【友だちの思い出】

7/5/2023, 11:45:10 AM

『時刻は深夜0時をまわりました。ミッドナイトラジオのお時間です』
 どうやら俺は寝落ちしていたようだ。
寝落ち、というよりも、職場から自宅に帰る道中に、猛烈に眠くなり、コンビニの端の駐車場に車を停めて、現在にいたる。
 仕事は22時に終わったから--
「やべ、2時間くらい寝てた!?」
 車のラジオから聞こえた時間にハッとする。
いつもなら家でご飯やお風呂を済ませる時間なので、このラジオ番組は初見である。
 ラジオでは雑談や音楽を流す程度のものだったので、聞きながら俺は車を走らせた。
『そういえば、そろそろ七夕ですね、おり姫様と彦星様は、今年は無事に会えますかね』
 俺は車を運転しながら、夜空を見る。
そこには、満点の星空が広がっていた。
こういう時、田舎に住んでて得したなぁ、と、思う。
『まだ梅雨はあけてませんが、年に一度会える行事、会えてるといいですね』
 うんうん、と相づちをうちながら運転している俺。いつの間にか放送に相づちを打つおじさんになってしまったようだ。
 それに、この星空も、若い時はただ綺麗だなぁ、と思っただけだったが、なんだか感傷に浸るくらいに年を取ってしまっていた。
 大きな天の川と共に、俺は帰路に着いた。


【星空】
※【真夜中】や【ミッドナイト】のお題の時系列

7/3/2023, 10:46:23 AM

 辺りは木が鬱蒼と繁っている。足元の地面はぬかるんでいる。
 困った、完全に遭難した。
 こう行けば正規ルートに戻れるだろう、と、勘で行動していたら、もう元には戻れない場所に来てしまった。
引き返そうにも、数分前にどこを歩いていたか思い出せない。なんといっても、みる限り似たり寄ったりの木しかないのだ。
 諦めて、斜面が下に向かっている場所を選び、ずっとあるか続けていると、ようやく人工物を見つけた。
 吊り橋である。それも、かなりぼろぼろの漫画やアニメで出てくるような、木と縄で作られた壊れそうな吊り橋である。
 吊り橋の下は、もちろん崖。それもかなりの高さである。
 この吊り橋のその先にある道は、果たして人がいるのだろうか。
人がいるという保証があるなら、勇気を出して進もうと思えるものだが……。
 他に道はないかと見るも、また獣道を探るしかない。
 この道の先に、幸あれ--!
俺は突き進んだ。


【この道の先に】

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