私の大好きな作家さんが消えた。死んだ、ではなく、消えた、のだ。
ネット社会になり、この現象を体感した人は多いのではないだろうか。
今日も私はいつものように、その人の更新を楽しみにしていた。毎日夕方五時に定期更新をしてくれる作家さん。
仕事で疲れた心に、クスッと笑わせてくれる絵日記やブログを書いてくれて、私の仕事終わりのルーティーンとして、毎日読みに行っていた。
エラーページは心がえぐられる。
存在しませんと、ホームページ自体が消えていた。
ネット回線の問題かと思ったが、そうではないらしい。
作家さんのSNSに飛んでみる。そうしたら、かろうじて存在はしていた。
しかし、過去のタイムラインはほぼ消えていて、アイコンも真っ黒。固定されたタイムラインが一つだけ。
『ありがとう、さようなら』
一体、なにがおこったの?
突然のことで頭が真っ白になった。
情報収集をしても、なにが真実で何が嘘かがわからない。だって、本人じゃないから。
別れというのは突然で、もっとも、ネットだけの繋がりが増えたせいか、こういった別れが極端に増えた気がした。
過去のことは全て消して、意味深な文章だけを残し、突然消えて行く別れ。
あなたは私のことを覚えてないかもしれない。
でも、私はあなたの作品に触れて、毎日頑張る糧になっていたのは事実。
あなたにとって、私はただの一ファンなだけだったけど、その一ファンはたくさんいて、たくさんの支えられていた人もいたというのに。
突然の別れで、スマホを握る手に、指先に力が入らない。
さようならは言いたくない。でも、一言だけ。
「ありがとう」
私はあなたのタイムラインと同じ一言を無意識に口にした。
【突然の別れ】
叶わぬ恋だと思っていても、スタートするのが恋物語。
例えばテレビの世界で輝くアイドル。
例えば身近な存在のお父さんやお姉ちゃん。
例えば同性の人。
今でこそ同性との恋は成就しやすくなったけれど、さすがに身内とは恋仲にはなれない。
私はお父さんに恋をした。実の父親ではない、血も繋がっていない。お母さんが新しく結婚をしてできたお父さんだ。
年もお母さんとよりも私との方が近いくらい。
どうしてお母さんと結婚したんだろう、私と先に出会っていたら、可能性は私ともあったのではなかろうか。
身長が高くて、爽やかに笑って、清潔感があって、おしゃれで。
私が初めて一目惚れをした。
この恋物語はスタートしてしまったのだ。
出会った瞬間、お母さんから新しいお父さんよと紹介された瞬間から、この恋物語は終了してしまっていたのに。
私は、二人の前から逃げ出すように自室へと移動した。
きっと二人は、新しいお父さんの誕生にショックを受けた娘、と見たかもしれない。
私は自室の扉に背中を預けてしゃがみこんだ。
「……好き、かっこいい……」
部屋に一つだけ、私の声がなった。あとは自分のバクバクの心臓の音だけがやけに大きく聞こえただけであった。
【恋物語】
深夜2時。あたりは暗くなったと言うのに、俺は車で一人でいた。
なんと、二十歳を過ぎたというのに、門限の12時に間に合わず、家から閉め出されてしまったのだ。
家の前でエンジン音をかけたままだと、ご近所迷惑なので、キーは刺したままACCモードで車のシートを倒す。救いなのが五月の寒くも暑くもない季節だったということだ。
サンルーフの車だったり、キャンピングカーなら、星空を拝めたかもしれないが、俺の車はそういうのではないので、こじんまりと窓の外を見る。
街灯もなく真っ暗。早く寝なくては恐怖心にかられるくらいのどいなかである。
寝れそうで寝られない。
久々に車でラジオでも聞いてみようか。
今はもう聞かなくなった、真夜中のラジオ。
『時刻は深夜2時半をまわりました。ミッドナイトラジオ、エンディングのお時間です』
こんな時間でも放送してるところがあるのか、と、俺はラジオに耳を傾ける。
懐かしの歌謡曲や今話題の曲をなんとなく流しているような、そんな番組だった。
なんだか恐怖心が柔いてきた、あぁ、これなら……
俺は、ゆっくりと目を閉じた。真夜中に静かに溶けていった。
【真夜中】
※【ミッドナイト】の別人物で続編
誰かが言った、愛があればなんでもできる、と。
そんな綺麗事がまかり通るものなのだろうか。
鈍く光る刃を片手に私は彼の亡骸を見下ろしていた。
私は彼を愛していた。愛おしくて仕方がなかった。確かに、愛があればなんでもできるのかもしれない。人を殺めることだって。
私が大好きだった彼氏が浮気をしていたのを発覚したのは、一月前のことだった。
奪った女が憎くて仕方がなく、始末をした。
美人でも可愛くもないじゃない。こんな女のどこに惚れたの?
事切れた女の顔を足蹴にしてやる私。
その現場を大好きな彼氏に見られた。
信じられないといった絶望的な表情で見られた。
私は愛があったからこそ、この愛を踏みにじられないように片付けただけなのに。
彼は奇声を発して私の前から逃げようとする。
……どうして逃げるの?
私は彼の亡骸さえも愛している。
愛があればなんでもできたけれど、やっていいことと悪いことの区別もつかずに、なんでもやってしまう。
優しく包み込むように、息が途絶えた彼を抱き締めた。ずしりと重い、温もりはない。
「はぁ、やっちゃったなぁ」なんだか笑えてくる「ずっと一緒がいいなぁ、愛してるから、ね」
私は片手で彼の血にそまった刃を握りしめ、首につきつけ引き裂いた。
【愛があればなんでもできる?】
やって後悔するのと、やらずに後悔するほう、どっちがいいのだろう。
俺は悩んでいた。
マンネリ化してきている、この傍らの彼女と別れようか、別れまいか、と。
別れてから、別れなきゃよかった、と思うのか、別れずにだらだらと交際を続けて後悔するのか、どちらがいいのか、と。
どちらに転んでも、たぶん後悔はついてくると思う。
別れてすぐに新しい彼女が見つかれば、後悔はせずにすむ。でも、そんなのは望みが薄すぎる。
別れずに交際を続けて結婚や子どもができたら、後悔はしないかもしれない。でも、そんな先の事は今の俺には考えられない。
「ねぇ、じーっと見つめてなに?」
サラサラなストレートヘアーを揺らし、俺の顔を少し上目遣いで見つめる彼女。
別れる別れないじゃなくて、マンネリ化の解消方法を見つけるかぁ。
「別に、可愛いなぁ、って思って」
彼女は顔を紅潮させて、そっぽを向くのであった。
たぶん、この選択が、俺も彼女も後悔しない最善手なのだと思った。
【後悔】