仕事を辞めた。
大型連休が終わったと同時に、仕事に戻ったがやる気が出ず、そもそも仕事自体に嫌気もさしていたので、仕事を辞めた。
これが所謂、五月病、ってやつなのかもしれない。
新卒で入って、たった一ヶ月程度で辞めてしまった。親にはまだ話せていない。
いつも通りにお弁当を渡され、いつも通り家を出る。でも、仕事はしていないので職場はない。
俺はため息をつきながら公園のベンチに腰かけた。働かなくてもお腹は減る。渡されたお弁当を昼時にもぐもぐと食べ始める。
昼時と言っても、もうすぐ二時。小さいお子様達が野原を元気に駆け回っていた。
俺にもあんな時期があっただろうに、親に申し訳ない。
走り回る子どもの手には、タンポポが握りしめられていた。綿毛で、走る度に風のなびくように散っていく。
あんな自由に風にのってどこかへ飛んでしまえたら。
--いや、待てよ。
今の俺は、会社を辞めたニート。
どこへにも転職できる綿毛の時期ではないか。
マイナスに考えないで、学校でみんなの流れで就職先を選んでしまったが、今は自分の好きな仕事につけるではないか。
俺はベンチから立ち上がる。膝にのせていたおにぎりが漫画のように転がった。
そうだ、俺は綿毛だ。風に身をまかせよう。
春風はもう夏の空気を含んで温かく強く俺を後押しした。目の前を軽々と綿毛が舞っていた。
【風に身をまかせ】
今から何十年か前にね、流行り病があって。
みんな家から出られないことがあったの。
買い物にも行けない、遊びにも行けない、学校や仕事にも行けない。
今では考えられないでしょう?
だから、家で何かできることを皆で探したの。
あなたならどうする?
見たかった映画やドラマや漫画をみたり、筋トレをしたり、物を作ってみたり、家で色々な趣味をすることを『おうち時間』って言ったんだよ。
え? ママは何をしてたのかって?
ママは自分を見つめ直してたかな、おうち時間でやりたいことはなんだろう、って。
結局、時間がなくてやりたいこともやれない、って言ってる人もいるけれど、いざおうち時間ができても、やりたいことが見つからない、なにをしていいかわからない人って、たくさんいたんだ。
またあんな日々がくるのは嫌だけど、そうなった時におうち時間でやりたいことを今のうちから考えておくのも、わるくないかもね。
【おうち時間でやりたいこと】
世間でいう大型連休が終わると、我が子の大型連休が始まる。我が娘は接客業で、世間様が休んでいる時が繁忙期。今、その繁忙期が終わり、居間で昼寝をしているようだ。
起きていると何かとお喋りばかりで、家事を手伝い素振りもなく、これで結婚できるのか、と心配してしまう二十代半ばの女性。
しかし無防備に寝ている姿は、遊び疲れて寝てしまった子どもの頃のあのままだ。
あっという間に大人になってしまった。子どもの頃の愛らしさがどんどん薄れてしまっていく。子どものままでいてほしかったけれども、そんなのは無理な話で。
でも、いつになっても、我が子は我が子。親は大きくなっても親なのであって。
「ほら、そんな所で寝てたら風邪ひくわよ、掃除の邪魔だから部屋に戻りなさい」
眠気まなこで起き上がり、自室にとぼとぼ戻っていく。
この娘にも子どもができるのだろうか? 早く孫の顔はみたいけれども、不安でもある私であった。
【子供のままで】
死んでしまっては、何も伝えられない。
死人に口なしとはいうが、本当にそうだ。
私の不注意で、私は死んだことになっているが、実際はそうではない。
でも、何も言えなかった。
私の亡骸を見て、彼女は泣いていた。
傍らで、死を理解できていない我が子は不思議そうにしていた。
事故扱いの真相も伝えたいけれど、それよりも。
私は、あなた達のことを愛しているよ。
離ればなれになってしまったけれど、ずっと愛して、ずっと見守っているよ。
不安にならないで、悲しまないで。一緒にここにいるからね。
声はでない、伝わりもしない、それでも。
私は二人に愛を叫んだ。声にならない愛を叫んだ。
【愛を叫ぶ】
※シリーズものの作品です
目が醒めると辺りは青臭かった。
目の前は一面緑色で、さっきまでの記憶が何もない。
ここは一体……とりあえず、起きなければ。
そう思い、体を動かすと関節がなかった。ぐにゃりと体が動いたのだ。
変な自分の動きかたで改めて自分の体をみると、黄色。
よくよく考えてみると、この青臭さは……キャベツだ。よく見ると葉脈のような筋も見える。
と、なると、この体、毛こそ生えてないが、虫か!? アゲハチョウのようなでかい芋虫ではなさそうだ。さしずめ、モンシロチョウあたり。
あれ? 全くキャベツしか見てなかったけど、ものすごい視線を感じる。
ふと顔をあげてみると、巨人達がぎょろりとこちらを見つめている。物凄い人数だ。
もしやこれは、学校の教材となっている……?
落ち着いて頭の整理をしてみる。
記憶はない、が、たぶんこれは、今ブームの「転生」を果たした自分。
転生した先は、学校の教材にもなっている、おそらく、モンシロチョウ。しかも今生まれたて。
と、いうことはだ、まっさらな自然に放り込まれた訳ではなく、毎日何不自由なく、ご飯を食べて寝てを繰り返すだけの、敵に襲われる心配もない、ハッピーライフなのでは?
異世界転生なんてのがブームらしいが、自分はこういう短いサイクルでハッピーライフを送れるほうがあっていそうだ。
前世の記憶はほぼないけれど、セカンドライフを満喫しようと、むしゃむしゃとキャベツを頬張った。
【モンシロチョウ】