とても寒い夜だった。部屋にいるから吐く息が白くなることはないが、外はそうなる程の寒さである。
「ほら、早く寝なさい~」
リビングでテレビにかじりついている少女に向かって、母親は声をかけた。
「いやだ!」腰まである髪を左右に揺らして答える「サンタさんが来るまで起きてるの!」
母親は呆れ顔である。
「寝てる時じゃないと、サンタさんはこないのよ~」
「寝れない! サンタさんに会うまでは寝れない!」
「お母さんの言うこと聞かない悪い子には、プレゼントこないよ~」
「プレゼントはいらないから、サンタさんには会いたい!」
少女は母親に食いつく。更に母親は困り顔である。
眠れないほど興奮する気持ちも、母親は理解できたらしい。きっと、自身もそうだったのだろう。
しかし、夜の11時を過ぎる頃になると、少女の瞼は言うことをきかなくなってきたようだ。
「そうだ、リビングじゃなくて、布団で横になって待ってましょう? 布団のほうが温かいよ」
「……うん」
少女は目を擦りながら寝室へと移動する。
母親の勝利であった。
翌朝、少女の枕元には綺麗なラッピングが施されたプレゼントがあったようだ。
【眠れないほど】
大きくなったら何になる? それは小さい頃に誰もが問われた夢。
その問いに答えたあの日から10年。その時の夢を現実にできた人は、全体の何パーセントなのだろうか。
夢は夢であるから、キラキラした存在であって、それが叶ってしまった時でも、キラキラしたままなのであろうか。
パパのお嫁さんになる、さすがにこれは夢は夢のままである典型的なものだ。
戦隊物のレッドになる、これは本当に極々狭き門をくぐれた者だけ、年に一人は誕生するかもしれないが、これも夢は夢で終わるであろう。
パン屋さんになる、お菓子屋さんになる、確かになることはさほど難しくもないが、それが現実になると、経営学やら衛生管理やら、学ばなければ辛くなることもある。
そんな時、あぁ、夢は夢のまま、趣味でやってた時のほうが楽しかったな、なんて思うこともあるのだ。
好きだったから、夢になって、好きだったから、なりたかったのに。
現実になってしまうと、そのギャップに落胆することも多いであろう。
現実になって、成功を掴めば、また新たな現実的な夢や目標ができるのかもしれない。
ただ、それは本当に一握りの人だけ。
あなたが昔、思い描いた夢は現実になりましたか? そして、新たな夢はできましたか?
【夢と現実】
雪になりきれなかった雨が、冷たく地面にあたって消える。
まるで俺と彼女の今の現状のようだ。
俺の彼女は、いわゆるメンヘラ。病んでる。とてつもなく病んでいる。
何か気に入らないことがあれば、しにたいと言って自傷行為に走る。質が悪い時は俺に刃を向けてきて、一緒に逝こうと迫ってくる。
なんで別れないのかと他人は言う。いや、普通に考えて別れられないだろう。
ころしに来るから? 違う。この娘は俺がいないと、本当にどうなるか分からないから。俺じゃないとダメだと思うから。
これが「マインドコントロール」というものなのかもしれないけれど。俺から別れることは、今のところ考えられない。
「疲れちゃったよね、もう私といるの嫌だよね」
今日も彼女のメンタルはヘラっているようだ。
雪という無になりきれずに、今日も冷たい雨を降らしている。
「もう、別れた方がお互い楽なんじゃないかな」
「俺は楽にならない。お前がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいい?」
彼女は困っているのか、嬉しいのか、ただただ声をあげて泣く。
俺は冷たい雨を受け止める地面でいなければならない。義務とかじゃない、俺の意思だ。
彼女はたぶん、本当に別れることになれば、そっと消えてしまうのだと思う。
そうならないように、俺はできるだけ支えて受け止めるから。
だから、さよならは言わないで。
【さよならは言わないで】
夜明け前が一番の闇だと、どこかで聞いたことがある。
今から朝という清々しい幕開け前の、早朝5時頃。
今までの夜の暗さよりも、更に闇は深くなっていた。
今から朝という光が差し込むというのに、最後の悪あがきのように、深くなる闇。
このまま飲まれてしまう。そう思った時に、段々と空が白んでいくのだ。
夜と朝が共存できないように、光と闇も共存できないのだろう。
でも、逆の時間帯に、その共存の時間帯がある。
夕方だ。
闇が深くなる前、じんわりと光が最後の一力をだすかのように、段々と闇に溶けて行く。
夜明け前は、お互いの主張が激しい闇と光ではあるが、夕方は光と闇のうまく共存できている狭間なのかもしれない。
そして人は、その狭間の時間帯をえらく気に入っている。
闇に染まりたくない、光に飲まれたくない。
もしかしたら、人は皆、未完のものと言われているゆえんもそこにあるのではなかろうか。
どちらにも染まらず、完成はしない、染まりきれない狭間。
光と闇の狭間で、私たちは生きているのでは、と。
【光と闇の狭間で】
まだ自分が幼稚園の頃。
先生が好きすぎて、ずっとまとわりついていた。
でも、先生はみんなから大人気。
なんであの子としゃべってるの? その子はいじめられっこなのに。
小さい頃なりの強い嫉妬を覚えた。
親に甘えまくっていた時。
最初こそ、自分が長子だったから、とても優しく、なんでもお願いも聞き入れてくれた。
でもいつしか、弟がうまれ、愛情がまるっきり感じられなくなって。
初めて身内にまで強い嫉妬を覚えた。
近付いてしまうから、こんな気持ちになるんだ。
塾とバイトでは好きな人ができた。
幼少期の近付きすぎを踏まえ、遠く離れた場所から好きな人を見ていた。
すると、好きな人に近付く他の異性が気になり始めた。そのまま付き合うパターンも見せつけられた。
自分は思いを伝えることもできず、ただただ辛いだけであった。
近付き過ぎると、ヒートアップして攻撃しそうになる。
遠すぎると、思いを募らすだけで進展がなく虚しくなる。
適度な距離、それは一体、どのくらいの距離なのだろう?
【距離】