クリスマスの日に、わたしたち3人は集まっていた。宝物を見せ合おうって誰が言い出したのか。
美春は、リングを持ってきていた。ファッションのブランドメーカーのものだ。
沙恵は、私たちに写真を見せた。そこには何十冊ものノートが写っていた。「これさ、受験の時に勉強したやつ。捨てれんのよ」。
あんたは? とさいごにわたしの番だった。
わたしは立ち上がった。にこり、と2人に笑いかけてみる。
「はあ?」
美春は、テーブルの上に置いていたリングをバックに片付けながら、不審な声をあげる。
「わからないかな」
わたしは吹き出しそうになった。
「まさか、あんた」
沙恵の顔が真っ赤だ。
「そう! わたしの宝物はわたしよ!!」
その日以来、わたしのあだ名はナルシスになった。
ええ? 自分を好きになって自分を大切にするの重要なことじゃない? ただ、2人は、この日、「あんたの勝ちだわ」と、兜を脱いだのは確か。それは、呆れたという感じではなかったと思うけど。そして、ケーキの配分を大きくしてくれた。そ、それは、嬉しいような、いらないような。
その日は、学校で友だちの咲と喧嘩した。わたしは悪くなかったと思う。咲がテストの点数のことで八つ当たりしてきた。まあ、いつもわたしの方が負けてたのに、合計点数、勝っちゃったんだよね。
大切な友だちもこうして失うのかなあ、と思うと、とても辛いものが込み上げてきた。でも、じゃあ、先と仲が良いためにはずっと先に負けていないといけないのかな? ばかばかしいよ。
わたしは、いつもは素通りする雑貨店に入った。こんなことをするのはたぶん頭が混乱しているのだ。行動もチグハグになってる。
食器や化粧品や帽子、エプロン、文房具まで置いてる。ざっと見ていると、アロマキャンドルのコーナーを見つけた。あ、これで、今日の夜、自分を癒そう〜、とちょっと気持ちが上向いた。
家に帰り、夜、お風呂に入って部屋に籠ると、早速、アロマキャンドル。火をつけるのがなくて、部屋を出て、お母さんに聞くと、台所の奥の奥からマッチとかいうのをくれた。付け方がわかんないので、それを擦ってもらい、持ってきていたキャンドルに火を移してもらった。
匂いはあまりしなかった。高いものではないからかな。でも、細い楕円の炎をみているのは、なんだか心が落ち着く。癒しだ。
と、スマホが鳴った。あー、雰囲気が。無造作に出ると、咲だった。
「今日は、ごめん……」
わたしは、こんど一緒にアロマキャンドルで癒されよう、と答えた。
あれ? なんだったっけ。
別れを告げられたとき、何もかもがわからなくなった。
たのしい、たくさんの思い出、なんのためにあるのかな。
わたしは、彼のことは忘れて、生きるべきだ。
だけど、あの、やさしさが、たくましさが、笑顔が忘れられない。
どうしたらいいの?
わたしは、日々、働く。そのときは、なんともない。
家に帰って1人になるとき、わたしは、泣く。
死にたい……。
失恋は初めてじゃない。いつもこんな気持ちになる。がんばって!! わたしは、自分を勇気づける。
わたしは、ふと、自分の何が悪かったのか、を考えた。そして、自己嫌悪した。
でも、これを活かして乗り越えなきゃ。
わかってる。わかってるよ、わたし。ただ、今はきつい。しばらく無気力でいさせて。
明日は、会社の帰りにプリンを3個買おう。決めた!!
愛菜ちゃんは、もう塾に来なくなった。
わたしは、学校に友達のいないわたしには、愛菜ちゃんだけが親しい人だった。
お家が大変だって。借金をお父さんが作ったって。
そんな世界、わたしには、わからなくて。彼女に会いたいけど、どんな顔をしたらいいの。
そうして、三ヶ月がたったころ。わたしは、アニメショップにいた。漫画の新刊を買うためだ。
レジに並んでいた。客は多く、10分ほど待った。
「いらっしゃ……、あ、玲衣?」
「あ……、愛菜ちゃん……」
レジの店員をしていた。
そしてわたしは、午後の遅い時間に、この店の前に来て彼女を待った。そういう約束をしたのだ。おつかれさまでしたーとかいう声が聞こえて、愛菜ちゃんがでてきた。
「おひさっ」
敬礼のように手を額にかざす愛菜ちゃん。わたしの目尻にジワリと涙が浮く。
「うん。ひさびさ」
聞きたいことはある。大丈夫なの? でも彼女の笑顔があんまりに眩しくて、何も言わなくていいような気にもなる。
ここから海が近い。わたしたちは、そこまで歩いた。海といっても堤防で柵をされて、水面は見えないのだけど。その堤防に上がって、2人は座る。そうすると初めて海が見える。
「勉強は順調?」
「うん……。第一志望に行けそう」
愛菜ちゃんは、嬉しそうに顔を綻ばした。
「愛菜ちゃんは?」
「学校はやめた。あたし、宙ぶらりんだわ」
わたしは、言葉が出なかった。ただ、運命、という言葉が出てきて、それを粉々にしたかった。
「でも、生きていく方法っていうのを考えるようになったよ。とりあえずYouTubeかな」
「え、するの?」
「いろいろ試してみる。人生、最初に転んだら終わりだなんて思いたくない」
愛菜ちゃんは、歴史学者になりたいと言っていたのを思い出した。ジャンヌ・ダルクを研究したいって。
「きっと、うまくいくよ」
わたしの声は震えていた。わからなかった。しかし、人生というのはどこまでも、わからないものなのでないか、と、思った。誰もが、より良いと思える道に賭けるしかない。恐ろしいと思った。そして……。
「人生、楽しくなっちゃった。こう、なにかをするのがさ。動くほどに、世界が見えてきて」
愛菜ちゃんには、何が見えてるのだろう? わたしは、自分がとても子供のように思った。彼女は自分で人生を切り開こうとしているが、わたしは何をしているだろう。
何かをしても、何にもならないような気がして、無気力に生きていないだろうか。それを、愛菜ちゃんと塾で話すことで発散していただけ。
「玲衣、人生、生きなきゃ。死ぬときに後悔してもどうしようもないんだよ」
彼女は、わたしをじっとみた。わたしは、勇気づけられたような気がした。
海の流れは、夕方に近い時間、うねりを激しくして、生き物のようだった。
子猫のピドーが、わたしを先導していた。
時々立ち止まり、こちらを伺う。ついてきているのを確認すると、また歩き出す。
なんだろう、あまり良い予感がしない。わたしは、緊張のあまり喉がカラカラだ。
そういえば今日、学校で広田くんが、告白してきた。ことわった。彼が、いじめられっ子の宮木くんを、いつも言葉でディスってるの、自分ではどう思ってるのかな?
ピドーがこちらを向いた。ああ、はいはい、着いてきてるよ。わたしは、少し早足で子猫に近づいた。住宅街のなか、このままいけば小高い山の公園に差し掛かる。ピドーはそちらに向かっているらしい。
宮木くんとは、少し前、一緒に下校した。たまたま、かちあった。なかなか喋らない、シャイな子だけど、どうやら陶芸をしているらしいことを聞き出せた。へー、芸術なんだ! 威張ってる広田くんなんか殴り返せばいいのに。
にゃー。ピドーが、じっとこちらをみていた。公園の入り口だ。ふむふむ。まさか親猫に何かあったのではないよね? わたしは、その空想にありえないことではないと、覚悟して、ふたたび、子猫の跡を追った。
なんだか今度、個展をするとか? え、すごくない? うん、よくわかんないけど、ちょっとわたしの日常にはいないタイプ。喋り方もなんだか、小さな声だけど丁寧なのよね。相手を気遣ってるのがわかる。
今度は自分から現実に戻った。山を切り開いた平地に、ベンチがぽつん、ぽつん、と置いてある。
そこに、宮木くんが座っていた。
「え?」
「え?」
2人が同時に怪訝な顔をする。思いがけない邂逅だ。
宮木くんは、パッと目を逸らす。ちょっとショックだけどわたしは近寄って、こんにちは! と言った。彼は挨拶を返したようだけど何言ってるかわかんない。
急に立ち上がる宮木くん。そして、カバンを開き、何かを渡してきた。
「さ、さよなら!」
裏返った声をだして、走っていった。
渡されたのは、陶芸の個展のチケットだった。わたしは、顔が真っ赤になった。
子猫のピドーが、わたしの足にその白い体をなすりつけていた。
「あなた、不思議な子ね。これが目的なの?」
わたしは、ピドーを抱っこした。そしてあたまをなでて、ほおにほおを当てた。ピドーは、にゃあ、と鳴いた。