なぎさ

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8/21/2023, 11:10:46 AM

あぁぁ、飛びたいなぁ。
今日も俺はそんなことを考えながら空を見上げ、ため息をつく。あの青い空を飛ぶことができたらどんなにいいだろうか。考えても仕方のないことだというのは分かっているが、やはり夢を抱いてしまう。
「おいお前、まーた空飛びたいとか考えてるのか?」
友人のリョウが呆れ顔でそう聞いてきた。俺は曖昧にうなずく。
「まぁ、そんなところ」
「ったく、諦めろって何回も言ったろ。物理的に無理なんだって」
「分かってるさ。分かってるんだけど、心ってそんな単純じゃないだろ。なかなか踏ん切りがつけられなくて」
それを聞いてリョウはため息をついた。
「そりゃそうだろうけどよ、正直言うと、他の奴らだって一度は同じことを夢見てたよ。それでも諦めてるんだ。夢見てたのは、なにもお前だけじゃねーよ」
それは知っている。今まで何度も聞いた。自分がものすごく諦めの悪い奴だということは自分が一番よく分かっているのだ。
「はやく現実に向き直った方がお前のためだよ」
「………ああ、分かっている。ありがとう」
でもやっぱり飛びたい。飛ぶ快感を味わいたい。
そう思っていることが伝わったのだろうか、リョウはまたため息をついてからどこかへ行ってしまった。
あぁぁぁぁ飛びたい。空を飛びたいなぁ。

あぁぁ、泳ぎたい。
今までに何度も思ったことを当たり前のように今日も思う。私もなかなか意固地な奴だ。
でも、あんなに青い海、ものすごく気持ちよさそうではないか。いっぺんでいいから、のびのびとあの海を泳いでみたい。
「ほらサキ、しっかりしなよ! まーた海のこと考えてるんでしょ」
親友のユリが声をかけてきた。最近はこればかり言われている気がする。そんなことを言ったら「あんたが言わせてるの!」と叩かれるだろうから、やめておくけど。
「まあね…だって、あんなに綺麗なんだもん。スイスイーって泳げたらどんなにいいことか」
正直にそう言うと、ユリが呆れたというふうな顔をした。
「そんなこと私だって思うよ。サキはその想いが尋常じゃないの。いい加減諦めたら?」
「……うん、そうなんだけどね…」
そう簡単に諦められるような夢ではないのだ。だからずっと夢に描いている。
それを分かっているのだろう、ユリはそれ以上はなにも言わずに話題を変えてくれた。だけどやっぱり思う。
あぁぁぁぁ泳ぎたい。海を泳ぎたいなぁ。

──────なあ、君はなんで飛べるんだい? 同じ鳥だというのに。

──────ねえ、あなたはなんで泳げるの? 同じ鳥だというのに。

なあ、小鳥。
ねえ、ペンギン。

なんで?

──────「鳥のように」

8/1/2023, 7:52:53 AM

一人だとできるのに、みんなといると勇気が出ずに自分から「やる」と言えない…そんな経験、ありませんか?
私も、よくそんなことがあります。それは本当に勇気のいることだけど、一人だとやるしかないから迷わずにできるのです。でもみんながいると「誰かがやってくれるかも」「やると言ったら変人扱いされるかも」と余計なことを考えてなかなか踏み出せなくなるのです。

この日もそうでした。私たちはご飯を食べる前に少しばかり危険をはらむ行為を一人がしなくてはいけないのですが、立候補者がいつまで経っても出ないのです。
「おい誰かやれよ、俺はこの間やったぞ」
「前の人が進まないと食べれないだろ、はやくしろ」
後ろにいる人たちが選ばれることはないことをいいことに文句を言ってきます。まあこれもいつものことです。
だけど今回、私はかなり前にいました。かなり…というか、最前列というか。このままでは押されてしまうかもしれないと考えた私は、それでも黙ります。
集団の中にとても気まずい空気が流れました。誰かが行かないと、ご飯を食べられない。でもそれはかなり危険で、誰もやろうとはしない。私たちは最悪なループの中にいるのです。
この調子で行けば、やがてみんなで飢え死にです。そもそも、体力があるうちにいかなければ危険性もどんどん高まっていきます。
だけど私はなかなか踏み出すことができませんでした。これが集団の人気者だったら感謝されるのでしょうが、そうではない私はきっといい子ぶってると言われて終わりです。
みんなのために行ったのにウザ扱いされる。こんなに悲しいことはありません。それを考えると、どうしても口を開けないのです。
とそのとき、私の脳裏に愛する人が浮かびました。彼女は自分でご飯を食べに行けないのです。今の時期は食料は男が調達することになっていました。ジェンダー平等もいいところです。
でも、彼女のためにも行かなければいけません。周りの目を気にして動かないようでは、どうして彼女を守れるのでしょうか?
そんな偉そうなことを考えて踏み出そうとしたものの、やっぱり私は動けませんでした。怖いのなら、体は実に正直です。
あぁ、これだから集団行動は嫌なのです。一人なら臆せずに行けるというのに。

…え? その危険な行為とはなにかって?

それはですね、飛び降りるんですよ───崖から。

仕方ないでしょう、魚のいるのは海で、私たちペンギンは陸にいるんですから。下にアザラシがいるかもしれないのに飛び込む勇気を持てる人…あ、いや、ペンギンはなかなかいないでしょう。
あ、あなたが代わりに行ってくれます? それなら一番いいのですが。

───ほらね、嫌でしょう。海に落ちたときの衝撃と食べられるかもという恐怖は本当にぬぐいされないものだと思いますよ。
あ、誰かが行ってくれるみたいですね。ありがたいものです。私はやっぱり、誰かといるとダメになるんですよ。それでは、愛する妻と子のご飯を取らなくてはいけないので、失礼します。

───「だから、1人でいたい」

7/31/2023, 8:03:21 AM

あの子は親友。そう胸を張って言えなくなったのはいつからだろう。特にコンプレックスもなかった昔の自分はもう戻ってくることはないのかもしれない。
少しだけ悲しくなって───呆れてしまった。自分から彼女を拒絶したのに、今更悲しくなるなんて。自己中もいいところだ。
だけど、もしあの頃に戻ることができるのなら、絶対に戻りたい。戻ってやり直したい。そう思ってしまうのは、やはり自己中なのだろうか。

「初めましてっ」
彼女が私に最初にかけた言葉はこれだった…気がする。もう四年も前のことだから覚えてなんかおらず、でもそんな感じの言葉だった。
それから私たちは名乗りあい、少しだけ話をした。そうしてみると、好きなアイドルグループが同じだとか、算数は苦手だとかという共通点が見つかり、その短い時間の中だけで話したにしてはかなり仲良くなったと思う。
同じクラスの前後の席だったため、それなりに…というか、かなり関わることが多く、私たちが親密になるのも時間の問題だった。
休み時間には推しの話をしたり、先生の愚痴を言ってみたり。当時小学三年生で陰キャを極めていた私にとって、先生の愚痴というのはひどく憧れるものだった。
それを、彼女といればいとも簡単にでき、そんな自分に驚きもした。
そんな感じで、クラスが分かれてからも私たちはよく遊んでいたし、お互いに親友だと思っていたのだ。
だけど───小五になればだんだんと分かってくる。彼女と自分の差がかなり大きく、一緒にいると不釣り合いに見えるということが。
彼女はとても可愛かった。性格も悪い訳ではなく、そしてノリがよくてコミュ力が高かった。あっという間に彼女の周りには「イケてる」女子たちが群がり、仲良くなっていく。
それでも、彼女は私を選んでくれた。それはとても嬉しいことだと思う。でも、自分が大した人ではないことを知った当時の私には、それはとても迷惑なことだった。
どこかで、「なんであんなブッサイクな子と一緒にいるわけ?」と笑われている気がする。このままでは、彼女の人気も下がってしまうかもしれない。
だから、私はとても愚かなことをした。放課後彼女を呼び出し、「もう関わらないで」と言ったのだ。理由をしつこく聞かれても、「嫌だから」の一点張り。彼女がどれだけ傷ついたのかは計り知れない。
彼女は苛立つ思いをぶちまけてスッキリしたのか、澄んだ表情で私を一瞥し、「ならもういい」と言い残して去っていった。
それから、彼女と私が話したことは一度もない。
だけど、一度だけ目が合ったとき、悔しさも未練も残っていない澄み渡った顔で私を見ていたことを覚えている。それは本当に一瞬のことで、彼女はすぐに


「瞳、見て見て!」


と言われて視線を私からそらしてしまった。
彼女───瞳のあの澄んだ顔は、今も私の心に傷を残している。周りの目ばかり気にして愚かなことをした過去の私を思いっきり殴ってやりたい。
でも、どれだけ後悔しても時が戻ることも、私たちの仲が戻ることもないのだろう。悲しいけど、仕方がない。
零れそうになる涙を上を向くことで抑えながら、私は晴れ渡った青空を眺めていた。

───「澄んだ瞳」

7/30/2023, 3:39:59 AM

「あーちゃんは可愛いねぇ」
ずっと、そう言われて生きてきた。誰かが来る度に頭を撫でられて、可愛い可愛い言ってもらえて。
私が一番大好きな駿くんにも「可愛い」って言ってもらえるのが幸せだ。あの子はシャイだから、いつも小声だけど、それで十分だった。
それに、約束してくれたから。何があっても守ってくれるって。
「あーちゃんは僕にとってすごく大切だから。地震とか津波とか嵐とか強盗とか…この先色々不安だけど、あーちゃんだけは守るよ。約束」
この言葉は絶対忘れない。その時そう思ったんだ。忘れるわけない。私と駿くんの約束だもん。駿くんは絶対に破らないし、私だって駿くんの癒しとなる。会ったときに、そう決めたんだから。

これは昔のこと。まだ駿くんが小学四年生で、あどけなさが残っていたときの話。
今、駿くんは高校二年生になった。相変わらず撫でてはくれるけど、「可愛い」とはもう言ってくれない。私が駿くんの癒しになれているのか正直分からない。でも、分からないなりに頑張っているつもりではある。
駿くんも、まだ約束は忘れていないみたいだった。ある日寝言で「大丈夫、守ってみせるよ」ってつぶやいてたの、バッチリ聞いてしまったんだから。
もう守ってくれないかもって思っていたところだったから、ものすごく嬉しくて抱きつきたかったけど、無理。寝ているの知ってるもん。


なのに、どうして?
どうしてあなたは私を置いていったの?
あの日、私たちの住んでいるエリアにものすごい嵐がきて、駿くんの家もすごく危ない状況になった。
「必要なものリュックに詰め込んで外に出ろ!」って駿パパの指示が出て、もちろん私も連れてってくれると思ってた。
でも駿くんは、私なんか知らないみたいにお金と漫画、スマホや服を詰め込んで出ていってしまった。私とは目も合わせてくれなかった。
ねえ、なんで? 守ってくれるって言ったじゃん。あの約束に、ちゃんと嵐も入ってたよね? そりゃもう高二だから恥ずかしいとかはあるかもしれないけど、そんなこと考える余裕なんてなかったよね?
…つまり、駿くんにとって私はそれだけの存在なんだね。ただ存在しているだけで、本当はいらないんだね。だから置いていったんでしょ。

───私が動けないの、知ってるくせに。
ぬいぐるみだから、話せないし動けないの、駿くんが一番分かってるはずだもんね。「あーちゃんと話したいなぁ」ってよく言ってたもんね。その上で、置いてったんだ。ひどいね、駿くんって。
今も私の体は侵入してきた濁った水でずぶ濡れ。綿が水を吸い込んで今にも沈みそう。
ねえ、駿くん。動けないかもしれないし、話せないかもしれないけど、ちゃんとぬいぐるみにも感情と命くらいはあるんだよ。
私はもう少しで死ぬ。でも私のせいじゃないから。嵐のせいでもない。約束を守らなかったあなたが悪いんだよ。後悔しても知らない。あなたにとっての私の価値が分かってからは、あなたのことが輝いて見えなくなったの。でもね、覚えておいて。

───私は私の命を奪ったあなたを許さないから───


───「たとえ嵐がこようとも」

7/29/2023, 7:42:33 AM

神体祭り。それは、年に一度、世界中の神々が人間に化けて参加するお祭りのことである。

私───美と礼儀の神である美礼も、この神体祭りを楽しみにしていた。私の大親友である灯とは、普段なかなか会うことができず、このお祭りでしかいつも遊べないからだ。
それに、今年はまた新しい神が誕生したと聞いている。どんな神なのか興味が湧いているし、あわよくば仲良くなれたらいいなとも思っているのだ。
「でもまずは、浴衣の調達っ」
日本という国ではお祭りに浴衣というものを着ると日本の神である日狐さんに聞いて、今年はそれを着ようと思っているのだ。見た限りではなんとも優雅な服装で、この私にはとても似合いそうだったというのもある。
「えーっと、日狐さんが教えてくれたお店の電話番号はっと…」
カバンからスマホを取り出し、人間が営んでいるというそのお店へ電話をかけた。

プルルルルッ!
店の中にある電話が鳴り、私は急いで受話器を取った。
「はい、こちら着物店〜神様に添えて〜です」
我ながらダサい名前だなと思いながら名乗ると、カタコトの日本語が聞こえてきた。
『あ、あのォ、ワタシ用のyukataを作るのお願いできますかァ?』
この様子は恐らく外国の神様だろう。浴衣の発音だけ妙にアメリカンチックでおかしくなってくる。
「あなた専用の浴衣ということですね。すみませんが、お名前と電話番号を教えてくれませんか?」
電話の向こうの神様にも聞き取れるようにゆっくりと話す。神様というと何でもできるイメージだが、人間と同じように得意不得意はあるのだ。ただ、人間から見ると全てが平均以上なだけで。
『あ、名前は美礼と言いますゥ。これはあの日本語の名前?なんですけどォ。一応FranceのGodですゥ。えと、電話番号はァ』
教えてくれた電話番号をメモし、名前も添える。フランスの美礼様は、どうやら美と礼儀の神様らしい。少しの会話でなんとなく分かってきた。
「では、サイズなどを測りたいので、なるべく早く日本に来てもらうことはできますか? あ、化けるときのお姿で来てもらえると幸いです」
そう言うと、少しの沈黙のあと声が聞こえてきた。
『全然だいじょーぶですゥ。明日はちょとムツカシイのでェ、明後日でもいいですかァ?』
すぐに店のカレンダーを確認する。明後日は誰の予約も入っていなかった。
「かしこまりました、ご予約の時間はどうなさいますか?」
『ちょと時間がかかりそうなのでェ…半日でもいいですかァ? できれば午後がいいですけどォ』
半日の午後…つまり、12時からお店が閉まる20時までということだろうか。それとも、12時から0時ということだろうか。
「あの、閉店時間が夜の8時になるのですが、お昼からそこまでということでよろしいですか?」
そう聞くと、考えるような沈黙の後、返事がきた。
『はい、そこまででだいじょーぶですゥ。それでお願いできますかァ?』
「かしこまりました。それでは、12時から20時までのご予約でよろしいですね。料金なのですが、神様なので、このお店が長く続く祝福で結構です」
神様はお金なるものを持っていない。だから、このお店ではお店が続くよう祝福してもらうことでまかなっているのだ。
「分かりましたァ。また明後日にお願いしますゥ。では失礼しますねェ」
それで電話は切れ、私はパソコンを立ち上げて美礼様について調べた。

~明後日~
美礼様がご来店されてから、私はテキパキ働いた。まず採寸をし、調べることで分かった美礼様の好きな色───黒の生地から選んでもらい、帯や下駄なども選んでもらう。
それから受け取り日に間に合うように毎日作り、後日再度ご来店してくださった美礼様にお渡しした。
「まァ、すごく綺麗ね、これ。どもありがとうですゥ」
満面の笑みで受け取ってくれた美礼様を見送り、また私は他の神様の浴衣をお作りした。

「あら、美礼さん、すごく綺麗ね、その服」
今日は朝から色んな人に褒めて貰えた。それもこれも全部この浴衣のおかげだ。
シンプルだけど美しさも引き出すこの浴衣は本当に素晴らしいと思う。でも、私は白が好きなのに、なぜ黒なのだろう。このお店は好みを生かすと聞いたはずなのに。
そういえば、同じお店を利用した黒好きの美麗さんは白い浴衣だったなぁ。

───「お祭り」

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