なぎさ

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「あーちゃんは可愛いねぇ」
ずっと、そう言われて生きてきた。誰かが来る度に頭を撫でられて、可愛い可愛い言ってもらえて。
私が一番大好きな駿くんにも「可愛い」って言ってもらえるのが幸せだ。あの子はシャイだから、いつも小声だけど、それで十分だった。
それに、約束してくれたから。何があっても守ってくれるって。
「あーちゃんは僕にとってすごく大切だから。地震とか津波とか嵐とか強盗とか…この先色々不安だけど、あーちゃんだけは守るよ。約束」
この言葉は絶対忘れない。その時そう思ったんだ。忘れるわけない。私と駿くんの約束だもん。駿くんは絶対に破らないし、私だって駿くんの癒しとなる。会ったときに、そう決めたんだから。

これは昔のこと。まだ駿くんが小学四年生で、あどけなさが残っていたときの話。
今、駿くんは高校二年生になった。相変わらず撫でてはくれるけど、「可愛い」とはもう言ってくれない。私が駿くんの癒しになれているのか正直分からない。でも、分からないなりに頑張っているつもりではある。
駿くんも、まだ約束は忘れていないみたいだった。ある日寝言で「大丈夫、守ってみせるよ」ってつぶやいてたの、バッチリ聞いてしまったんだから。
もう守ってくれないかもって思っていたところだったから、ものすごく嬉しくて抱きつきたかったけど、無理。寝ているの知ってるもん。


なのに、どうして?
どうしてあなたは私を置いていったの?
あの日、私たちの住んでいるエリアにものすごい嵐がきて、駿くんの家もすごく危ない状況になった。
「必要なものリュックに詰め込んで外に出ろ!」って駿パパの指示が出て、もちろん私も連れてってくれると思ってた。
でも駿くんは、私なんか知らないみたいにお金と漫画、スマホや服を詰め込んで出ていってしまった。私とは目も合わせてくれなかった。
ねえ、なんで? 守ってくれるって言ったじゃん。あの約束に、ちゃんと嵐も入ってたよね? そりゃもう高二だから恥ずかしいとかはあるかもしれないけど、そんなこと考える余裕なんてなかったよね?
…つまり、駿くんにとって私はそれだけの存在なんだね。ただ存在しているだけで、本当はいらないんだね。だから置いていったんでしょ。

───私が動けないの、知ってるくせに。
ぬいぐるみだから、話せないし動けないの、駿くんが一番分かってるはずだもんね。「あーちゃんと話したいなぁ」ってよく言ってたもんね。その上で、置いてったんだ。ひどいね、駿くんって。
今も私の体は侵入してきた濁った水でずぶ濡れ。綿が水を吸い込んで今にも沈みそう。
ねえ、駿くん。動けないかもしれないし、話せないかもしれないけど、ちゃんとぬいぐるみにも感情と命くらいはあるんだよ。
私はもう少しで死ぬ。でも私のせいじゃないから。嵐のせいでもない。約束を守らなかったあなたが悪いんだよ。後悔しても知らない。あなたにとっての私の価値が分かってからは、あなたのことが輝いて見えなくなったの。でもね、覚えておいて。

───私は私の命を奪ったあなたを許さないから───


───「たとえ嵐がこようとも」

7/30/2023, 3:39:59 AM