夜に懸ける

Open App
3/7/2024, 1:30:23 PM

月夜

澄んだ夜空の下、飲み会帰り、駅までの道を2人で歩く。
3月の夜はまだまだ寒い。
吐き出した白い息を追って視線を上げると、きらきらとした夜空の中に満月が輝いていた。

息を呑む気配がして隣を見遣ると、俺と同じようにこいつも空を見上げていた。

今日は先程まで仕事の同期たちとの合同の打ち上げだった。
皆忙しい身でもあるので、なかなか全員揃っての飲み会は貴重だ。
どうでもいいようなくだらない話で大盛り上がりして、それなりに楽しい時間だった。
こいつも終始楽しそうで、それはもう素晴らしい飲みっぷりを披露して場を沸かせていたのは記憶に新しい。

「今日は月がきれいだねぇ〜。帰ったら月見酒でも飲もうかなぁ」

…ん?今こいつ何て言った?まだ酒飲むのか?聞き間違いかな…

「そうだ!これからさ、どっかコンビニでお酒買って月見酒しようよ!僕ん家のバルコニーとか、その辺の公園とかでさ!」

聞き間違いじゃなかった。しかも俺も付き合う流れになってない?

「…お前、さっきまでたらふく飲んでたよな?」

聞き捨てならない台詞が聞こえて思わず突っ込んだ。
俺の顔はたぶん真顔になっていただろう。

「ん〜〜?飲んだけどさぁ〜、二次会的な?やっぱり大勢でわいわい飲むお酒もいいけど、月を眺めながら静かに飲むお酒も違った美味しさがあるじゃん?わかる!?」

「ごめん。わからんわ。パスで」

俺は酒がそこまで好きでもないから美味しさがどうとか言われてもわからん。あとこれ以上こいつに付き合うのは疲れる。

俺の食い気味の返事が面白かったのか、こいつはケラケラと受けていた。笑いのツボがわからない。
かと思えば、路地裏から出てきた猫を目ざとく見つけて、ふらふらと追いかけていく。
急展開についていけない。が、放っておけるわけもないので仕方なく付いていく。

鼻歌を口ずさみながらご機嫌で前を歩くこいつを見て、見た目に表れないため気づかなかったが、これは相当酔っていることを確信した。


猫を追いかけるこいつを追いかけていくと、小さな公園に行き着いた。
こいつが猫に向かって「おいでおいで」をしているうちに、近くの自販機で飲料水を買う。
戻ると猫はもういなくて、あっさり振られてしょぼくれてる奴がぽつんとベンチに座っていた。

「あれ、猫どこいった?」

ペットボトルの水を渡しながら聞く。
これなに?みたいな目で見てきたが、「飲め」と言ったら素直に受け取って一口飲んだ。

「一瞬来てくれたんだけど、プイってされてどっか行っちゃった…。お酒臭かったのかなぁ」

まぁそうだろうな、とは言わずに「ドンマイ」とだけ言っておいた。
足が疲れたので隣に座る。
なぜか嬉しそうにニコニコされた。

「…あのさ。お前、オフで飲むときはいつもこんな感じなの?」

普段から陽気な奴ではあるが、あまりにも喜の感情が全面に出ているので思わず聞いてしまった。

「こんな感じって?」

相変わらずニコニコしたままである。その感じだよ、と言っても伝わらない気がしたのでちゃんと説明することにする。

「いつもより割り増しで感情が出るというか、素直というか、ふわふわ?ふにゃふにゃ?してる」

「ん〜〜?自分だとあんまりわかんないけど、そうなのかな?仲良しの人と飲むお酒は楽しくて好きだから」

なるほど。仲良い奴と飲むとご機嫌度MAXになるのか。
じゃあ今の状況はつまり、

「俺との飲みも楽しいってこと?」

「当たり前じゃん!いっちゃん楽しいよ」

俺が言わせたのか、言わされたのか。
しかし何より、笑顔で即答してくれたことが嬉しかった。
思わず、ふふ、と笑みが溢れる。
ニヤけた顔を見られたくなくてごまかすように空を見上げた。
綺麗な満月が見えて、俺もなんだか月見酒というものを飲んでみたくなった。

「…なぁ、やっぱり俺も月見酒する」

拒否した手前、今更誘いに乗るのも罰が悪くてぽつりと呟いた。

「んぇ?」

はずだったが、ばっちり聞こえていた。
めちゃくちゃびっくりされたのがそれはそれでショックなのだが。

「なんだよ、その反応」

「いや、珍しいこともあるんだなと思って」

もしかして、拒否されること前提で誘ったのかこいつ。
まぁ、確かに自分からは誘わないし、ソロ行動多いけれども。

「で、何で急にOKしてくれたの?」

何で、と言われると正直明確な理由はなかった。
こいつとサシ飲みもいいかなとか、もう少し話していたいなとか、ほんの少しそう思っただけだ。
ただ、それを素直に話すのはなんか違うような気がしたので。

「別に。…月が、綺麗だから」

今はまだ、月が綺麗なせいにしてしまおう。

12/16/2023, 1:37:59 PM

「もー、馬鹿は風邪引かないんじゃないの〜?」
「…すまん」
「あ、馬鹿は風邪引かないんじゃなくて、風邪を引いたことに気づけないのか〜そっか〜」
「……ちょっと辛辣じゃない?」

ここ最近何となく怠さが抜けずに、それでも気のせいだと思っては過ごしてきた1週間弱。ついに昨日熱を出してしまってからは自力で動くことができず、とりあえず誰か助けを…と気づいたら彼に電話をかけていた。動けないから薬と食べるものを買ってきてほしいと素直に頼んだはずだったのだが。なぜかここぞとばかりに煽られた。なぜ…
そうは言っても風邪を引いてしまった俺に非があるので、あまり言い返せない。普段は穏やかながらも、気の知れたやつには鋭い言動を放ってくるコイツの事はそれなりによく理解しているつもりだが、さすがに熱で弱っている同僚ないし仲間に対してこれは結構な心的ダメージである。
これ以上何も言い返して来ない俺を、やはり本調子でないと思ったのか、若干気まずそうな声が返ってきた。

「まぁ、最近なんか調子悪そうだったもんな〜。でも僕が思うに、それは自分の不摂生が祟った結果だから!これを機に反省して。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと風邪治すんだよ?」
お前は俺の母親か。心の中でそう突っ込みつつ、いやしかし心当たりがありすぎるので、ぐぅの音も出ない。
昼夜逆転生活は当たり前、睡眠は3時間取れればいい方、食事は栄養が取れれば何でもいいかと対して気にしてこなかった。そのツケが今になって返ってきたということで。
「…反省してる。これから気をつける」
自業自得とはまさにこの事だな。決まりが悪すぎてボソボソと聴こえるか聴こえないか微妙な返事になってしまったが、相手にはバッチリ聴こえたようで、「そうしてくださ〜い」と笑いの混じった声が返ってきた。
その後の「まぁ、反省できないから馬鹿とも言う〜」の言葉は聴かなかったことにした。

9/13/2023, 6:08:22 PM

夜明け前に


ーーなんだかものすごく懐かしい事を思い出した気がする。記憶が見せた夢か何かか?
自然と目が覚めてしまった。時計を見ると夜中の3時を指していた。まだ全然寝られるな。
もう一眠りしようと目を閉じる。が、ものすごい物音と光で1秒も持たずにまた目を開ける事となった。

ドゴン!!

急に天井付近から光の輪が出たと思ったら次の瞬間にはそこから人が床に思いっきりぶつかっていた。
そして間髪入れずに隣の部屋から壁ドンされる。

あぁ、うるさくしてごめんなさい。でも犯人は私じゃなくていきなり天井から落ちてきたこいつです。え、てか泥棒?不審者?ストーカー?え、なに???

あまりの衝撃に何もできずに目をかっ開いたまま布団の中で固まっていると、落ちてきた人らしき人が、何やら「いてて…」と頭を抑えながら呻いている。意外と可愛らしい声だった。
暗くてあまりよく見えないが、背丈もそれほど大きくなさそうである。これは…子ども??男の子??
こんな時間に子どもが泥棒で不法侵入するとも考えにくい。となると残された選択肢は、そうか、幽霊か。
きっと私は金縛りにでもあっているんだろう。どうしよう、金縛りなんて今までなったことないよ。これどうすんの?呪われちゃうの?というか、この部屋もしかして事故物件だったのか。道理でいい部屋の割には家賃安いなとか思ってたんだよな。

私は別に普通の人間なので、幽霊だろうが不審者だろうが怖いものは普通に怖い。
しっかりパニックに陥り呼吸困難になっていると、きょろきょろと周りを見渡していた幽霊(仮)とばっちり目が合ってしまった。
「お姉さん、大丈夫??息できてないじゃん!とりあえず深呼吸しよう!」
めちゃくちゃ心配してくれた。すごいいい子じゃん。
いい子な幽霊(仮)くんは、私を起こして懸命に背中をさすってくれる。すごいいい子じゃん(2回目)。
「驚かせてしまってごめんなさい。ちょっと座標を間違えてここに辿りついちゃったみたい。本当だったら○○区?ってところに着くはずだったんだけど…」
幽霊くん(仮)の方が顔を真っ青にしながら謝ってくるので、だんだんと冷静になってきた。こんなかわいいいい子を不安にさせてはいけない。
「大丈夫大丈夫。ちょっと、いや、かなりびっくりしたけどもう落ち着いたから。」

未だに背中をさすってくれている幽霊くん(仮)を見やる。
綺麗な青みがかった黒髪、ぱっちりとした目、きめ細かい肌、なかなかの美少年だ。年は中学生くらいだろうか。変わったデザインの制服を身に着けている。足は……ある、から幽霊じゃない……のか…?
でも天井にいた、というか降ってきたし。幽霊ではないなら宇宙人とか?うーーん。
だめだ。全然考えがまとまらん。というかもう眠い。
どのみちこんな夜中じゃあ行動するにも不便だし、この際朝になってからなんか色々どうにかすればいいんじゃない?そうだよね、そうしよう。

急に黙りこくって考え込んでしまった私を見て、さらに不安になったのか、少年は非常にオロオロしている。うん、とても良い子だ。しばらく家にいても害はないだろう。とりあえず睡眠をとろう。

「あのさ、君。色々聞きたいことはあるんだけど、眠すぎて頭回らないからとりあえず私は寝る。起きてから話をしよう。ってことで、君も朝まではこの部屋にいるように。じゃあ、おやすみ」
そそくさと布団に潜る。「え」とか「あの」とか焦った声が聞こえたが気にしない。ここに来て形勢逆転である。
「君も眠るならそこのソファ使ってくれればいいし、起きてるならテレビでも適当に観てていいよ。この部屋好きに使っていいから」
「わ、わかった…」
「よし。じゃあ今度こそおやすみー。」
「お、お休みなさい…」

少年の返事に満足して眠りにつく。困ったような、ほっとしたような表情を浮かべるその子にどこか見覚えがあるような気がした。

眠る直前に見た窓の外は、夜中にしては明るく、夜明けにしてはまだ暗い。夜明け前の空は、記憶の中の少年と同じ綺麗な髪の色をしていた。

3/25/2023, 1:27:38 PM

別に君のことなんて好きじゃない。
頑固だし、一人で突っ走るし、どんくさいし、おまけに服のセンスはダサいし。
でも、仕事熱心で、何でも一生懸命になって、自分のことよりも他人のことばっかり優先して。
そんな君が心配で、気になって、目が離せないなんて。

(僕もどうかしてるよね…)

隣に座る彼女を見やる。
今日の飲みの約束に遅れてやってきた彼女は、大好物の芋焼酎をたらふく飲んで気が済んだのか、うとうとと眠りはじめていた。
ここのところ、仕事が大詰めでろくに寝ていないと言っていた。相当疲れが溜まっているのだろう。

(仕事熱心なのはいいけど、もうちょっと自分のこと大事にしなよね)

だらしない顔で寝こける彼女の頬をつつく。
一瞬顔を顰めたが、起きることはなかった。

「ちょっと起きなよ。こんなところで寝ても疲れ取れないでしょ。」

今度は肩を揺すってみる。
うーん、と何か唸っていたが起きる気配はない。

(よくもまぁ、無防備に寝てられるよね…)

なんだか疲れている彼女を無理に起こすのも忍びなくなり、すやすやと眠る寝顔を眺めるだけに留める。
どこでも寝られるこの子の図太い神経が少し恨めしい。
寝落ちる前に、「今日会えるのすごく楽しみだったんですよ!」と嬉しそうに話していた君の顔が頭に浮かんだ。

「僕も楽しみだったよ」
さっき返せなかった言葉が、今になって自然と口に出た。

君と会えるたび、嬉しいと思う。一緒に過ごす時間を楽しいと感じる。君のことが大切なんだと思う気持ちが何なのか、僕は気づいている。
だけど、素直じゃない僕は、どうしてもそれが伝えられないままだ。
人の気持ちには聡い君だ。きっと僕の気持ちなんてとっくにわかっているだろう。

「…別に君のことなんて、好きじゃないんだからね。」

早く起きて僕に構ってよ、という気持ちを込めて、未だ目を覚さない君の額にデコピンを喰らわせた。

3/21/2023, 9:53:31 AM

夢の中で目が覚めることがたまにある。夢の中の自分がこれは夢だと気付く現象。たしか名称は…
「なんだっけな?」

見覚えのない部屋。聞き覚えのない音楽。
だけどここにいる私はどれもよく知っている。
ここはとあるビルの地下にある探偵事務所。
そして、私はこの事務所の主であり探偵をしている。
…という夢。
よくよく思い返すと、なんとなく昨日読んだ漫画の世界に雰囲気が似ているような気がする。
普段現実では読みもしない新聞を広げつつ、座り心地のよいソファにどかりと腰を下ろす。片手にはコーヒー。これがこの世界の私のルーティーンらしい。新聞には昨日私が解決した詐欺事件の記事が表紙を飾っている。いい気分である。
1枚めくると今度は先月から世間を騒がせている連続殺人事件の記事がでかでかと載っていた。どうやら昨日、5人目の被害がでてしまったようである。被害者の死体には決まって同じマークが付けられているようだ。
なかなか興味をそそられる内容である。夢中で新聞を読んでいると事務所のドアがノックされた。と思ったら間髪開けずに扉が開かれる。
「失礼しまーす。姉さーん、お客さんだよー。」
「返事をする前にドアを開けないでもらいたいんだけど?」
「別にいつも暇してるんだからいいでしょー。いちいちうるさいなぁ。」
「助手のくせに口答えするな!」
「はぁ。めんどくさ…」

探偵には助手がつきものだ。私にも助手という名のほぼ雑用係が付いている。見た目も性格も実の弟だったが…。
夢の中くらいイケメンでスパダリな助手でもいいじゃないか〜!
心の中で悶ていると弟兼助手の後ろにいたお客さんと思しき人うがずいっと前に出てきた。
「おはよう!今日もいい天気だよね〜!朝早くからごめんね?実は今回もちょっと君の協力がほしいんだよね!」
相変わらずしゃべり方がうざい。こいつのことはよく知っている。私の従兄弟であり、クラスメイトでもある男だ。この夢での立ち位置は刑事といったところか。めったに見ないはずのスーツ姿が見慣れたものとして映っている。

「ちょっと助手!何部外者を勝手に入れてるの!こいつお客さんでもなんでもないから!」
「えー、ひどくない〜?せっかく君が好きそうな事件持ってきたのにさ〜!昨日の詐欺事件だって、僕が持ってきてあげたじゃない。」
「は?あんたが自力で解決できないって泣きついてきたから仕方なーく力を貸してあげたの!」
「じゃあ今回も協力してよ〜〜!というかもう知ってるでしょ?新聞読んでるよね?」
ということは、例の連続殺人事件のことか。あの事件は確かに面白そうではある。
私に心当たりがあると感じたのか、従兄弟改め能無し刑事はさらに協力してくれと騒ぎたてる。

夢の中でもこんなにうるさいってもはや才能だな。
だめだ。イライラしてきた。あーーーー…
私は自分を落ち着けるためにも深呼吸をした。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って、
「うるせーーー!!!黙れーーー!!!わかった!協力するから!黙って!永遠に!黙れ!なさい!!」
一気に吐き出した。


ひとまず私たちは、各々ソファに座ることで落ち着きを取り戻した。
机には助手が入れ直したコーヒーが3つ分。
1つだけ生クリームがこれでもかというくらい乗っかっている。
甘党な従兄弟用に弟が用意したものだ。
従兄弟は迷わずそれに手を伸ばすと幸せそうに飲み始めた。
生クリームが鼻についている。わざとなのか天然なのか。
どっちにしろイライラする…。
一段落つくと頼みもしないのに、事件の概要をべらべらと話し始める。守秘義務もクソもあったもんじゃない。
まぁ、しかし。私をその気にさせるには十分だった。

「…と、まぁ、事件の内容はこんな感じなんだけど、どう?協力してくれる気になった?」
「まずは現場を見てみないと何とも言えないわね。でもまぁ、あんたの語りにしてはなかなか面白かったわ。仕方ないから力を貸してあげようじゃない!」
「だよね〜!そうこなくっちゃ!」
あんなにギャーギャー言い合っていたが嘘のように、私と従兄弟は意気投合していた。
助手は若干引き気味である。心なしか視線が痛い。
「…ポンコツのくせに大丈夫なの?姉さん。」
な、何を。確かに現実ではポンコツかもしれないが。
ここは夢ぞ?しかも私の私による私にとって都合のいい夢ぞ?

「だいじょーぶ!現実はポンコツ、夢では名探偵。灰色の脳細胞を手に入れしこの世界では私は最強なのよ!今に見てなさい!この私が華麗に事件を解決してみせるわ!ふははー!」

そう、これは夢。ここは夢の世界。ならば思い切り楽しんでやろうじゃないか。夢が醒める前に。私が名探偵でいられるうちに。
難事件なんてこの私にかかればお手の物だ。

Next