夜に懸ける

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夢の中で目が覚めることがたまにある。夢の中の自分がこれは夢だと気付く現象。たしか名称は…
「なんだっけな?」

見覚えのない部屋。聞き覚えのない音楽。
だけどここにいる私はどれもよく知っている。
ここはとあるビルの地下にある探偵事務所。
そして、私はこの事務所の主であり探偵をしている。
…という夢。
よくよく思い返すと、なんとなく昨日読んだ漫画の世界に雰囲気が似ているような気がする。
普段現実では読みもしない新聞を広げつつ、座り心地のよいソファにどかりと腰を下ろす。片手にはコーヒー。これがこの世界の私のルーティーンらしい。新聞には昨日私が解決した詐欺事件の記事が表紙を飾っている。いい気分である。
1枚めくると今度は先月から世間を騒がせている連続殺人事件の記事がでかでかと載っていた。どうやら昨日、5人目の被害がでてしまったようである。被害者の死体には決まって同じマークが付けられているようだ。
なかなか興味をそそられる内容である。夢中で新聞を読んでいると事務所のドアがノックされた。と思ったら間髪開けずに扉が開かれる。
「失礼しまーす。姉さーん、お客さんだよー。」
「返事をする前にドアを開けないでもらいたいんだけど?」
「別にいつも暇してるんだからいいでしょー。いちいちうるさいなぁ。」
「助手のくせに口答えするな!」
「はぁ。めんどくさ…」

探偵には助手がつきものだ。私にも助手という名のほぼ雑用係が付いている。見た目も性格も実の弟だったが…。
夢の中くらいイケメンでスパダリな助手でもいいじゃないか〜!
心の中で悶ていると弟兼助手の後ろにいたお客さんと思しき人うがずいっと前に出てきた。
「おはよう!今日もいい天気だよね〜!朝早くからごめんね?実は今回もちょっと君の協力がほしいんだよね!」
相変わらずしゃべり方がうざい。こいつのことはよく知っている。私の従兄弟であり、クラスメイトでもある男だ。この夢での立ち位置は刑事といったところか。めったに見ないはずのスーツ姿が見慣れたものとして映っている。

「ちょっと助手!何部外者を勝手に入れてるの!こいつお客さんでもなんでもないから!」
「えー、ひどくない〜?せっかく君が好きそうな事件持ってきたのにさ〜!昨日の詐欺事件だって、僕が持ってきてあげたじゃない。」
「は?あんたが自力で解決できないって泣きついてきたから仕方なーく力を貸してあげたの!」
「じゃあ今回も協力してよ〜〜!というかもう知ってるでしょ?新聞読んでるよね?」
ということは、例の連続殺人事件のことか。あの事件は確かに面白そうではある。
私に心当たりがあると感じたのか、従兄弟改め能無し刑事はさらに協力してくれと騒ぎたてる。

夢の中でもこんなにうるさいってもはや才能だな。
だめだ。イライラしてきた。あーーーー…
私は自分を落ち着けるためにも深呼吸をした。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って、
「うるせーーー!!!黙れーーー!!!わかった!協力するから!黙って!永遠に!黙れ!なさい!!」
一気に吐き出した。


ひとまず私たちは、各々ソファに座ることで落ち着きを取り戻した。
机には助手が入れ直したコーヒーが3つ分。
1つだけ生クリームがこれでもかというくらい乗っかっている。
甘党な従兄弟用に弟が用意したものだ。
従兄弟は迷わずそれに手を伸ばすと幸せそうに飲み始めた。
生クリームが鼻についている。わざとなのか天然なのか。
どっちにしろイライラする…。
一段落つくと頼みもしないのに、事件の概要をべらべらと話し始める。守秘義務もクソもあったもんじゃない。
まぁ、しかし。私をその気にさせるには十分だった。

「…と、まぁ、事件の内容はこんな感じなんだけど、どう?協力してくれる気になった?」
「まずは現場を見てみないと何とも言えないわね。でもまぁ、あんたの語りにしてはなかなか面白かったわ。仕方ないから力を貸してあげようじゃない!」
「だよね〜!そうこなくっちゃ!」
あんなにギャーギャー言い合っていたが嘘のように、私と従兄弟は意気投合していた。
助手は若干引き気味である。心なしか視線が痛い。
「…ポンコツのくせに大丈夫なの?姉さん。」
な、何を。確かに現実ではポンコツかもしれないが。
ここは夢ぞ?しかも私の私による私にとって都合のいい夢ぞ?

「だいじょーぶ!現実はポンコツ、夢では名探偵。灰色の脳細胞を手に入れしこの世界では私は最強なのよ!今に見てなさい!この私が華麗に事件を解決してみせるわ!ふははー!」

そう、これは夢。ここは夢の世界。ならば思い切り楽しんでやろうじゃないか。夢が醒める前に。私が名探偵でいられるうちに。
難事件なんてこの私にかかればお手の物だ。

3/21/2023, 9:53:31 AM