夜に懸ける

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月夜

澄んだ夜空の下、飲み会帰り、駅までの道を2人で歩く。
3月の夜はまだまだ寒い。
吐き出した白い息を追って視線を上げると、きらきらとした夜空の中に満月が輝いていた。

息を呑む気配がして隣を見遣ると、俺と同じようにこいつも空を見上げていた。

今日は先程まで仕事の同期たちとの合同の打ち上げだった。
皆忙しい身でもあるので、なかなか全員揃っての飲み会は貴重だ。
どうでもいいようなくだらない話で大盛り上がりして、それなりに楽しい時間だった。
こいつも終始楽しそうで、それはもう素晴らしい飲みっぷりを披露して場を沸かせていたのは記憶に新しい。

「今日は月がきれいだねぇ〜。帰ったら月見酒でも飲もうかなぁ」

…ん?今こいつ何て言った?まだ酒飲むのか?聞き間違いかな…

「そうだ!これからさ、どっかコンビニでお酒買って月見酒しようよ!僕ん家のバルコニーとか、その辺の公園とかでさ!」

聞き間違いじゃなかった。しかも俺も付き合う流れになってない?

「…お前、さっきまでたらふく飲んでたよな?」

聞き捨てならない台詞が聞こえて思わず突っ込んだ。
俺の顔はたぶん真顔になっていただろう。

「ん〜〜?飲んだけどさぁ〜、二次会的な?やっぱり大勢でわいわい飲むお酒もいいけど、月を眺めながら静かに飲むお酒も違った美味しさがあるじゃん?わかる!?」

「ごめん。わからんわ。パスで」

俺は酒がそこまで好きでもないから美味しさがどうとか言われてもわからん。あとこれ以上こいつに付き合うのは疲れる。

俺の食い気味の返事が面白かったのか、こいつはケラケラと受けていた。笑いのツボがわからない。
かと思えば、路地裏から出てきた猫を目ざとく見つけて、ふらふらと追いかけていく。
急展開についていけない。が、放っておけるわけもないので仕方なく付いていく。

鼻歌を口ずさみながらご機嫌で前を歩くこいつを見て、見た目に表れないため気づかなかったが、これは相当酔っていることを確信した。


猫を追いかけるこいつを追いかけていくと、小さな公園に行き着いた。
こいつが猫に向かって「おいでおいで」をしているうちに、近くの自販機で飲料水を買う。
戻ると猫はもういなくて、あっさり振られてしょぼくれてる奴がぽつんとベンチに座っていた。

「あれ、猫どこいった?」

ペットボトルの水を渡しながら聞く。
これなに?みたいな目で見てきたが、「飲め」と言ったら素直に受け取って一口飲んだ。

「一瞬来てくれたんだけど、プイってされてどっか行っちゃった…。お酒臭かったのかなぁ」

まぁそうだろうな、とは言わずに「ドンマイ」とだけ言っておいた。
足が疲れたので隣に座る。
なぜか嬉しそうにニコニコされた。

「…あのさ。お前、オフで飲むときはいつもこんな感じなの?」

普段から陽気な奴ではあるが、あまりにも喜の感情が全面に出ているので思わず聞いてしまった。

「こんな感じって?」

相変わらずニコニコしたままである。その感じだよ、と言っても伝わらない気がしたのでちゃんと説明することにする。

「いつもより割り増しで感情が出るというか、素直というか、ふわふわ?ふにゃふにゃ?してる」

「ん〜〜?自分だとあんまりわかんないけど、そうなのかな?仲良しの人と飲むお酒は楽しくて好きだから」

なるほど。仲良い奴と飲むとご機嫌度MAXになるのか。
じゃあ今の状況はつまり、

「俺との飲みも楽しいってこと?」

「当たり前じゃん!いっちゃん楽しいよ」

俺が言わせたのか、言わされたのか。
しかし何より、笑顔で即答してくれたことが嬉しかった。
思わず、ふふ、と笑みが溢れる。
ニヤけた顔を見られたくなくてごまかすように空を見上げた。
綺麗な満月が見えて、俺もなんだか月見酒というものを飲んでみたくなった。

「…なぁ、やっぱり俺も月見酒する」

拒否した手前、今更誘いに乗るのも罰が悪くてぽつりと呟いた。

「んぇ?」

はずだったが、ばっちり聞こえていた。
めちゃくちゃびっくりされたのがそれはそれでショックなのだが。

「なんだよ、その反応」

「いや、珍しいこともあるんだなと思って」

もしかして、拒否されること前提で誘ったのかこいつ。
まぁ、確かに自分からは誘わないし、ソロ行動多いけれども。

「で、何で急にOKしてくれたの?」

何で、と言われると正直明確な理由はなかった。
こいつとサシ飲みもいいかなとか、もう少し話していたいなとか、ほんの少しそう思っただけだ。
ただ、それを素直に話すのはなんか違うような気がしたので。

「別に。…月が、綺麗だから」

今はまだ、月が綺麗なせいにしてしまおう。

3/7/2024, 1:30:23 PM