鉄の芯 入ったみたいに 動かない
凍てつく指みたくなれなかった
凍てつくも 繋ぐ指すら 見つからず
頬は指みたく 赤らまなぬ夜
指に火を つけてもきっと 寒いまま
元気の押し売り 潰すあんぱん
皿洗い 凍てつく指を 涙溶かす
母よ貴女の 傷知らぬ日々
縮まり 泣いた私は 悴む手
貴女はあたたかいじゃなく痛い
純白の 雪触れた指 凍てついて
貴女の笑みに 返せない僕
てすさびで 雪降れた指 赤らんで
物見矢倉から 矢で撃墜死
初雪は 触れるだけ指を 凍らせて
夫婦喧嘩の 隣で寝る夜
冷たさと 熱さでつらさ 勝負中
既読スルーを 見返しながら
吹き抜ける風、君の髪をはためかせて、そっと前髪を押さえた君は上目使いで笑う。私の髪もボサボサになっていて、それでも私は取り繕わなかった。
なんだかその方が、優位にたっているような気がしたから。
毛羽立った木目が手のひらを鋭く切り裂く、古びた机。その両側には机と同じくらい古びた椅子があって、床は青系統の色の複雑な模様の絨毯が敷かれている。壁は全部真っ白、これと言って感想もないほどに真っ白で、唯一、正面に大きな窓があった。でもその窓から見える景色も真っ白だった。私は、なぜかその椅子に座っている。机の上には少し大きくしたスノードームのようなものがあって、中身はハリウッド映画などに出てきそうな墓場だった。目の前に座っている長い長い白髪の女がそのスノードームを持ち上げて、軽く揺らす。その瞳の白めの白さに、心臓がどきりと跳ねる。
「ねえ、この後どうなると思う?」
「どうなる、って?」
「ほら、中身を見てごらんなさい」
スノードーム?小さい水槽?の中にはさっきも見た通り欧米風の墓場があって、さっきとは違ってそこには野犬が多数いた。
「犬が、いっぱいいるわね」
「そうでしょうそうでしょう?ほら、もっと続きを見て御覧なさいよ」
そうやって視線を輝かせる目の前の女の視線の先では、野犬の反対側で、蹲る二人の少女が見えた。年齢は10代前半といったところで背丈は一緒だった。どちらも同じような艶やかな黒髪を持っていた。片方が震えながらもう片方の左手を握る。もう片方はその子の頭に右手をそっと沿わしてーーー
その子の首を掻っ切った。
「なに、これ……」
呆然としながら見つめた先の少女は、血を大きく噴き出しながらがっくりと崩れ落ちた。首を掻っ切った少女はそのままもう一人の少女を投げ捨てる。野犬が嬉しそうに鳴き声を上げて少女に飛びつく。そこで野犬の牙が少女の清らかな太ももを穿つその時、白い、白い雪がドームの中を満たした。
「なんなのこれ?あまりにも残酷すぎやしないかしら?」
目の前の白髪の女は、そうでしょう?とでも言いたげにうなずいた。その仕草が妙に癇に障る。さっきはそこまで目がいかなかったが、少女は私と同じ学校の制服を聞いていた。カトリック系の、日本のそれではないフリフリとした奴だ。窮屈なだけのその服装は、他人が着ているものを見るだけでも非常に気が滅入ってしまう。
「それで?私にこれを見せてどうしたいの?」
すると目の前の女はゆっくりと首を振って、
「まだ何も終わってないわよ」
とほほ笑んだ。彼女がため息を一つ零すと、ドームの中の雪が晴れて、次は草原が広がっていた。しかしただの草原ではなく、あちらこちらに多くの旗が立っていて、それは主に二通りの模様が描かれていた。
「これは、合戦?」
女は軽くうなずいてドームを指さす。その言外にメッセージを届けるさまをうっとおしく思いながら私もドームを見る。合戦が行われている平野に武者が大勢。にじり寄る先には二人の少女がいた。先ほどよりもう二年ほど年を重ねていて、さっきは見分けがつかなかった髪の毛は、片方の女のそれが灰色がかっていることで見分けがつくようになっていた。ぎらついた目線を二人に向けながら武者はゆっくりと歩き進める。灰色がかった髪の女が黒髪の女の左手を握る。黒髪の女はうんうんとうなずいて、灰色がかった女の頭にその右手をそっと沿わしてーーー
その子の首を掻っ切った。
「また……?」
「ええ、また、ね」
勢いよく首から噴き出した血液が武者の髷を赤黒く染める。武者たちが困惑している間に黒髪の女は灰色がかった髪の女の衣服をすべて剥ぎ取り、武者たちの前に投げ捨てた。武者の蛇のような下が灰色がかった髪の女の唇に触れるその時、白い、白い雪がドームの中を満たした。
「……さっきと、展開が一緒じゃない」
「ええ、そうね。全く、芸のないパノラマよね」
にしてもここはどこなのだろうか。今、なぜここに居るのかもわからない。それでもこの目の前の白髪の女には見覚えが、どことなくあった。同じ制服を着ているという共通点もあるし、クラスメイトだったりするのだろうか。
「正解よ。私とあなたは同じクラスで、それはそれはもう仲いい友達だった」
「なんで心を読んでるの?だったって何……?」
「あなた、表情に出やすいタイプよ。だったが何かは、自分でよくわかるんじゃない?」
「自分でっていったい何の」
そう私が言い終わる前に、目の前の女がため息をついて、またドームの中の景色が変わる。今度は高原で、塹壕がいくつも彫られていた。サブマシンガンを持った兵士たちが、女性二人が潜伏している塹壕へと歩み寄っていく。兵士たちはわざと足音を立てているかのように見えた。さっき灰色がかった髪色をした女は、今度は完全に灰色となっていた。彼女は今回もまた、黒髪の女の左手を縋るように握った。
「もう、展開が読めてきたわよ」
「そう?……私は、まだ分からないのだけど」
目の前の女は本当に不思議そうな顔を浮かべる。それがとても白々しかった。
黒髪の女は右手で灰色の女の頭にそっと手を伸ばして、こめかみを打った。土の下に艶やかな紅花が咲く。しかし今度はそれだけで終わらなかった。すかさず黒髪の女は灰色髪の女の首をのこぎりで切り落として、血潮で真っ赤に染まった塹壕の用具箱から手りゅう弾を取り出した。灰色髪の女の口に手りゅう弾をねじこんで加えさせる。そのまま確かめるように手のひらで三回ほど弄び、ピンを抜いて兵士の元まで全力で投げたのだ。
「なんて、惨いこと」
「私も、本当にそう思うわ」
私の言葉に同調する目の前の女の声をBGMにして、灰色髪の女の雁首手榴弾が敵側の兵士に着弾するところで、ドームの中を白い、白い雪が覆った。
「それで?次はどんなのを見せてくるわけ?」
「可愛げがないわね。せっかくむごたらしい場面を目の当たりにしてるんだから、嘔吐でもすればいいのに」
そう言って目の前の女はまたため息をついた。今度はーーー
「教室?それも私が通っている」
「そうよ、私たちが通っている、教室よ」
見間違えもしないほどに通っている教室の後ろのスペースには、無理して背伸びして煌びやかな服装をしている女性二人と、ガタイが良くて声だけでかそうな男が三人いた。というか、これは。
「クラスメイト、じゃない」
「ええ、そうね」
目の前の女はあくまでも表情を変えない。いや、実際にはその表情は張り付けたかのように能面だった。
さっきまでのドームと同じように、五人が歩みよる先には二人の少女が居て、一人はさっきまでの灰色髪の女だったが、さっきと違う面として、彼女の髪はより白髪に近くなっていた。背中を嫌な汗が伝う。
「直視、した?」
嘲笑うような目の前の女の目線。黒髪の女は、私自身だった。白っぽい髪の女は私の左手を掴んで、私は自らの右手を白っぽい髪の女の頭に沿わせてーー
首が取れるんじゃないかというほど強くビンタした。
白っぽい髪の女は驚きと絶望が入り混じった表情を浮かべる。ドームの中の私はそれはそれは楽しそうに笑っていた。
「……こんなの私じゃない」
「いいえ、貴方よ」
「嘘よ!そんな、嘘」
醜悪な自分を見たくなくて、手で自分の顔を覆う。目の前の女はこっちに身を乗り出して私の腕をつかみ、その肉体からは想像もできないほどの力で私の顔から手を引きはがした。
否が応でも視界に入るドームの中の私は高笑いしながら白っぽい女を五人の生徒に差し出していて、男子生徒の中で最も勝気そうな一人が女の白っぽい髪をひっつかんで、その唇に無理やり口づけをした。女の頬が涙で濡れる。それに腹を立てたのか、その男子生徒は女に強烈なビンタを放つ、その時、ドームの中を白い、白い雪が覆った。
目の前の女はこっちをまっすぐ見据えてくる。
「私たちの因果については、理解してもらえたかしら」
「ええ。その……きっと、いくら生まれ変わっても私はあなたを裏切って凄惨な目に合わせる、のでしょう」
「正解よ。前世からその前からその前の前の前まで、ずーっとあなたは私を落としめて、自分だけの安全を守ってきた」
「それは、ごめんなさい」
「謝ることないのよ。だって因果なんだもの。仕方ないわ」
目の前の女は本当に仕方ない、といった表情で肩をすくめて首を振る。
「それでも……」
「いいや、本当に、謝る必要なんてないのよ。もう無理だろうって、諦めてもいるから。きっと、どれだけ謝罪を受けてもあなたは変わらない。それは、あなたの一連の行動が後天的意識によるものではなく先天的な意識に基づくものだもの。多分本当にどうしようもない」
何も、言えなかった。呆然としている私を置いてけぼりに、目の前の女は瞳を輝かせながら話を続ける。
「でもね、因果は変えられるんじゃないかって、そう思ったの。どっかで、世界線を歪められるんじゃないかって。そこからは私、試行錯誤したわ。いっぱい、いーっぱい!あなたに殺された!」
彼女の喋り方はまるで保育園児みたいで、とても狂気じみていた。
「それでね、見つけたの。多分これってやつ」
急にさっきまでの幼年的な女の瞳の輝きが、色を帯びる。
「ねえ、私、さっき誰とも知らない人に、無理やり唇を奪われちゃった。……あれ、ファーストキス、だったのよ?」
泣きそうなか細い声。目の前の女がもう一度机を乗り出して、その長い白髪が机を静かに撫でる。
「だから、ねえ貴女、上書きしてくれない?」
どんどんと女の唇は私の眼前に迫ってきていて、気づいたら私と女の唇は繋がりあっていた。生暖かい感触と共に彼女の舌が私の口腔に入ってくる。私もつられて、彼女の口腔に舌を忍び寄らせる。彼女は自らの舌を私の舌にどんどんと近づけてーーー
彼女の強靭な前歯が、私の舌をがぶりと嚙み切った。
反射の行動で顔を背ける。呼吸が荒くなって、足に力が入らなくなる。焼けるような痛みを冷ますように口に押えた手の、指の隙間から血が次々と滴り落ちる。机の上のドームの中では、古びた机と、その両側に机と同じくらい古びた椅子があって、床は青系統の色の複雑な模様の絨毯が敷かれている。壁は全部真っ白、これと言って感想もないほどに真っ白で、唯一、正面に大きな窓があった。そしてその窓から見える景色は、真っ赤だった。私は遅れて、それが自分の血の滴りによるものなんだなと理解した。目の前の女をキッとにらみつける。彼女は机の上の私の血だまりにその細い指をぴと、とつけ、指に血を付着させたままで髪をすうっと梳いた。彼女の真っ白な髪が、赤と混じりあって桃色になっていく。彼女はにやにやと口角を上げたまま、
「これで因果は変わったわ。来世も、来来世も、あなたはきっとこれに気づかずに私に恋をして、あと一歩というところで私に殺される!」
過呼吸でまともに喋れない。脳の奥が痺れてきたな、と思ったとき、本格的な死の感触を喉仏に感じた。
「ねえ!次は何回で変わるでしょうね!今から楽しみだわ~!!」
ふざけるな、運命をゲームかなんかと勘違いしやがって。そんな言葉もまろびでず、私は黙って青い絨毯に倒れ伏した。
読書感想
蒼氓 感想
社会性が強く、昭和初期の困窮した百姓の状況の理解が進んだ。ブラジルに行くまでの収容所生活の記述全体に漂う侘しさとブラジルへの船が出港する際の狂気にすら感じられる興奮の差異が美しく、それまでの侘しさの描写が巧みだったが故に出航の際にその興奮が狂気となるという流れに筋が通っていた。そして最後に恋する乙女である佐藤夏、その弟である孫市のすれ違いで、より一層侘しく終わるのも、この狂気と侘しさの対比構造を少し感じさせた。それでいうと出発前夜にお夏と孫市が二人で話している時に周りの部屋で『いのち短し恋せよ乙女』が歌われていたのは、ある意味で貧困や徴兵検査の都合によってブラジルに飛ばざるを得なかった孫市、そして女という身分であるがゆえにそれに従うしか選択肢がなく、自由恋愛を阻まれたお夏という時代によって虐げられた兄妹の二人を通して筆者が解放的な社会の希求というメッセージを暗にほのめかしていたシーンと取れるのかもしれない。真っ直ぐな孫市と、時代感と性別によって感情を発露することを諦めつつあるが、それでも堀川を思慕することだけは諦められないお夏のキャラクターははっきりと活写されていたが、その他の人々に対して人数を増やした割に扱い切れていない印象があった。
72点
西日が貴女の小さく丸まった背中を容赦なく刺しつける。
「………なにしてんの」
そう問いかけると貴女は、
「掃除してるの、今日田中さんたち忙しいから出来ないらしくて」
と、一切の混じり気がない瞳をこっちに向けてくる。私が自分の顔を覆って大きくため息をついて、
「それさ、都合いいと思われてるんじゃないの?」
と言うと、貴女は小さく首を左右に振って、
「そんなことないよ、田中さんたち、今日は部活のミーティングがあるんだって、言ってたもん」
「でも、あいつら幽霊部員じゃん、美術部の」
「……幽霊部員なら、尚更部活にいった方がいいじゃん」
「ほんとにいってると思うの?どうせ今頃カラオケでも行ってるんだよ?あんたがずっと掃除してる間に」
「………それでも、役に立ってるなら、それでいいよ」
「いいわけ無いでしょ。あんた別に田中さんの手下でも何でもないんでしょ?嫌な事は断っていかなきゃ」
「でも、田中さんの役には立ってるんでしょ?」
「立ってるっていうか、そもそもあいつの仕事なんだからあいつがやらなきゃダメでしょ。……それは、優しさじゃないんじゃないの」
「でも、田中さんは助かったんでしょ?」
「………そりゃあ、今日だけを切り取ったら、助かった、とは思う、けど」
「……なら、良いよ」
「良くないって」
「……あたし、優しいことしか取り柄、無いからさ、これだけでも、誰かの役に立てたら、それでいいんだ」
自分に言い聞かせるようにいう貴女のその顔は痛々しくて、私まで胸が苦しくなった。
「……優しいだけが取り柄なんて、そんなこと、ないよ。少なくとも私は、あんたのこと、人として、好き、だし」
「……ほんと?ありがとう」
そうやって上目遣いで微笑む貴女の笑みはパンジーのように綺麗で、私は自分の顔が赤くなってやしないかと不安に思った。黙って教室の奥にあるロッカーまで足を運び、箒をつかみとる。なにしてるの、と言う貴女の声を背中に浴びながら、貴女と反対方向の床を箒で掃き始める。
「…………手伝うよ、私も。ただ!田中には絶対に一回は、あんたの分の掃除、肩代わりさせるから。………だから、だからその時は、二人でカラオケでも、行こうよ」
沈みかけてる夕日が織り成す赤い薄紫色の光が、私たちを包み込む。この空気をずっと、持っていたいと、そう思った。