もしもタイムマシンがあったなら、もしも、タイムマシンが実在したならば。
私は、一体貴女にどんな言葉をかけるのだろう。
薄明かりに照らされて橙色に染まった瞼をゆっくりと開き、真っ白な天井を仰ぎ見る。閉め切っている窓を貫通してくる蝉の鳴き声が、夏の朝の気怠さを加速させる。そっと、眦に溜まっていた涙を掬う。消えかけている夢の残骸と、涙の源となる毒のような悲しみが綯交ぜになった頭をクリアにしようと、軽く深呼吸をする。冷え切っていない部屋の曖昧な空気が肺を満たすのを感じる。体に弾みをつけて起き上がり、腕を伸ばして大きく伸びをする。パキパキ、という小気味いい音と共に、背筋がピンと伸びる。枕元に置いてあったスマホを手にとって、時刻を確認する。午前5時52分。少し早起きしすぎた。スマホを片手に持ったままもう一度寝転がる。右手に握られたスマホの待ち受け画面に写っているある少女と目が合う。私は、その少女、僅か四ヶ月前に去った幼なじみ、の写真を改めて眺める。初詣の時に引いたおみくじを持って、雪景色の中、私と彼女が笑顔で写っている。確か、彼女のおみくじは大吉だったはずだ。おみくじを引いた時の彼女の無邪気な笑みが、その鈴の音のような笑い声と共に脳裏に浮かぶ。私は、切なさをエッセンスに加えた愛しさに駆られて、思わず写真の中の彼女の頬を、タッチパネル越しに撫でる。彼女が生きていた、その確たる証拠に縋る。
あの日、私たちは二人きりで花見に行く予定だった。朝から食べ物の段取りをしていた私へ、家の外から場所取り行ってくる!と元気いっぱいに呼びかける貴女の声が、私が聞けた最後の声だった。午前10時半頃、間延びした街の中でスマホを眺めながら信号を待っていた彼女は、夜勤明けで意識が朦朧としている若手の会社員のミニバンに跳ね飛ばされ、首の骨を折って泡を吹いてその命を儚く散らした。私が彼女に追いつこうと家に出た時には、彼女はもう病院でその煌びやかな瞳孔に光を当てられていた。公園で彼女を待っている時に見たあの桜の、残酷的なまでの美しさを、未だに覚えている。きっとあの桜の下には、彼女の死体が埋められているんだろう、今となってはそう思う。彼女の死は、全国ニュースで15秒取り上げられるほどのごく些細なことで、彼女が死んでも、世界は当たり前のようにその運用を停止しなくて、そんな中、私だけが、狂わされて世界から取り残されている。その苦しさも、彼女の死に対して自分本位な苦しさを抱えているという事実も、全てが嫌だった。あの日、貴女が家の前を通り過ぎる前に、私が家の玄関を出て、貴女に何か声をかけていれば、貴女は今も、その豊かな表情を、時折感じさせてくる思慮深さを、いつも元気なくせに夜中になったら急にさびしがりやになる所を、私に見せていてくれただろうか。
そんな事を考えながら、また、目をつぶる。
7/22/2024, 8:20:52 PM