西日が貴女の小さく丸まった背中を容赦なく刺しつける。
「………なにしてんの」
そう問いかけると貴女は、
「掃除してるの、今日田中さんたち忙しいから出来ないらしくて」
と、一切の混じり気がない瞳をこっちに向けてくる。私が自分の顔を覆って大きくため息をついて、
「それさ、都合いいと思われてるんじゃないの?」
と言うと、貴女は小さく首を左右に振って、
「そんなことないよ、田中さんたち、今日は部活のミーティングがあるんだって、言ってたもん」
「でも、あいつら幽霊部員じゃん、美術部の」
「……幽霊部員なら、尚更部活にいった方がいいじゃん」
「ほんとにいってると思うの?どうせ今頃カラオケでも行ってるんだよ?あんたがずっと掃除してる間に」
「………それでも、役に立ってるなら、それでいいよ」
「いいわけ無いでしょ。あんた別に田中さんの手下でも何でもないんでしょ?嫌な事は断っていかなきゃ」
「でも、田中さんの役には立ってるんでしょ?」
「立ってるっていうか、そもそもあいつの仕事なんだからあいつがやらなきゃダメでしょ。……それは、優しさじゃないんじゃないの」
「でも、田中さんは助かったんでしょ?」
「………そりゃあ、今日だけを切り取ったら、助かった、とは思う、けど」
「……なら、良いよ」
「良くないって」
「……あたし、優しいことしか取り柄、無いからさ、これだけでも、誰かの役に立てたら、それでいいんだ」
自分に言い聞かせるようにいう貴女のその顔は痛々しくて、私まで胸が苦しくなった。
「……優しいだけが取り柄なんて、そんなこと、ないよ。少なくとも私は、あんたのこと、人として、好き、だし」
「……ほんと?ありがとう」
そうやって上目遣いで微笑む貴女の笑みはパンジーのように綺麗で、私は自分の顔が赤くなってやしないかと不安に思った。黙って教室の奥にあるロッカーまで足を運び、箒をつかみとる。なにしてるの、と言う貴女の声を背中に浴びながら、貴女と反対方向の床を箒で掃き始める。
「…………手伝うよ、私も。ただ!田中には絶対に一回は、あんたの分の掃除、肩代わりさせるから。………だから、だからその時は、二人でカラオケでも、行こうよ」
沈みかけてる夕日が織り成す赤い薄紫色の光が、私たちを包み込む。この空気をずっと、持っていたいと、そう思った。
7/26/2024, 1:00:25 PM