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読書感想
蒼氓 感想
社会性が強く、昭和初期の困窮した百姓の状況の理解が進んだ。ブラジルに行くまでの収容所生活の記述全体に漂う侘しさとブラジルへの船が出港する際の狂気にすら感じられる興奮の差異が美しく、それまでの侘しさの描写が巧みだったが故に出航の際にその興奮が狂気となるという流れに筋が通っていた。そして最後に恋する乙女である佐藤夏、その弟である孫市のすれ違いで、より一層侘しく終わるのも、この狂気と侘しさの対比構造を少し感じさせた。それでいうと出発前夜にお夏と孫市が二人で話している時に周りの部屋で『いのち短し恋せよ乙女』が歌われていたのは、ある意味で貧困や徴兵検査の都合によってブラジルに飛ばざるを得なかった孫市、そして女という身分であるがゆえにそれに従うしか選択肢がなく、自由恋愛を阻まれたお夏という時代によって虐げられた兄妹の二人を通して筆者が解放的な社会の希求というメッセージを暗にほのめかしていたシーンと取れるのかもしれない。真っ直ぐな孫市と、時代感と性別によって感情を発露することを諦めつつあるが、それでも堀川を思慕することだけは諦められないお夏のキャラクターははっきりと活写されていたが、その他の人々に対して人数を増やした割に扱い切れていない印象があった。
72点

4/15/2025, 6:53:49 AM