今年から始めた書く習慣。
のんびりですが楽しく続けています。
来年も自分のペースで書いていけたらと思うので、どこかで誰かの目にとまれたら嬉しいです。
素敵な皆様の作品に出会えるのを来年も楽しみにしております。
皆様良いお年をお迎えください。
星になる
暗転したスクリーンに、白い文字が静かに流れていく。自分の名前はいつだって上から二番目。主役のすぐ下。
一人きりの部屋でアタシは背もたれに身を預けたまま、それを見つめていた。
エンドロールは必ず最後まで見る。自分が関わった仕事の終わりを途中で切り上げる気にはなれない。
助演俳優賞。
この映画でアタシは、それを手にした。
思い出す。照明に照らされた壇上。名前を呼ばれ、拍手の中を歩いた数歩。
賞を受け取る手は驚くほど落ち着いていた。
やるべきことをやった、その確信だけがあった。
演技力、存在感、作品を締める最後のピース。
そう評された言葉の一つ一つは、今でも耳に残っている。
それらはすべて、助演としての評価だ。
主役を支え、物語を崩さず、観客の感情を導く役割。
アタシは、その期待を完璧に果たしてきた。
俳優という仕事に誇りがないわけがない。
セリフのない瞬間にも意味を持たせ、立ち位置一つで関係性を変える。
どんな役であろうと与えられた枠の中で、できることはすべてやってきた。
完璧に演じる以外の選択肢を自分に許したことはない。
それでも、スポットライトは決してアタシを正面から照らさない。
「陰の実力者」
その言葉は称賛であると同時に、見えない境界線だった。
影でも輝いている?
違う。アタシは影で満足するために、ここまで来たんじゃない。
星になりたい。
夜空の真ん中で、迷いなく見上げられる存在に。
物語の始まりから終わりまで、名前を呼ばれる役に。
エンドロールが最後の一行を流し終える。
スクリーンは完全な闇に沈んだ。
その闇の中でアタシは一度だけ息を吐く。
アタシが影?
笑わせないで。
アタシは次こそ、星になる。
遠い鐘の音
何か、音が聞こえる。
目を覚ますと少年は知らない場所にいた。
体を起こすと冷たい空気が肌にまとわりつく。地面は固く、草の感触もどこか鈍い。見上げた空は暗いのに、夜ではなかった。
ここがどこなのかは、わからない。
それでも少年ははっきりと感じていた。
ここに長くいてはいけない、と。
理由はわからない。ただ、胸の奥が小さく鳴り続けている。
周囲に目を向けて初めて、石が並んでいることに気がついた。石はどれも同じ方向を向いている。背の高いものも、低いものも、欠けているものも。
近づいて見れば何やら文字が書いてあるようだったが、少年が読めるものは少なかった。
恐怖に似た不安。
どこかへ行かなきゃと思うのに、どこへ行けばいいのかもわからない。
そのとき、遠くで鐘が鳴った。
「――あ」
思わず声がこぼれた。
それと同時に背後から別の声が重なる。
「駄目じゃないか。こんな所に来ちゃ」
瞬間、ぶわっと体中から汗が吹き出す。
心臓はバクバクとうるさく鳴り、膝が震える。
叫んでしまいたいのに声も出せない。
地を這うような無機質で冷たい声。足の先から全身を凍らせるような寒気。
今までとは比べものにならない、全身を包むような恐怖に襲われる。
振り向いたら駄目だ。
直感的にそう思った少年はその場で耐えるようにぎゅっと目を閉じた。
「ああ、怖がらせてしまったかな」
そんな言葉と同時に声は穏やかなものになり、さっきまで感じていた威圧的なまでの寒気が消える。
それでも言いようのない恐怖が消えることはなく、少年は目を開けることができない。
「可哀想に、こんなに震えて」
声の主は少年の前まで歩いてくるとそう呟いた。
声は穏やかなのに、まるで感情を感じない。その異質さが不気味だった。
「目は閉じたままでいい。大丈夫、すぐに終わる」
身構えるのと同時にひんやりとした何かが目を覆う。
「うん、いい子だ」
遠くで鐘の鳴る音がした。
「もう来てはいけないよ」
その声を最後に何かが、すっと離れた。
少年の体が前のめりに崩れる。
次に目を開けたとき、少年は家の庭にいた。
土の匂い。夕方の空。傾きはじめた陽の色。すべてが少年のよく知る日常だった。
――どうして、ここにいるんだっけ。
何かを忘れているような。
思い出そうとしたとき、母の呼ぶ声がした。いつもと同じ少し間延びした声。
少年は返事をして立ち上がる。声のする方へ歩き出した、そのとき。
遠くで鐘が鳴った。
少年は足を止める。
――あれ、この音どこかで。
夜空を越えて
先輩たちに嵌められて寮を追い出されてから数時間が経った。
時間を置けばこっそり戻れるんじゃないか、そんな淡い期待を抱いて寮の裏口まで来てみたけれど、やっぱり扉は固く閉ざされたままだった。
「……ツイてないなぁ。入学してまだ三日目なんだけど…」
ぼそりと呟いて隣を見る。
一緒に追い出された××は何やら考え込んでいるみたいだった。
背筋を伸ばして佇むその様は真面目そのもので、いかにも優等生って感じ。それなのに追い出されてしまって彼もツイてないな、と他人事のように思った。
「どうしよっか」
試しに声をかけてみると、××は軽く息を吐いた。
「そうだな。野宿は嫌だしな」
そう言って歩き出した××に慌ててついていく。
「え、ちょっと待って。行くあてとかあるの?」
まず脳裏に浮かんだのは、他寮の友人に泊めてもらう案。でも、入学したばかりでそこまで気軽に頼れる相手なんていない。××だって同じはずだ。
黙って歩く××についていくと、辿り着いたのは今はもう使われていない旧校舎だった。
なるほど、今日はここで夜を明かすつもりなのか。
それにしても、と外観に目をやる。
外壁は所々色褪せ、窓枠も古びている。昼間に見ても何も思わなかったが、夜の闇に沈む今は妙に雰囲気があった。
まあ、贅沢言ってられない。野宿よりはマシだ。
そう自分に言い聞かせたが、一つ問題が浮上した。
――こんな場所、鍵がかかってるに決まってるんじゃないか?
「やっぱり開いてないか」
案の定、正面入口に手をかけた××がそう口にした。まあ、当然だろう。
ここも無理ならいよいよ野宿?
そう思っていたら××は窓の方へと歩き出した。
「…え、まさか」
彼は次々と窓に手をかけ、三つ目で声を弾ませた。
「お、開いてる」
そのまま迷いなく窓枠を跨いで中に入った。
真面目で大人しそうな雰囲気からは想像もしなかった行動力に、しばらく呆気にとられた。
ついてこないことを不審に思ったのか、入らないのか?と声をかけられ慌てて後に続く。
寮を追い出されたというのに、妙におかしくなってきて笑いがこぼれた。
中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
キョロキョロと辺りを見渡していると、××がどこから持ってきたのか古いソファを引きずってきた。
「…今日はそれで寝る感じ?」
「嫌なら床で寝るか?」
「いやいや文句じゃないって!」
ノリが合わなさそうだと思っていた××との会話は存外テンポよく進んでいく。
話していて引っかかりがなく、するすると言葉が出ていく。一緒にいても気疲れしない。むしろ気楽で、何だか楽しかった。
笑いながらソファを並べ、二人で埃を払う。ついでに周りも軽く掃除をした。
ふと隣を見ると、××が楽しそうに笑っていた。大人びて見えた彼もそんな無邪気な表情をするのだと、そんなことを思った。
寝床は整え終わったが、寝るにはまだ早い。何をしようかと考えていると××が口を開く。
「よし、じゃあ寝るか」
「え!早っ…」
「はは、嘘だよ。とりあえず、作戦会議といこうか」
こちらを揶揄うように笑ったかと思うと、そう言ってにやりと悪い顔をする。
また一つ見たことのない表情だと思った。
「…ん?作戦会議?」
「ああ、お前だって今日のことは思うところがあるだろ?」
「先輩たちにやり返す気?」
「借りはきっちり返さなきゃだからな」
驚いた。もちろん、先輩たちには何らかの形で仕返しをしようとは考えていた。でも、××は静かに怒りを飲み込むタイプだと思っていたのだ。だから××の口からそんな言葉が出るなんて思っていなかった。
思っていた人物像が少しずつ塗り替えられていく。
「…いいね、オレも考えてたとこ。ねえ、こういうのはどう?」
小声で考えていた作戦をひとつ提案すると、××の目がいたずらっぽく細められた。
「いいな。それでいこう」
月明かりに照らされた室内で互いの影が重なるほど近くに座りあれこれ語り合った。
やがて言葉も途切れ、並べたソファに横になって暗い天井を見上げる。
この夜を越えたあと、先輩たちのどんな顔を見れるだろう。そんなことを考えながら目を閉じた。
凍える指先
寒い寒いと身を寄せてきて、まるでそれが当たり前みたいに腕を絡めてくる。人混みの中でも、放課後の帰り道でも、君はこうして私を見つける度に自然に寄り添ってくる。その仕草はあまりにも甘くて、あまりにも無邪気で、だからこそ胸の奥がぎゅっと冷えていく。
君には恋人がいる。君はその人の話をするとき、表情がふっとやわらぐ。その笑顔を見る度に私は自分の感情をどこに置けばいいのか分からなくなる。
君は誰と付き合っても、誰を好きになっても「大好きだよ」「一番頼りにしてる」そんな言葉を私にくれた。それがどれだけ幸せなことか、痛いほど分かっている。
だけど、それでも、満足なんてできない。
たとえ君が私を一番に想ってくれても、それは親友としての一番だ。君の大好きは、私が抱えているそれとは決して同じではないのだと突きつけられる。
君の体温は確かに私の腕まで伝わってくるのに、指先だけはじんと冷えたまま。血が引いていくみたいに、温かさがうまく巡らない。
隣にいられて嬉しいはずなのに、同じ距離を歩けば歩くほど胸の奥の切なさだけが鋭くなっていく。
交差点に差し掛かり足が止まる。赤になった信号をぼんやりと見ていると腕を軽く引かれた。
目をやると君がふっと見上げて笑う。
「手、冷たくない? あたしのポケットに入れていいよ」
そんな優しさを向けないでほしい。期待してしまうから。届かないと分かっている気持ちが、また勝手に膨らんでしまうから。
分かれ道が近づいた頃、君がふいに弾む声で言った。
「明日ね、久しぶりにデートなんだ。映画観て、そのあとカフェ行こうって話しててさ」
その表情は本当に楽しそうで、柔らかな笑みがこぼれていた。
君の笑った顔が好きだった。
けれど、そんな君の明るい表情さえ胸に刺さる。言葉にならない感情が、胸の奥に広がっていく。
私の腕を取った手。私の手を握った指。
そのすべてが明日には同じように恋人へ向けられる。
そう思うだけで息の仕方さえわからなくなるのに、それでも口だけは勝手に動いた。
「楽しんでね」
心にもないはずのその一言に君は嬉しそうに笑い、足取りを軽くして分かれ道へ進んでいく。
私は手を振ってその背中を見送る。君がわけてくれたはずの体温は、あっという間に風の中へ散っていった。
君が見えなくなってからすべてを吐き出すみたいに深く息を吐く。
冷たくなった指先に君が触れていた感覚だけがうっすらと残っていた。