遠い鐘の音
何か、音が聞こえる。
目を覚ますと少年は知らない場所にいた。
体を起こすと冷たい空気が肌にまとわりつく。地面は固く、草の感触もどこか鈍い。見上げた空は暗いのに、夜ではなかった。
ここがどこなのかは、わからない。
それでも少年ははっきりと感じていた。
ここに長くいてはいけない、と。
理由はわからない。ただ、胸の奥が小さく鳴り続けている。
周囲に目を向けて初めて、石が並んでいることに気がついた。石はどれも同じ方向を向いている。背の高いものも、低いものも、欠けているものも。
近づいて見れば何やら文字が書いてあるようだったが、少年が読めるものは少なかった。
恐怖に似た不安。
どこかへ行かなきゃと思うのに、どこへ行けばいいのかもわからない。
そのとき、遠くで鐘が鳴った。
「――あ」
思わず声がこぼれた。
それと同時に背後から別の声が重なる。
「駄目じゃないか。こんな所に来ちゃ」
瞬間、ぶわっと体中から汗が吹き出す。
心臓はバクバクとうるさく鳴り、膝が震える。
叫んでしまいたいのに声も出せない。
地を這うような無機質で冷たい声。足の先から全身を凍らせるような寒気。
今までとは比べものにならない、全身を包むような恐怖に襲われる。
振り向いたら駄目だ。
直感的にそう思った少年はその場で耐えるようにぎゅっと目を閉じた。
「ああ、怖がらせてしまったかな」
そんな言葉と同時に声は穏やかなものになり、さっきまで感じていた威圧的なまでの寒気が消える。
それでも言いようのない恐怖が消えることはなく、少年は目を開けることができない。
「可哀想に、こんなに震えて」
声の主は少年の前まで歩いてくるとそう呟いた。
声は穏やかなのに、まるで感情を感じない。その異質さが不気味だった。
「目は閉じたままでいい。大丈夫、すぐに終わる」
身構えるのと同時にひんやりとした何かが目を覆う。
「うん、いい子だ」
遠くで鐘の鳴る音がした。
「もう来てはいけないよ」
その声を最後に何かが、すっと離れた。
少年の体が前のめりに崩れる。
次に目を開けたとき、少年は家の庭にいた。
土の匂い。夕方の空。傾きはじめた陽の色。すべてが少年のよく知る日常だった。
――どうして、ここにいるんだっけ。
何かを忘れているような。
思い出そうとしたとき、母の呼ぶ声がした。いつもと同じ少し間延びした声。
少年は返事をして立ち上がる。声のする方へ歩き出した、そのとき。
遠くで鐘が鳴った。
少年は足を止める。
――あれ、この音どこかで。
12/13/2025, 8:51:14 PM