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 夜空を越えて


先輩たちに嵌められて寮を追い出されてから数時間が経った。
時間を置けばこっそり戻れるんじゃないか、そんな淡い期待を抱いて寮の裏口まで来てみたけれど、やっぱり扉は固く閉ざされたままだった。

「……ツイてないなぁ。入学してまだ三日目なんだけど…」

ぼそりと呟いて隣を見る。
一緒に追い出された××は何やら考え込んでいるみたいだった。
背筋を伸ばして佇むその様は真面目そのもので、いかにも優等生って感じ。それなのに追い出されてしまって彼もツイてないな、と他人事のように思った。

「どうしよっか」

試しに声をかけてみると、××は軽く息を吐いた。

「そうだな。野宿は嫌だしな」

そう言って歩き出した××に慌ててついていく。

「え、ちょっと待って。行くあてとかあるの?」

まず脳裏に浮かんだのは、他寮の友人に泊めてもらう案。でも、入学したばかりでそこまで気軽に頼れる相手なんていない。××だって同じはずだ。

黙って歩く××についていくと、辿り着いたのは今はもう使われていない旧校舎だった。
なるほど、今日はここで夜を明かすつもりなのか。
それにしても、と外観に目をやる。
外壁は所々色褪せ、窓枠も古びている。昼間に見ても何も思わなかったが、夜の闇に沈む今は妙に雰囲気があった。
まあ、贅沢言ってられない。野宿よりはマシだ。
そう自分に言い聞かせたが、一つ問題が浮上した。
――こんな場所、鍵がかかってるに決まってるんじゃないか?

「やっぱり開いてないか」

案の定、正面入口に手をかけた××がそう口にした。まあ、当然だろう。
ここも無理ならいよいよ野宿?
そう思っていたら××は窓の方へと歩き出した。

「…え、まさか」

彼は次々と窓に手をかけ、三つ目で声を弾ませた。

「お、開いてる」

そのまま迷いなく窓枠を跨いで中に入った。
真面目で大人しそうな雰囲気からは想像もしなかった行動力に、しばらく呆気にとられた。
ついてこないことを不審に思ったのか、入らないのか?と声をかけられ慌てて後に続く。
寮を追い出されたというのに、妙におかしくなってきて笑いがこぼれた。

中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
キョロキョロと辺りを見渡していると、××がどこから持ってきたのか古いソファを引きずってきた。

「…今日はそれで寝る感じ?」
「嫌なら床で寝るか?」
「いやいや文句じゃないって!」

ノリが合わなさそうだと思っていた××との会話は存外テンポよく進んでいく。
話していて引っかかりがなく、するすると言葉が出ていく。一緒にいても気疲れしない。むしろ気楽で、何だか楽しかった。

笑いながらソファを並べ、二人で埃を払う。ついでに周りも軽く掃除をした。
ふと隣を見ると、××が楽しそうに笑っていた。大人びて見えた彼もそんな無邪気な表情をするのだと、そんなことを思った。
寝床は整え終わったが、寝るにはまだ早い。何をしようかと考えていると××が口を開く。

「よし、じゃあ寝るか」
「え!早っ…」
「はは、嘘だよ。とりあえず、作戦会議といこうか」

こちらを揶揄うように笑ったかと思うと、そう言ってにやりと悪い顔をする。
また一つ見たことのない表情だと思った。

「…ん?作戦会議?」
「ああ、お前だって今日のことは思うところがあるだろ?」
「先輩たちにやり返す気?」
「借りはきっちり返さなきゃだからな」

驚いた。もちろん、先輩たちには何らかの形で仕返しをしようとは考えていた。でも、××は静かに怒りを飲み込むタイプだと思っていたのだ。だから××の口からそんな言葉が出るなんて思っていなかった。
思っていた人物像が少しずつ塗り替えられていく。

「…いいね、オレも考えてたとこ。ねえ、こういうのはどう?」

小声で考えていた作戦をひとつ提案すると、××の目がいたずらっぽく細められた。

「いいな。それでいこう」

月明かりに照らされた室内で互いの影が重なるほど近くに座りあれこれ語り合った。

やがて言葉も途切れ、並べたソファに横になって暗い天井を見上げる。
この夜を越えたあと、先輩たちのどんな顔を見れるだろう。そんなことを考えながら目を閉じた。

12/12/2025, 8:40:01 AM