好き、嫌い、好き、嫌い……
心の中で呟きながら花弁をむしっていく。
最後に残ったのは……『好き』。
まただ。これで3回連続。いっそ運命的である。
「嫌いだと思ってたんだけどなぁ……」
どこまで行っても私は、あの“天才”のことが嫌いになれないらしい。たとえどんなに妬んでいても、羨んでいても。
まだ花はある。私はそれをひとつ手折って、また花占いを始めた。
他でもない、自分自身の心を占う花占いを。
運命の糸が私じゃない人に繋がっていたら、どうすればいいんだろう?
あの人の赤い糸をちょん切って、私のもちょん切って、結びつけてしまえばいいのだろうか。
でも、それだといつか解けてしまいそうだなぁ、なんて考えながら、うーんと伸びをする。
「なんだ、もう集中が切れたのか?」
「ちがいまーすちゃんとやってまーす」
気の抜けた返事をしながら、忙しなく動く相手の左手をちらと見遣る。
きっとそこの糸は私に繋がっていないのだろう。
(…上等だよ)
なら奪ってしまえばいい。運命なんかに頼らずとも。
「私、頑張りますね」
ぽつりと呟くと、彼女は困ったように笑って「まずは手を動かせ」と言った。
目の前に、最愛の人が座っていた。あの頃となに一つ変わらぬ姿で。
瞬間、これは夢だなと自覚する。
もう何度目か分からない夢。どこかの庭園で、あの人と向かい合わせに座っている夢。
彼女は微笑んだまま何も言わない。
「お久しぶりです。……また貴女に逢えて、とても嬉しい」
瞬きひとつしない彼女に、私は語り出す。
それが届くことなどないと解っていたとしても。
あぁ、此処だ。
記憶を辿って行き着いた場所は、あの頃とは全く異なっていた。それでも自分は、覚えている。あの頃此処で交わした言葉も、夢も、愛も。
そう…今はこうなっているのね。
『もう、いいわ。行きましょう』
軽やかに告げて、彼女は思い出に背を向ける。
そしてまた一歩、前へ。
僕は記憶喪失だ。
中学一年生の時に遭った大きな事故がキッカケで、それ以前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまった。
自分の名前も、両親の顔も、何も思い出せなくなって、僕はふいに自分が異星に放り込まれたような、そんな空虚を感じた。
両親だという人に会っても、家というところに行っても、いろんな人から『僕』の名前を呼ばれても、少しもそれが『自分のものだ』という実感はわかず、むしろ全く知らない人に馴れ馴れしくされるのが、哀れみの視線を向けられるのが、悍ましくてしょうがない。
『僕』は地頭が良いらしく、とりたて苦労することなく高校にも合格した。
高校生になって、新しいクラスメイトができて……さして変化のない日常にも、もう慣れしまった。
きっと僕は、これからも借り物の体に借り物の名前で借り物の人生を生きていくんだろうな。
そう、思っていた。
「ねぇ、そこの君」
廊下を歩いていた時、ふいに声をかけられた。
「…何かご用ですか?」
声の主は才色兼備の優等生、としてちょっとした知名度のある女子生徒だった。しかし、中学校のクラスメイトでもなく、いわば『赤の他人』のはずだ。少なくとも、僕にとっては。
「ああ。君に提案があってね」
自信をたたえた瞳を細めて彼女は続けた。
「私と一緒に、生徒会長を目指さないか?」
「…は?」
この日が僕らの物語の始まりだった。
僕の物語のプロローグの。
そして、彼女の物語の、クライマックスの――――