私は極度の臆病者だ。
誰にも悟らせないよう、能天気で人当たりもそこそこ良い風を演じてはいるけど、誰にも踏み込ませないエリアというものを持っている。
誰かに踏み荒らされるのが怖い
例えば誰かと親しくなったとして、その先にある別れが怖い
人間はいずれ朽ちる。愛情も、肉体も。
人ならざる生き物とは時間の流れが違うのだ。
そうなって一人に戻った時、耐えられるかが分からない。
いや、きっとそんな頃にはとっくに相手に懐いてしまっているだろうから…
人に懐いてから再び一人に戻るのは地獄のように辛いことだろう。
だから、独りがいい。一人きりでいたい。
寂しくていい。上がって叩き落とされるよりは辛さが軽く済むから。
近付かなければ誰かに迷惑をかけたりもせずに済むから。
故に、私は今日もしょうもない人間を演じて、人の笑顔を遠巻きに見て満足するだけ。
感情はとうの昔に捨ててきた。
これでいいんだよ。
生来の性分というべきか、習性というべきか…
俺は、光を反射したり表面が鏡面のようにつるつるとした物が好きだ。
その中でも万華鏡とビー玉が特に好きで、よく集めたものだった。
最初こそよく眺めていたものだったが、最近は眺めることも滅多になくなってしまった。
その理由の一つは家族が増えたからだが、もう一つにして最大の理由は、間違いなく俺の膝にうつ伏せになって羽繕い待ちをしている此奴のせいだろう。
純白の大きな翼に幅広の細い光輪、おまけに鮮烈な蒼の瞳…
その瞳はまるで穢れを知らぬように深く、美しく澄んでいる。
…いや、穢れは幾度となく見てきたのだが。
それこそ、数度は絶望に心を病んだことさえあって、その際には大概苦労したものだった。
だが、それでも此奴は持ち直し、強くなった。
この瞳が恐ろしいほど深く澄んでいるのは、生まれてから今までの千数百年の間に見てきた全てを受け入れ、赦し、乗り越えてきたが故のものなのだろう。
蒼く深く澄んだ2つの瞳は今日も、全てを赦し、癒してきた此奴の懐の深さを静かに物語っている。
嫌な音だ。
窓を無数の小さな手で叩くかのような叩きつける雨粒の音、恨めしげな叫び声にも似た暴風の音、暴風に煽られた車体がガタガタ、ギシギシと軋む音…
嫌な音だ、本当に。
改造されたコンテナでは僕と同じ空間に4人ほどの仲間が静かに寝息を立てている。
そのせいで、唯一の安心要素のはずのそれが外からのノイズに掻き消されてしまって、僕は皆と一緒の空間にいるはずなのにひとりぼっちのような錯覚に陥る。
かと言って誰かを起こす訳にもいかない。それに、大の大人が嵐の音に不安になっているだなんて、恥ずかしすぎて誰にも言えない。
そうして途方に暮れていると、隣で寝ていた相棒が寝返りを打った気配がした。
藁にも縋る気持ちでそちらを向くと、彼はまだ半分ほど微睡んでいるような表情のまま手を伸ばしてきて、僕の頭にぽんぽんと優しく手を置くと、数回ゆっくりと撫でた。
突然のその行動に驚いていると、彼は
「だーいじょーぶ、おじさんがついてるからなー…」
と言いながら、再び目を閉じて夢の中へと戻って行ったようだった。
彼は時々僕の不安や恐怖を的確に見抜くことがある。
それはまるで僕の心の中を直接覗き見ているかのような的確さで、彼に隠し事はできないのではないかと思うこともある程だ。
だから、そんな彼の隣にいれば今夜のような荒くれる嵐の夜も、今僕が落ち着いているように、彼の言葉通り、大丈夫になるのだろう。
この先も、ずっと。
喧騒はあまり得意ではない。
少なくとも、数百年前まではそうだった。
なのにどうしてか、最近は喧騒も案外悪くないと感じている。
それもこれも、俺の隣で賑やかに笑っている此奴のせいだろう。
楽しい事が大好きだと語るこの白翼の生き物は、時折頭上の光の輪を指先で弄びながら些細なことさえ心底楽しそうに話している。
数百年前までは騒がしく落ち着きのない此奴に苛立つことも多かったが、付き合いも千年を過ぎれば慣れてくるというか……
常に寝食を共にするようにもなれば、逆にこの騒がしさが無いと落ち着かなくなってしまうものだ。
翼の色も性格も対照で、種族も違う。
片や大天使、片や烏天狗
…いや、正確には俺は迦楼羅の化身らしいが。
まぁそんな白黒の組み合わせが友人から親友へ、親友から夫婦へと関係を変えて今こうして縁側で肩を並べて語らっているのだから、人生何が起こるか分からぬものだ。
しかも、今やとうに巣立ってしまったが可愛い娘を二人も授かり、再び2人きりになったかと思えば人里ではぐれた人間と天使の若造二人を拾い…
あぁまた俺達の背後の台所で若造2人が仲睦まじく騒いでいるな。
男4人の暮らしは毎日が祭りのように騒がしいが、存外悪くはないものだ。
今はそう、心から思っている。
俺の相棒は神様でもなければ悪魔でもない。
ただの、普通の1人の青年だ。
まぁ強いて言うなら射撃の腕が神憑り級だってところか…。
正直、よくまぁ本物のバケモノたる俺の傍に立ち、相棒と認めてくれたもんだとは思う。
多分、俺の正体には薄々勘づいてるか、もしくは既に確信に至っている頃だろうに…
それでも俺を慕い、信じ、おまけに恋慕の情まで抱くのだから驚きだ。
だから俺が無茶をした時に
「貴方が自分を大切にしないのなら、有事の際に僕は貴方の後を追います。僕は貴方が思うよりずっとしつこい男ですからね、ヴァルハラの先までだって貴方を追い回してやりますよ!」
そう啖呵をきられた時は一瞬心が傾きかけたし、あの時のあいつの声は泣いていたせいでひどい声だった筈なのに……なのに、俺はその時こう思ってしまったんだ。
本当に神がいるならきっとこういう声をしているのだろう、と。
まぁ、相棒の欲目ってやつだろうけどな。