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2/3/2024, 2:57:15 PM

#1000年先も
 
 
 
 未来からきた商人が、不思議な品物を売って
います。
 ガラスの小瓶に詰まった、紫色の液体です。
 
「みなさん、これは未来の技術で作られたインクです!ただのインクじゃ、ありませんよ!このインクで書いたものは、千年だろうと、二千年だろうと、消えることなく残るのです!雨風に晒されたって、色褪せひとつ、おこりません!」
 
 商人の口上を、通りかかった宗教家が聞きまし
た。
 
「素晴らしい!さっそくこのインクで教典を記し、全能なる神の教えと、教祖さまのありがたいお言葉を、すべての人類に知らしめねば!」
 
 つぎに通りかかったのは、政治家です。
 
「それはいい!このインクで私の功績を銅像に刻み、我が名を後世まで語りつがせねば!」
 
 最後に通りかかったのは、小説家です。
 ちょうどインクを切らして買いに行く途中でした。けれど、商人の口上を聞いて、彼は慌てて小瓶を商人に押し返しました。
 
「とんでもない!千年どころか、十年先まで残せるような作品すら書けたことなどありません。一生かかっても、僕には書ける気がしません。でも、いいんです。僕の書いたものを読んで、今を生きているだれかの心が、ちょこっとでも軽くなったら。それで、明日も生きてみようと思えたら。それだけで、もう、充分すぎるくらいです」



2/3/2024, 8:57:04 AM

#勿忘草(わすれなぐさ)
 
 
 
 唐突に、昔のことを思い出した。
 引っ越しの荷造りをしている最中だった。本棚の奥から児童書を一冊引っぱり出すと、ひらりと
何かが床に落ちた。

 半分に折ったティッシュだった。
 中になにか、挟まっている。

 押し花だ。

 まっすぐのびた茎の先に、ちいさな星形の花が集まって咲いている。子どもが見よう見まねでつくったものだった。カサカサにひからびて、茶色く
変色している。もとは青い花だったらしい。
 その青色には、見覚えがあった。
 森の奥の、ぽっかり明るい陽だまり。いつも青いワンピースを着て、岩の上に座っていた、髪の長い女の子。

 子どもの頃、わたしは数ヶ月ほど、田舎に預けられていたことがある。
 問題のある家庭だった。両親は毎晩ケンカをしていて、飛んでくる怒鳴り声や灰皿や拳から逃げるため、わたしは自分の部屋に閉じこもっていた。学校にも行かなくなった。もともと神経質な上にストレスで過剰に攻撃的になっていたわたしと、上手くつきあえる小学生はいなかったから。

 田舎の親戚の家でも、わたしは孤立していた。
 人間不信をこじらせて、部屋に閉じこもって本を読むか、こっそり家を抜け出して人のいない森の奥で泣いているか、毎日、そんなことをしていた。その女の子に出会ったのも、独りぼっちで森を歩いている時だった。
 もの静かな、おっとりした子だった。
 彼女の声も、二人でなにを話したかも、思い出せない。それくらい大人しい子だった。わたしとは、妙に波長があった。会話がなくても、別々のことをしていても、彼女のそばに座っているだけで、穏やかな気持ちになれた。花かんむりを編むのが得意で、わたしにもやり方を教えてくれた。わたしが編んだ不器用な輪っかを見て、上手だと笑ってくれた。彼女の笑顔が好きだった。はじめてできた、友だちだった。

 それから色々あって、わたしは母に連れられて都会へ引っ越した。
 新しい街、新しい学校での生活が忙しすぎて、手紙を書くと約束したのに、結局一度も出さなかった。そのまま、今の今まで忘れていた。信じられないくらい薄情者だ。
 

 十数年ぶりに、親戚の家を訪ねた。
 可愛げのない子どもだったはずなのに、大きくなったね、と迎えてくれた。
 彼女のことを聞いてみた。わたしと同じ年頃で、当時この辺りに住んでいた女の子。手紙を出すはずだった連絡先は紛失していたが、住人の少ない地域だから、すぐわかるだろうと踏んでいた。
 笑顔でもてなしてくれていた親戚夫婦が、困ったように顔を見合わせた。
 あのね、と奥さんの方が、慰めるように教えて
くれた。
 
「この辺りにいた子どもはね、うちの子たちと、お向かいの兄弟だけなのよ。みんな男の子。会ったことあるでしょう」
 
 信じられなかった。
 あの女の子と遊ぶようになって、わたしは少しだけ、口数が増えた。森で会った子に教わったんだと、花かんむりを見せたこともあった。わたしが話す彼女のことを、親戚夫婦は笑顔で聞いていた。実際は、わたしが頭の中の見えない友だちと遊んでいるのだと同情して、指摘しないでいたらしい。
 
 あの森へ行ってみた。
 いま思うと、おかしな所は色々あった。
 彼女の声を、聞いた覚えがない。いつもおなじ青いワンピースを着ていた。森の外で見かけたことが、一度もない。
 森は、どこにもなかった。
 消えてしまったわけではない。子どものわたしが森と呼んでいたのは、ただの雑木林だった、それだけだ。神秘的に見えていた秘密の原っぱも、倒木によってできた、ちっぽけな空き地でしかなかった。わたしが腰かけていた切り株は見つかったものの、彼女が座っていた岩は、どこにもない。
 呆然としているわたしの視界の端に、なにか青いものが映った。
 花が群生しているのだった。
 あの押し花の、花だった。ここへ来る新幹線のなかで検索した。勿忘草と言うらしい。野原の隅に、取り残されたように咲いている。
 その青色のちいさな花の絨毯が、ワンピースをひろげて座っている、あの女の子の姿に見えた。
 
 
 
 

2/2/2024, 5:29:14 AM

#ブランコ
 
 
 
 ロボットが一体、目を覚ましました。
 彼は、執事ロボットです。
 人間のお世話をするのが仕事です。彼のご主人さまは、このお屋敷に住んでいる、ちいさな女の子
です。

 女の子の部屋へ向かうとちゅう、ロボットは温室に寄りました。
 ピンク色の花を摘みました。女の子の好きな色です。この温室も、ロボットが世話をしています。以前は庭師ロボットがいたのですが、いつのまにか、姿を見なくなりました。でも、彼は執事ロボットです。お屋敷の仕事なら、ひと通りインストールされています。専門職のロボットほど上手くはできませんが、土いじりは好きです。丁寧に世話をしてやれば、花壇の花はきちんと応えて、咲いてくれます。

 女の子の部屋につくと、ロボットは厚いカーテン
をあけました。
 大きな窓から朝の光が差しこんで、部屋の中央のベッドを照らします。ベッドは空っぽです。
 執事ロボットは、ベッドサイドの花瓶に咲いている昨日の花を、摘んできた花と取り替えました。
ベッドをととのえて、掃除をして、それから、庭へ向かいました。

 お屋敷の庭は、女の子のお気に入りの遊び場
です。
 彼のご主人さまは、体が弱くて、お屋敷の外に出られません。そんな彼女のために、お屋敷の庭には世界中のめずらしい草花が、一年中とりどりに咲い
ています。
 庭の中央にどっしり立っている巨大なオークの古木が、女の子のお気に入りです。オークの太い枝からは、ブランコがひとつ、さがっています。女の子にねだられて、執事ロボットがつくったのです。女の子を座らせて、ロボットが背中を押してあげるのです。空を飛んでいるみたいだと、女の子は嬉しそうに笑います。彼女の笑顔が、ロボットは好きです。

 ブランコのそばまでやって来ました。
 ブランコは、空っぽです。
 チェーンがかすかに揺れていますが、女の子の姿は見当たりません。
 チェーンは錆びついてボロボロです。片方が
だらんと垂れ下がって、傾いています。座板はすっ
かり朽ちています。
 ブランコの足元の芝生に、なにか、落ちているの
を見つけました。
 ちいさな、金色の輪っかです。
 女の子が左腕にはめていた腕輪と、データが一致しました。腕輪の裏に、日付が刻まれています。
女の子の生まれた日です。ちょうど三日後の日付
ですが、今から200年前をさしています。200年が
人間にとっては長すぎることを、ロボットは知って
います。
 けれど、彼は執事ロボットです。
 人間のお世話をするのが、仕事です。ご主人が
いなくなった後の行動もプログラムされていたはずですが、壊れた彼を修理してくれる人間は、この
お屋敷には、もういません。

 風で、ブランコが揺れています。

 金色の腕輪をブランコの足元にもどして、ロボットは屋内へもどっていきます。ちいさなご主人さまのために、朝の紅茶を用意しにいくのです。
 
 
 
 
 
 
 
 

1/28/2024, 5:33:42 AM

#優しさ
 

 
 子どものねずみが一匹、いました。
「やさしい」が何なのか、わからないねずみ
でした。
 やさしくならなきゃと、思っていました。
 心がきれいでやさしければ、いつか、しあわせに
なれる。どの物語にも、そう書いてあったからで
す。
 自分はワガママだと、子ねずみは思っていまし
た。なにがワガママなのか、子ねずみにはわかりません。でも、ワガママだとよく言われるのです。やさしくないのは、たしかです。やさしければ、しあわせのはずです。だから、やさしさが足りていないのです。やさしさが何かわからないのも、きっと、自分がやさしくないせいです。ワガママなねずみのせいです。

 みんなのやりたがらないことを、進んでやりましょう。
 大人たちは、そう言います。
 それがきっと、「やさしい」です。
 
 人気のないものばかりを、引きうけるように
なりました。
 ゴミ捨て係に立候補したり、チーズのおいしい部分をほかの子にあげたり、欲しいものをキライだと言って我慢したりしました。
 そのうち、他のねずみとちがう選択をする自分に酔うようになりました。本当は、いやな気持ちを
ごまかすためでした。「やさしい」と「召使い」の境界を、疑問に思いはじめました。あいかわらず、ワガママだと言われていました。なにが正解なのか、わからなくなっていました。
 
「やさしい」と褒められる他のねずみたちが、全員、ニセモノに見えました。
 アピールが上手いだけ、うわべを取り繕っているだけ、本心からの行動じゃない、だって、こんなに頑張っても、わたしはずっと「ワガママ」なのに。
 ワガママだと言われるのは、自分の話をするせいかもしれない。子ねずみは、自分の本音を、だれにも話さなくなりました。
 
 ある日、子ねずみはお土産やさんで、きれいな小皿を見つけました。
 万華鏡をのぞいたような、幾何学的な模様がついています。絵ではありません。色のちがう木をたくさん組み合わせて、模様をつくっているのです。寄せ木細工と書いてあります。
 びっくりしました。
 寄せ木細工なら、子ねずみも図工の授業でやったことがあります。でも、子ねずみがつくったのは、茶色い棒と白い棒を、丸太のように積み上げただけの箱でした。とても同じものには見えません。
 当然だと、子ねずみは思いました。この小皿を
見るまで、寄せ木細工がなんなのか、子ねずみは
さっぱり知らなかったのです。茶色い棒と白い棒を
渡されて、ただ「寄せ木細工をしろ」と言われたの
です。
 
 やっと、答えを見つけた気がしました。
 やさしくなれないのは、自分の心が醜いせいだと、ずっと思っていました。醜い自分が、大きらいでした。でも、ちがったようです。
 子ねずみがやさしくなれなかったのは、「やさしいねずみ」のお手本を、一度も見たことがなかった
せいなのです。






1/26/2024, 7:19:56 AM

#安心と不安
 
 
 
 
 茶色いねずみと、灰色のねずみは、一緒に旅行する約束をしました。
 
 一ヶ月前になると、茶色いねずみは旅先のくわしい地図を手に入れました。
 ぜったいに見るべき建物に丸をつけたり、おいしい食べ物やら定番のおみやげやらをリサーチしたり、準備に余念がありません。
 
 二週間前になると、茶色いねずみは旅の日程表をノートに書き上げました。
 美術館のひらく時間、チーズ工房見学ツアーの出発時間、バスや鉄道の時刻もびっしり書きこんであります。何度も、何度も、頭のなかで試行錯誤した、いちばん欲張りで、いちばん効率のいいルートです。だれが見ても、完璧です。
 一方、灰色のねずみも旅行先のガイドブックを手に入れました。ベッドに寝ころんでページをめくりながら、おいしそうなご飯やきれいな街並みにうっとりして、約束の日をワクワクしながら待っています。
 
 一週間前になると、茶色いねずみは荷造りをはじめました。もっと早くはじめる予定だったのですが、旅行のために新調したスーツケースが、なかなか届かなかったのです。
 部屋の真ん中にスーツケースをひろげ、着替えを詰めて、タオルと毛づくろい用ブラシを詰めて、靴下と、靴下の予備も詰めました。
 もしかしたら、むこうは寒いかもしれない。上着とひざ掛けを、もう一枚ずつ詰めます。もし、食べものが口に合わなかったら。お気に入りのチーズミックスを二袋、ひざ掛けの横に詰めます。転んでケガをしたら、どうしよう。ちいさな救急箱を、チーズミックスの横に詰めます。むこうで友だちができたりして。こちらの街のおいしいブドウジュースを三缶、救急箱の上に詰めます。灰色のねずみが、忘れものをするかも。予備の着替えと、靴下と、タオルを、ブドウジュースの下に詰めます。
 あんなに大きく見えたスーツケースは、もうパンパンです。忘れているものが本当にないか、茶色いねずみは旅行の前日の夜遅くまで部屋をウロウロして、何度も、何度も、確認しました。
 
 とうとう、約束の日が来ました。
 朝、駅に集まった二匹は、お互いを見てびっくり
しました。
 
「スーツケースはどうしたの?まさか、その
ちっちゃなカバンだけなんて、言わないよね?」
「キミこそ!そんな大荷物で、夜逃げでもするの?たったの二泊三日だよ?」

 列車に乗りこんでからも、お互い、驚くこと
ばかりです。
 
「日程表だって?うわぁ、すごく細かい!こんなによく調べたねぇ!」
「キミこそ、なにも調べてないの?うそでしょ!二週間もまえに作戦会議したのに!」
「たぶん、行けばわかるよ」
「入り口まで行って、休館日だったら困る。ムダ足
はごめんだよ」
「べつの場所を探せばいいよ」
「そこも閉まってたら?チケットが売り切れだったら?バスがちっとも来なかったら?」
「まあ、なるようになるさ」
「テキトウだなぁ!」
 
 しばらくおしゃべりしていた二匹は、おかしなことに気づきました。
 列車が出発しないのです。出発時刻を、もう20分も過ぎています。
 ザーザーと、車内アナウンスが流れました。
 すこし先の踏切を、羊の群れが渡っているようです。かなり大きな群れのようです。
 茶色いねずみはソワソワしながら、日程表を確認
しました。
 この列車が到着したら、まずはホテルに荷物を預けて、街を一周する遊覧ボートに乗る予定になっています。「12時から、40分」そう書いてあります。もう間に合いそうにありません。次のボートは13時です。でも、13時にはお昼ごはんを食べる予定なのです。さもないと、14時からの地下道探検ツアーには腹ぺこで参加することになってしまいます。

 列車が出発する気配は、ちっともありません。
「羊の通過に時間がかかっています」と、車内アナウンスが繰り返しています。
 茶色いねずみはソワソワしながら、時計と日程表を何度も、何度も、何度も、確認しました。
 
「まあ、落ち着けって」
「でも予定が!計画が!楽しみにしてたのに!」
 
 灰色のねずみは、茶色いねずみを見つめました。
 茶色いねずみが握りしめている日程表と、荷物置き場を占拠している大きなスーツケースに目をやって、小さくため息をつきました。

「ねえ、キミ。完璧な計画なんて、存在しないよ。完璧な準備も必要ない。ボクたちは遊びに行くんだよ。大事なのは、ハプニングすら楽しむ気持ちさ」
「だけど、遠くまで出かけるのに!取りこぼしがあったら、困るよ!ぜんぶ見て帰らなきゃ、じゃなきゃ、もったいない。だって、せっかく行くのに!」
「ボクが思うに、キミの日程表に詰まっているのは、キミの不安だよ。ボクたちがどんなにスカスカの旅行をしたって、価値があるかどうか、決めるのはボクたちだ。他のヤツらに口出しされる筋合い
なんて、あるもんか」
 
 茶色いねずみはびっくりして、灰色のねずみを
見つめました。
 子ねずみだった頃、よく、お母さんねずみに言われた言葉を思い出しました。
 
『あらまあ、こんな石ころを拾ってきたの?もったいない、せっかく森へ行ったのに』
 
 心の奥にずっと刺さっていたトゲが、とけていくのを感じました。
 とけたトゲが、目からポロポロ、流れだして
きました。
 となりに座った灰色のねずみは、泣いている友だちを、みじかい腕で、ぎゅうっと抱きしめてやりま
した。
 
 




 

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