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#優しさ
 

 
 子どものねずみが一匹、いました。
「やさしい」が何なのか、わからないねずみ
でした。
 やさしくならなきゃと、思っていました。
 心がきれいでやさしければ、いつか、しあわせに
なれる。どの物語にも、そう書いてあったからで
す。
 自分はワガママだと、子ねずみは思っていまし
た。なにがワガママなのか、子ねずみにはわかりません。でも、ワガママだとよく言われるのです。やさしくないのは、たしかです。やさしければ、しあわせのはずです。だから、やさしさが足りていないのです。やさしさが何かわからないのも、きっと、自分がやさしくないせいです。ワガママなねずみのせいです。

 みんなのやりたがらないことを、進んでやりましょう。
 大人たちは、そう言います。
 それがきっと、「やさしい」です。
 
 人気のないものばかりを、引きうけるように
なりました。
 ゴミ捨て係に立候補したり、チーズのおいしい部分をほかの子にあげたり、欲しいものをキライだと言って我慢したりしました。
 そのうち、他のねずみとちがう選択をする自分に酔うようになりました。本当は、いやな気持ちを
ごまかすためでした。「やさしい」と「召使い」の境界を、疑問に思いはじめました。あいかわらず、ワガママだと言われていました。なにが正解なのか、わからなくなっていました。
 
「やさしい」と褒められる他のねずみたちが、全員、ニセモノに見えました。
 アピールが上手いだけ、うわべを取り繕っているだけ、本心からの行動じゃない、だって、こんなに頑張っても、わたしはずっと「ワガママ」なのに。
 ワガママだと言われるのは、自分の話をするせいかもしれない。子ねずみは、自分の本音を、だれにも話さなくなりました。
 
 ある日、子ねずみはお土産やさんで、きれいな小皿を見つけました。
 万華鏡をのぞいたような、幾何学的な模様がついています。絵ではありません。色のちがう木をたくさん組み合わせて、模様をつくっているのです。寄せ木細工と書いてあります。
 びっくりしました。
 寄せ木細工なら、子ねずみも図工の授業でやったことがあります。でも、子ねずみがつくったのは、茶色い棒と白い棒を、丸太のように積み上げただけの箱でした。とても同じものには見えません。
 当然だと、子ねずみは思いました。この小皿を
見るまで、寄せ木細工がなんなのか、子ねずみは
さっぱり知らなかったのです。茶色い棒と白い棒を
渡されて、ただ「寄せ木細工をしろ」と言われたの
です。
 
 やっと、答えを見つけた気がしました。
 やさしくなれないのは、自分の心が醜いせいだと、ずっと思っていました。醜い自分が、大きらいでした。でも、ちがったようです。
 子ねずみがやさしくなれなかったのは、「やさしいねずみ」のお手本を、一度も見たことがなかった
せいなのです。






1/28/2024, 5:33:42 AM