もち

Open App
1/8/2024, 8:16:41 AM

#雪




 森の奥にすむ魔法使いに、依頼がきました。
 

『 雪のにおいが する
  香水を つくってください
  お代はきちんと お支払いします 』
 

 学舎を卒業したばかりの、若い魔法使いです。
 よしきた、とさっそく箒にまたがって高い雪山のてっぺんまで飛んでいき、真っ白な崖の上空でパチンと指を鳴らしました。
 凍てつく空気がキラキラと水晶の小瓶のなかに吸い込まれていきます。銀色の靄でいっぱいの小瓶を黒いローブのポケットにしまうと、満足して森の家へ帰ってきました。
 魔法使いには、小さな相棒が一匹います。
 真っ黒な毛並みの、おしゃべりなヤマネです。
 小瓶をスンスンかいで、ヤマネが鳴きました。
 
『ぜーんぜん、ダメ』
「どうして?」
『雪のにおいだろ。ぜーんぜんちがう』
 
 魔法使いは、遠い雪国まで飛んでいって、まだ野ウサギの足跡すらついていない真っ白な雪原の上空で、パチンと指を鳴らしました。
 けれど、小瓶に鼻を近づけるとヤマネは首をふりました。
 魔法使いは、空高く飛んでいって地上に降るまえの雪をつかまえたり、北の海を飛びまわって流氷のかけらを集めたり、氷にとざされた王国の屋根から積もった雪をどっさり持ち帰って大鍋で煮詰めたりしてみました。けれどヤマネは小瓶にちょっと鼻先を近づけただけで、首をふります。
 
「お手上げだよ!いったい何が駄目なんだい!」
『雪のにおいじゃない』
「だけど!雪にはにおいなんて、ないじゃ
ないか!」
『そうさ』
 
 ふかふかの藁のうえで丸くなって、ヤマネが大きなあくびをしました。
 
『雪がふった朝は、においがしないんだ。だけど、においがする。あったかい藁と、かじりかけのヤマブドウのにおい。……ボクにはね』
 
 魔法使いは、大鍋の雪を捨てました。
 凍った小川に流れる冷たい水を、小瓶になみなみ満たしました。ひとしずく、緑色の薬を垂らしました。部屋中のにおいと騒音を追い出す、掃除用の魔法です。それから、ほんの少しだけ、暖炉の薪のにおいと、ホットチョコレートの湯気、日なたのモミの葉を混ぜました。

 翌朝。
 国中のあちこちに、雪が積もりました。
 ほんのり緑色がかった、きれいな雪でした。
 大はしゃぎで外へ飛び出して、くたくたになるまで遊びまわった子どもたちは、家へ帰ってくるなり一人残らず「ホットチョコレートが飲みたい!」と叫んだそうです。
 


1/5/2024, 4:52:33 PM

#冬晴れ
 
 
 ロウバイの香りが好きです。
 蝋梅、と書きます。
 植物なのに「蝋」。
 ちょっと不思議な字を使います。
 実物を見ると、すぐわかります。
 梅独特のあのピンと上へ跳ねた枝に、淡黄色の花びらが丸く重なってくっついています。この花びらが、半透明なのです。本当に蝋をうすく固めてくっつけたようです。
 正直に言うと、花自体はそんなにきれいとは思え
ません。
 こんなことを言うのは申し訳ないのですが、薄い黄色が何となくみすぼらしいのです。真っ白いお皿にこびりついたカレーの染みの黄色なのです。おなじ早春に咲くマンサクも、四月頃にパッとまっ黄色の茂みをつくるレンギョウも「カレーの染み」と認識していますから、黄色い花自体にあまり惹かれないのかもしれません。

 こんなに、いい匂いがするのにね。

 ちょっとがっかりして、裏路地に覆いかぶさる
ように伸びている枝の下を、通り抜けようとした
時でした。
 甘い香りにつられて、つい、顔をあげてみまし
た。
 青空がひろがっていました。
 寒さで澄みきった空に、蝋梅の花が咲いていま
す。冬の昼下がりの陽の光が、半透明の花びらをすかしています。硝子細工のような、つららの先の滴のような、繊細なかがやきを放っています。ふわりと甘い、どこか切ない香りがただよっています。

 心が、すっきりしていました。
 もう少しだけ歩いていこうかと、帰り道とはちがう方へ、軽くなった足を向けていました。
 






────
追記:
梅とつくが、じつは梅ではないらしい。クスノキ目とのことで、枝の形状も全然ちがう。おかしいな。
引っ越してから近所でさっぱり見なくなったため記憶が混同していたもよう。

1/4/2024, 4:15:36 PM

#幸せとは 
 

 
 ──みんな喜んで、いつまでも幸せに暮らしたのでした。
 
 さいごのページのいちばん端っこの、『おしまい』まで読み上げて、パタンと絵本を閉じました。
 となりで聞き入っていた弟が、ねえ、とお兄さんにたずねました。
 
「シアワセって、なあに?」

 お兄さんは、ちょっと困ってしまいました。
 地下壕の外では、銃撃音がしています。なにかが爆発する音も、だれかの悲鳴も、すっかり聞き慣れた日常の一部です。
 うす汚れた毛布にくるまって寄りそって座っている小さなふたりの足元で、ランタンが青白く光っています。エネルギーコイル式の、とんでもなく旧型の反磁力発光ランタンです。クォーツ芯棒のまわりを青白い粒子がフワフワただよっていますが、その光は不安定で、今にも消えてしまいそうです。
 弟は、外の世界を知りません。
 管がつながったまま、ネオ・ヒューマン生成プラントの床に転がっていました。培養水槽は粉々で、床にガラスが飛び散っていました。
 
──これは命への冒涜である!我々は解放軍だ!
 
 押し寄せてきた大人たちは、口々にそう叫びました。いっせいに銃口をむけて中枢AIステーションとオムニスフィアを爆破し、エネルギー供給パイプを断裂させ、生まれるまえの子どもたちを培養水槽から無理やり引きずり出しました。あちこちでシステムがダウンして、停電が起こりました。完璧な環境管理に慣れきっていた芝生も街路樹も、どんどん枯れていきました。崩れた遮断壁から流れこんでくる未濾過の外気のせいで、病気になる住人がたくさん出ました。おなじチルドレン・ネストで育った仲間たちはどこへ逃げたのか、生きているのか、もうわかりません。
 
 お兄さんは、弟から目をそらしました。
 床の鞄に手をのばして、保存チューブを一本、取り出しました。色あせたオレンジのラベルに「完全合成リキッドスープ・本物のトマト風味」と書いてあります。廃倉庫を隅から隅まであさって、ようやく見つけた食料の、最後の一本でした。栓をぬいて、ひとつしかないマグカップに注ぎます。オートヒーター機能が壊れかけているせいで、湯気はほとんど立ちません。
 弟とわけあって、ひと口ずつ、スープをすすりました。
 
「あったかいね」
「ちょっと、すっぱいけどな」
「きょうだいで、よかったね。さみしくないもんね」

 銃声が激しくなってきました。
 寄りそった弟を守るように、小さな手を、ぎゅっとにぎり返しました。
 
 

 
 



1/2/2024, 10:57:44 AM


   こどもの頃に読んだ本
   とびらのむこうの
   しらない世界
   のらりくらり、やり過ごした年月に
   ほんとうに書きたい物がなにか、見
   うしなってしまったらしい
   ふるえるほど、魔法に満ちた物語、
      そんなものを今年は書きたい






#今年の抱負

12/31/2023, 1:19:52 PM



ひねくれた子どもでしたから。
この言葉は、嫌いでした。

「よいお年を」

なんて気取った響きでしょう。
年末にはみんな、この言葉を言わないといけないのです。
いつものように「バイバイ」や「さよなら」で別れようとした自分は途端に、子どもっぽい、ものを知らない、みじめな無礼者に変わるのです。
だからって、周囲に合わせるのも嫌でした。
薄っぺらいのです。
あたかも「あなたのしあわせを願っています」という顔で手を振りながら、そのじつ、気づかいのできる自分に酔っている気分になるのです。
人間の心は有限です。
本気でやさしくできるのは、自分の輪で囲った内側だけです。
輪の外側の人々にばらまけるのは、無責任な言葉だけです。
ひねくれた子どもでしたから。
ひねくれた子どもの周囲には、薄っぺらい人間しかいなかったのです。
 

今は、少しわかった気がします。
言葉は、呪文なのです。
相手ではなく、自分のために言うのです。
あちらの言葉に、どれほどの真実があっても、なくても。わたしが「必要だ」と思うなら、こちらの言葉には意味があるのです。
おなじだけの熱量が返ってくることを期待したり、おなじだけの熱量を返さねばと気負ったり、ややこしく考える必要はないのです。
わたしの心を、明るくしたいから。
わたしとあなたをつなぐ見えない橋を、きれいに掃き清めて、まっさらな気持ちで来年のあなたに会いたいから。
だから、この言葉を言うのです。

 
「よいお年を」






#良いお年を

Next