ふり返ってみる
登ってきた道を
安心したくて
みじかい足だけど
きっと進んだはずだから
どんくさい自分でも
去年の今よりは
山の頂は日々、ずんずん高くなっていく
あとから登ってきた背中にも
とっくに追い越されて ひとりっきり
たった、これっぽっち。
進んだと言えるのか
なんの意味があるのか
うずくまってしまいたくなる
#1年間を振り返る
#クリスマスの過ごし方
クリスマスは、マーケットで鯉を買うのが伝統です。
大きいのを丸ごと、生きたまま買ってくるのです。
バスタブに水を張って、鯉を放します。ぴちぴち元気に泳いでいます。
四歳になる弟が寄ってきて、興味津々でバスタブを覗きこみます。キッチンから、こっそりパンをくすねてきたようです。パンくずにパクパク食いつく鯉を、キラキラした目で見つめています。
うちのバスタブを鯉が泳ぐようになって一週間。
朝、ツリーの下でプレゼントを開けていると、バスルームで弟の悲鳴がしました。
「ママ!いないよ!ぼくのニックが、いない!!」
母がキッチンから顔を出して、何を言ってるのと笑いました。
「あなたの鯉なら、昨日みんなで食べたでしょう」
……みたいな話を、教科書で読んだ記憶がある。
鯉を泳がせるのは泥抜きのためらしい。ドイツの話と見せかけてリトアニア系家族の話だった気もする。手元にないので定かではない。「クリスマス」と聞くと思い出す、ほんのりトラウマ話。
#プレゼント
今朝、シロはとびきり早く目を覚ましました。
カレンダーには、今日の日付に、大きく丸がついています。
『パーティー、となり町』
となり町は、シロの村よりずっと大きい町です。
冬になると大きな広場のまんなかに、立派なモミの木を立てます。赤い木の実や金色の松ぼっくりでモミの木を飾りつけするのは、町の住人たちの特権です。けれど、モミの木のまわりでご馳走を食べて歌をうたうパーティーには、町の外からもお客さんが来ていいことになっています。
シロははじめての参加です。去年は引っ越してきたばかりで、広場にちらかった三角帽子や紙テープが、とてもうらやましかったのを覚えています。
マフラーをしっかり巻いて、シロは家を出ました。
ちょうど、おとなりの家から、クロが出てきたところでした。
クロは村でいちばんの、シロの仲良しです。
「クロも、来ればいいのに」
「ぜったい、やだ」
フン、とクロが鼻を鳴らしました。
クロはにぎやかな場所が苦手です。顔をしかめて、シロのコートのポケットを、うさんくさそうに見ています。
シロのポケットからは、銀色のリボンがはみ出しています。
「プレゼント交換をするんだよ。パーティーの最後に、みんなで」
シロがえらんだプレゼントは、落ち葉のしおりです。今年の秋、森を一日中歩きまわって、いちばんきれいな落ち葉でつくりました。ラッピング袋の銀のリボンもシロが結びました。リボンの端っこをとめているドングリのシールも、シロがはりました。
「ふうん」とクロは興味なさそうに答えて、さっさと森の方へ歩きだしてしまいました。肩にスケート靴をひっかけていますから、湖にいくのでしょう。
シロもクロに手をふって、別の方向へ歩きだしました。
足元が、フワフワしていました。
ポケットからはみ出したリボンが、シロの鼻歌にあわせて跳ねています。
心もヒョコヒョコはねています。
喜んでもらえると、いいなあ。
ポケットの上から、プレゼントをポンポン、たたきます。
まっ赤な、夕焼けのなか。
地面にのびた影を踏みながら、シロはとぼとぼ歩いていました。
家の前までくると、だれかがシロを呼びました。
顔をあげると、となりの家の前に、クロが立っていました。
シロはあわてて、持っていた袋をポケットにつっこみました。
銀色のリボンのついた袋です。ドングリのシールがはってあります。
パーティーの最後のことです。
モミの木をかこんで輪になって、みんなと一緒に歌いながら、シロもプレゼント交換をしたのです。けれど、シロにまわってきたのは、シロのプレゼントでした。手違いがあったようでした。困ってまわりを見ましたが、みんな嬉しそうに自分のプレゼントを開けはじめていましたから、シロはなにも言い出せなくなってしまったのでした。
うつむいているシロと、シロのポケットから垂れている銀色のリボンを、クロは黙って見ていました。
とつぜんクロが、シロの手をつかみました。
シロを引っぱって、ずんずん、どこかへ歩いていきます。
シロたちの村のまんなかにも、やっぱり広場があります。
となり町ほど大きくありません。けれど、灯を入れたランタンをぶらさげて、焼きリンゴやホットワインの屋台がならんでいます。
クロは屋台の前で足をとめて、焼きリンゴをひとつ買いました。
銀紙にのったほかほかの焼きリンゴをシロの手に押しつけて、シロのポケットからプレゼントの袋を引っぱり出しました。
「……本、読まないでしょう」
「読まない」
クロは首をふって、ラッピング袋から出した落ち葉のしおりをランタンにかざしました。
「うちの壁、さみしいからさ。このオレンジ色、いいな。夕焼けとおなじ色」
一つの焼きリンゴを、二人でかじりかじり、帰りました。
つないだ手が、ぽかぽかしていました。
高層ビルの屋上で
金網によじ登って
飛んでみた
ヒョイ、と スタート台から飛び込む水泳選手のように
意味はなかった
ずっと羨ましかった 翼のある生き物たちが
それだけ
地上にはもう
呪詛と呼ぶほどの怨みはなく
ふり返るほどの未練もない
ぐんぐん落下スピードを増して
吹き上げる突風が息苦しくて
翼みたいに両腕をひろげて
おなかにグッと力をこめて
空気を蹴って
羽ばたいた
飛行機が離陸するとき、いつも泣きそうになる
体は地上にしがみつくのに、心は解放を叫んでもがく
……すでに過去の話
白い翼が 青空にひらめく
くるくる旋回して
太陽めざして飛び上がって
真っ青な世界を
翔ける
どこまでも
空と海は溶けあって
もう、どこにも果てはなかった
#大空
#ベルの音
シロは、音楽隊の新入りです。
けっして聖歌隊のような花形ではありません。
けれど音楽好きがあつまって、熱心に練習をしています。
今夜は、村のお祭りです。
音楽隊も広場で演奏をするのです。
これはチャンスです。
音楽隊は「聖歌隊に入れなかったおちこぼれの集まり」と、あなどられているのですから。名誉をかけて、みんな本気です。
シロがもらったのは、レの音でした。
ハンドベルというのは楽譜にあわせてみんなで順番に音を鳴らしていく音楽です。シロの出番は少ないですが、音がひとつでも欠けたら完全な曲にはなりません。
シロにとって、はじめての舞台でもあります。
朝はだれよりも早起きして、夜遅くまで居残りして。いつもシロだけが遅れてしまうむずかしいパッセージは、とくに念入りに練習を重ねてきました。
夜。
お祭りの篝火のまわりで笑いあってお祝いしている仲間たちの輪から、シロはそっと、はなれました。
赤い衣装の、気どった聖歌隊たちの横も通りました。暗がりをこっそり抜けるシロの姿に、だれも気づきませんでした。
村のはずれの、丘のてっぺんまで来ました。
足をとめて、シロは頭上をあおぎました。
にぎっていたハンドベルを、夜空にむかって鳴らしました。
レー レー
レー レレーレ
遠くまたたく星の光が、たちまちにじんで見えなくなっていきます。
ぽろぽろ、涙があふれてきます。
レー レー
レー、レレーレ……
場違いな不協和音が、ギョッとシロを見た指揮者と仲間たちの顔が、よみがえってきました。
ちらちら、雪が降りはじめました。
レー、レー……
レー…… レレーレ……
ぽろぽろ、ぽろぽろ泣きながら。
まちがえてしまったメロディーを、ずっとずっと、鳴らしつづけていました。