#雪
森の奥にすむ魔法使いに、依頼がきました。
『 雪のにおいが する
香水を つくってください
お代はきちんと お支払いします 』
学舎を卒業したばかりの、若い魔法使いです。
よしきた、とさっそく箒にまたがって高い雪山のてっぺんまで飛んでいき、真っ白な崖の上空でパチンと指を鳴らしました。
凍てつく空気がキラキラと水晶の小瓶のなかに吸い込まれていきます。銀色の靄でいっぱいの小瓶を黒いローブのポケットにしまうと、満足して森の家へ帰ってきました。
魔法使いには、小さな相棒が一匹います。
真っ黒な毛並みの、おしゃべりなヤマネです。
小瓶をスンスンかいで、ヤマネが鳴きました。
『ぜーんぜん、ダメ』
「どうして?」
『雪のにおいだろ。ぜーんぜんちがう』
魔法使いは、遠い雪国まで飛んでいって、まだ野ウサギの足跡すらついていない真っ白な雪原の上空で、パチンと指を鳴らしました。
けれど、小瓶に鼻を近づけるとヤマネは首をふりました。
魔法使いは、空高く飛んでいって地上に降るまえの雪をつかまえたり、北の海を飛びまわって流氷のかけらを集めたり、氷にとざされた王国の屋根から積もった雪をどっさり持ち帰って大鍋で煮詰めたりしてみました。けれどヤマネは小瓶にちょっと鼻先を近づけただけで、首をふります。
「お手上げだよ!いったい何が駄目なんだい!」
『雪のにおいじゃない』
「だけど!雪にはにおいなんて、ないじゃ
ないか!」
『そうさ』
ふかふかの藁のうえで丸くなって、ヤマネが大きなあくびをしました。
『雪がふった朝は、においがしないんだ。だけど、においがする。あったかい藁と、かじりかけのヤマブドウのにおい。……ボクにはね』
魔法使いは、大鍋の雪を捨てました。
凍った小川に流れる冷たい水を、小瓶になみなみ満たしました。ひとしずく、緑色の薬を垂らしました。部屋中のにおいと騒音を追い出す、掃除用の魔法です。それから、ほんの少しだけ、暖炉の薪のにおいと、ホットチョコレートの湯気、日なたのモミの葉を混ぜました。
翌朝。
国中のあちこちに、雪が積もりました。
ほんのり緑色がかった、きれいな雪でした。
大はしゃぎで外へ飛び出して、くたくたになるまで遊びまわった子どもたちは、家へ帰ってくるなり一人残らず「ホットチョコレートが飲みたい!」と叫んだそうです。
1/8/2024, 8:16:41 AM