或る本の巣、模写。

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6/24/2024, 2:16:21 PM

担任のめぐみ先生はとても器用な人だから
教室の掲示物をたくさん作ってくれる。
朝、教室に入って[6月のお誕生日]を確認する。


よし。今日で間違いない。


4年生の初めに転入してきた
ショーンくんは今日が誕生日。
5時間目の生活科の時間では
6月生まれのみんなの
お誕生日会をすることになっている。

だけど私はショーンくんに
お誕生日プレゼントをあげたい。

今月のおこずかいは使っちゃったから
お手紙しか書けなかったけど
外国ではメッセージカードを
プレゼントすることが普通って
[マツコの知らない世界]で
言っていたから頑張って作ってみた。


あとは、渡すだけ。


図工の時間に
マーブリングをした。
水に一滴、一滴
色インクを垂らして画用紙で掬い取る。
私はピンクと紫とシルバーを使った。
ショーンくんはとても綺麗な色だね!と
褒めてくれた。
この画用紙でメッセージカードを
作ってあげられたらよかったな。

給食のデザートに
冷凍のパイナップルが出た。
舌がピリピリするから嫌いだと
ショーンくんは言っていた。
私もそう。
味は好きだけど
舌がピリピリする。
一緒だ、うれしい。

午後掃除はいつもよりみんなが
協力し合って早く終わらせた。

黒板に薄紙で作った花飾りと
お誕生日おめでとう!の文字を書く。
飯田くんとショーンくんと
ゆかちゃんが今日の主役。

みんなー!主役さんたち入場するよー!

めぐみ先生の元気な声に
教室のみんなは「はーい!」と
もっと元気に返事をする。

廊下にいる主役さんたちは
めぐみ先生の作った
王子様とお姫様の冠をつけて
大きな拍手の中、少し恥ずかしそうに
でも、嬉そうに教室に入ってくる。

教壇の上に飯田くんが上がった。
続いてショーンくんも。
そして、ゆかちゃんが教壇に上がろうとした時
「ゆかちゃん!おめでとおお!!」
という大きな声がした。
その声の方向へよそ見をしたゆかちゃんが
教壇を踏み外して転びそうになった。

すかさず手を伸ばしたショーンくんが
めぐみ先生の作った王冠のせいで
本当の王子様みたいに見えた。

女の子たちはきゃーっ叫び、
男の子たちはおおおー!といった。
飯田くんは何が起きたかわからなかったみたいで
決めポーズをしていた。
ざわつきを残しながらも
男の子たちはみんなイイダ!イイダ!と
いつもみたいに騒ぎ始めた。

私はちくりと胸が痛かった。
ショーンくんと同じ6月生まれになりたかった。
一緒に冠を被りたかった。

楽しい気持ちになりきれないまま
お誕生日会は進む。
歌を歌って
ハンカチ落としをして
クイズ大会をして
そのまま帰りの会をして
ランドセルを背負った。

昇降口で靴に履き替えて
学校を出れば
今日が終わってしまう。
せめてショーンくんにおめでとうと
言いたかった。

とぼとぼと正門に向かって
立ち止まり、また歩き出し
振り返り、歩き出し。
とぼとぼ、とぼとぼ。


どうしたの?
だるまさんころんだ?


ちっちがうよ!


ふふ、変なの。


突然ショーンくんが現れて
あまりにびっくりしてしまった。


日本のお誕生日はもっと
静かなんだと思ってた。


そうなんだ。
楽しかった?


もちろん!
とっても素敵だった。


そっか、よかった。


うん、今度はひまちゃんの番だね!


え?


ひまちゃん、7月生まれでしょ?


そう、そうだよ!


お母さんが、ひまわりのレターセットを買ってきたんだ。
それを見た時に、ひまちゃんのお誕生日はメッセージを書こうと思ったんだ!


楽しみにしててね!と
ショーンくんはかけだしてしまった。
渡せなかったメッセージカードと
私は取り残されてしまった。
さっきまでの暗い気持ちは
ショーンくんが晴らしてくれた。


そうだ!
ショーンくんが綺麗な色と言ってくれた
あの画用紙でまたメッセージを書こう。
ちゃんとおめでとうと、ありがとうを
伝えなきゃ。
今度こそ。

6/23/2024, 1:29:41 AM


6月22日(日)

書く習慣からのお題
【日常】

【なんの花?】
やぶでまり
[年齢を美しく重ねる]

【今日の色】
スカーレット


スカーレットの紅を引き
私の原宿を闊歩する。
キュートでラブリーな私も素敵だけど
今日はいつもよりちょっとだけ
ワルでいきたい気分。

厚底ヒールも履きたいけれど
尻もちをついたら治りも悪い年頃で
そんなことより今日という記念日を
完璧に過ごしたい。

小ぶりな黒い日傘に艶やかな
リボンの波が美しい。
黒いドレスは膝上の丈。
柄の細かい編みタイツと
パープルストッキングを
組み合わせてレイヤードを楽しむ。

腰のコルセットは編み上げで
ふんだんにあしらわれた
ローズの刺繍が細かくて綺麗。
老眼鏡がなきゃ見えないけれど。
あ〜あ、やだやだ。
自分で老眼鏡なんて言いたくないわ。
[リーディンググラス]だって
コーデの一部にしちゃうんだから
ほんとに私は唯一無二。




みて、やばくね?

あのババア痛くね?




通りすがりのクソガキが
わざと耳に入る声でさえずった。
ご丁寧に指までさして。
母親の腹の中からやり直しな!

貴様らが60になった時
同じことをクソガキに言われるか
さびれたスーパーの衣料品を着て
背虫のババアをやってるだろうよ。

まだ経験もしていない未来を
甘くみてんじゃないよ。
と、まあ昔の私だったら
昨日までの私だったら言ってるね。

今日は私のゴスロリ記念日。
ゴスロリを愛して愛されて
気づいて振り返ったら50年。
積み重ねた日々は
辛くて重いこともあったのに
「ここで終わり」と決めた途端
揺れるドレスの裾くらい
短くて愛しくて仕方がないの。

人生最後の、ゴスロリの日。
美しく、年を重ねた私の最後。
誰に何を言われようと。
最後まで、私らしく。

6/21/2024, 3:03:51 PM

「あなたが好きな色は何色ですか?」

まさか三次試験でもある最終面談で
そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
文房具メーカーならではの質問なのかもしれない。

自己紹介をしてください、とか
経歴や実績を教えてください、とか
何か質問はありませんか?とか。

そんな解答例しか用意してなかったから
「……藤色、です」としか
言えなかった。
アピールできる人間はすぐさま
「なぜなら」と文章を繋いだり
答えをいう前に先に好きな理由を言えるものだ。
なぜですか?と改めて聞き返された。


「父が、好きだったんです」


冬になると必ず着ていた
分厚い手縫いのセーター。
藤色のセーターは今思うと不思議な色だった。
どちらかというと女性的なイメージの
色合いなはずなのに父によく似合っていた。

わたしがまだ幼い頃
たまに2人だけで洗車に行った。
お手伝いのご褒美は
パティスリーカルルのショートケーキ。
母にも姉たちにも内緒で
父とデートできることがたまらなく嬉しかった。

久々のデートの帰り道。
助手席でわずかな暇を
持て余していたわたしは
何気なく聞いた。

「パパは何色が好き?」

「藤色が好きだよ」

「ふじいろ?ってどんな色?」

「薄い紫の、優しい色だよ
 ほら、このセーターの色だよ」

「めい、パパの好きなの、好き!」


家に届いた通知に
藤色のペンで

「素敵な思い出を語ってくれてありがとう。
 入社式で会いましょう」

と、綺麗な字が書かれていた。

6/20/2024, 1:45:46 PM

6月20日(木)

鼻詰まりが抜けない
耳の奥にも詰まり感が出て
イライラする。
2人がけのソファーに、だらしなく転がる。

『またそんなところでー。
 休むならベットにしたほうがいいよ』

スマホの通知に呼び出され
推しの配信をつけても
あらゆる穴が詰まっているような気がして
全くもって楽しめない。

『はい、これどーぞ
 ホットミントティーだよ。
 リラックスできるといいな』

こんな時あいつがいたなら。
慢性鼻炎も、低気圧の頭痛も
あいつは趣味だかなんだかのハーブで解決をする。
くだらない葉っぱに、俺は興味がわかなかった。
ただ面白そうに話すあいつが
可愛くもあり、憎くもあった。

『ホワイトウィロウと
 フィーバーフュはね、痛みに寄り添うハーブなんだよ』

本当はもっと
めちゃくちゃ大事にしたかった。
けど、でも、だって。
あの時の俺は、今の俺とは違うから。
わかってなかったんだ。
……くそったれが。

さぁさぁと雨が降ってきた。
やはりこの頭痛は雨の前触れだったんだ。
ここ数日こんな体調が続いたから
鎮痛剤も午前飲んだ分で切らしてしまっていた。
悪態が止まらない。

このままいてもイライラするだけ
そんな午後をなんとか振り切ろうと立ち上がり

近所の薬局に行くため短パンに履き替えた。
ポケットの中に違和感が何かある。
カラオケ屋でもらった飴だった。

家を出る。
傘をさして、聞こえの悪いハズの音楽を聴く。
口の中で転がるクソまずいハズのハッカの飴が
少しだけ気分を軽くした。

6/19/2024, 12:01:00 PM

6月19日(水)

僕には恋人がいた。
らしい。
表紙の破られた日記帳が語ることには

白雪のごとく美しい肌と
アーモンドブラウンの髪が
彫刻のような顔立ちに相応しい
美しい人だった、そうだ。

僕はきっと彼女の記憶を取り戻せない。
むしろ、取り戻そうとしないほうがいい。
それは医者からも明言されていることだった。
僕にとってのトラウマ
僕にとっての捨て置くべき記憶だそうだ。

大理石の塊を見て
ミケランジェロは言った。
「私は石の中に天使を見た。
 天使を自由にするために掘ったのだ」

僕も予感がする。
石ノミを持ち、ハンマーを握ると
誰かがよぎる心地がする。
しかし何度も何度も何度も何度も
その姿を追うたびに
逃げ、隠れ、形にならない彼女を
思って、気を狂わせてしまう。

僕にとってのトラウマが
僕の最高傑作になるその時まで
この手を止めるわけには行かない。
そう、確信している。

日記には彼女との記憶が
克明に記されている。
彼女の最後の言葉は
「わたしを忘れないで」
その手に握られた花の名を
まだ思い出せずにいる。

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