どこにも行かないで。
人類は、スマホを捨てた。
それどころか、PCさえも。
大脳基底核に埋め込まれた極小のマイクロチップには高性能CPU、過負荷に耐えるメモリ(RAM)、始めて目を開けてから最後に目を閉じるまでその全てを記憶してもまだ余りあるストレージ(SSDとHDDを併合したSHD)その全てが収められている。
眼球で思想を映す。
指先は願いを叶える。
音声は至高のパフォーマンス。
生命活動の一つ、呼吸さえも情報媒体となった。
人類の希望はここから始まる。
開発者はバーラトの青年実業家。
世界を揺るがせたのは彼がカースト・ダリットからの成り上がりだったことも切り離せない。
幼い頃に、青い空を白い鳥が自由に飛び回った光景をみた彼は「全ての人間にも自由を手にする権利がある」ということを想像し創造した。
彼は全世界197カ国で同時視聴される「マルチバースビューアー」にて次のように語った。
みなさん。
思い描いた自由を手にした時、不自由を感じませんでしたか?それは本当の自由ではなかったのです。
新技術、Pulse kayak(通称:PK)は個人の自由を大衆の自由と非完全的に同期することによって、各々が持つ世界を他に侵害されずに実現する小世界ポケット理論を具現化したデバイスです。
あなたは母体から生まれたその瞬間から無痛かつ安全に自由を手にしているのです。
自由のためには枷を取り払わなければなりません。スマホ?PC?スマートウォッチや、そう、カードや財布も。
体外にある「情報」は全て刺激です。
あなたを不自由にします。
私とともに、私と常に。
どこもに、行かないで。
それが、K P。
一瞬の間の後に大きな拍手と小さな笑いが含まれていた。
字幕には
docomoに、行かないで、とハッキリ表示されていた。
あとがき。
どこにも行かないで。
というテーマを打ち込んだ時に、どうやって繋げようかなーと、何回か口に出してみたんです。
「どこにも行かないで、どこにも行かないで」
そしたら、ドコモに行かないでって。
そこから始まった、空想です。
くだらなすぎる。
雨の香り、涙の跡
お題キープ。
美しいお題だなあ。
美しい君の横顔を
残しておきたくて
彫刻刀で机に刻む。
「せんせー!前田が女の裸を机に掘ってマース」
残酷な勘違いは
恋の終わりを告げた。
違うんです!
これは。。。
言いたくても
言えなかった。
成人式の二次会で
「前田くん、あの時ほんとはさ」
大人になったひろこちゃんは、さらに美しさを増していた。
「あたしのこと見てたのかと思ってた、ちがう?」
なんのこと?と
とぼけたくなったが
潤んだ瞳に
吸い込まれて
「そうだよ、今もスケッチしたいくらい」
ふふ、と彼女は目尻に皺を寄せた。
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あの時が
一瞬にして
色づいた
机の上に
彫った横顔
この恋が
今こそ 叶いますよように
年の分だけ
丸くなった刃
透明
な花束を渡した。
伝わるわけもない。
それが私から彼への気持ち。
「この道の先にラピュタはあるんだ」
「なにそれ?」
「……」
「ねぇ、今のなに??」
「いや、好きかと思って」
「……好きだけどwwそんだけ?」
「 うん 」
少し恥ずかしそうに、いやだいぶ恥ずかしそうに、ぎゅっとハンドルを握りしめて、じっと赤信号とにらめっこをしている彼の横顔をにんまりと笑いながら見つめていた。
小さい頃、信じ続けていればいつか[天空の城ラピュタ]に行く機会が巡ってくると思っていた。だけど、現実は残酷なほど現実だった。
小、中、高と大学をそれなりの時間を経て、社会人になった今。ル・シータ症候群になんてかかっていられない。私はシータになるチャンスをもう失ったのだ。赤信号で止まるわけにはいかない。
「ついたよ」
「え、あ。ほんとだ」
豊橋駅20:26新幹線の出発まではあと約40分。駅直結の地下駐車場にいつの間にかついていた。車内には彼が10代の頃にまとめたというプレイリストが流れている。
「サヨナラCOLOR、懐かしい」
「そうだね」
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そこから旅立つことは
とても力がいるよ
波風たてられること
嫌う人ばかりで
サヨナラから始められることが
たくさんあるんだよ
________________
そうだねと相槌を打ってみたけど初めて聞いた曲だった。だからこそ耳を澄ませてしまった。ダメだ、泣きそうだ。
本当は離れるために閉じていくこの時間がきらいだ。車内ではもう次の曲が始まっていた。
「ほら、行く準備して?」
頭にポンと置いてくれた手がすき。その手に甘え続けられたなら。
「うん」
ゴソゴソ、ガサガサ。
助手席ではこれ以上時間を稼げそうにない。もう席を立たないと。シートベルトを外し、ドアノブに手をかける。
だけど……。
振り向いて彼を見る。
きょとんとしている彼の懐に飛び込んで思い切りぎゅっと抱きついた。
「どうしたの、寂しくなっちゃった?」
「……」
「よしよし、いいこww」
「ちがうもん!フラップターで助けに来てくれたパズーから離れないシータの真似だもん」
ぎゅっに対して、ぎゅっを返してくれる彼の腕の中を抜け出すと、さっきまでの私みたいなにんまり顔の彼がいた。
「バルス!!!」
「照れ隠しが物騒すぎるでしょっww」
「だって!」
「さっきの仕返しだよ」
優しいハグと同じ気持ちのキスをして、車を降りた。まだ少し早いからタリーズコーヒーで季節限定品をおいしいおいしい!と飲み、明日は晴れるかなとか距離があることも忘れて話した。あっという間に時間になり、改札の前で次も早めに予定合わせられるといいね、なんて言って手を振った。
ホームに降りてまもなく、新幹線は定刻通りにきた。手元のチケットと自分の指定席の番号が合っているか3回確認して、席に着く。スマホの充電は特に必要ない。
新幹線は発車する。
赤信号が青に変わった。
私も同じく、前を向いている。
彼も同じく、きっと前を。