或る本の巣、模写。

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6月19日(水)

僕には恋人がいた。
らしい。
表紙の破られた日記帳が語ることには

白雪のごとく美しい肌と
アーモンドブラウンの髪が
彫刻のような顔立ちに相応しい
美しい人だった、そうだ。

僕はきっと彼女の記憶を取り戻せない。
むしろ、取り戻そうとしないほうがいい。
それは医者からも明言されていることだった。
僕にとってのトラウマ
僕にとっての捨て置くべき記憶だそうだ。

大理石の塊を見て
ミケランジェロは言った。
「私は石の中に天使を見た。
 天使を自由にするために掘ったのだ」

僕も予感がする。
石ノミを持ち、ハンマーを握ると
誰かがよぎる心地がする。
しかし何度も何度も何度も何度も
その姿を追うたびに
逃げ、隠れ、形にならない彼女を
思って、気を狂わせてしまう。

僕にとってのトラウマが
僕の最高傑作になるその時まで
この手を止めるわけには行かない。
そう、確信している。

日記には彼女との記憶が
克明に記されている。
彼女の最後の言葉は
「わたしを忘れないで」
その手に握られた花の名を
まだ思い出せずにいる。

6/19/2024, 12:01:00 PM