或る本の巣、模写。

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「あなたが好きな色は何色ですか?」

まさか三次試験でもある最終面談で
そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
文房具メーカーならではの質問なのかもしれない。

自己紹介をしてください、とか
経歴や実績を教えてください、とか
何か質問はありませんか?とか。

そんな解答例しか用意してなかったから
「……藤色、です」としか
言えなかった。
アピールできる人間はすぐさま
「なぜなら」と文章を繋いだり
答えをいう前に先に好きな理由を言えるものだ。
なぜですか?と改めて聞き返された。


「父が、好きだったんです」


冬になると必ず着ていた
分厚い手縫いのセーター。
藤色のセーターは今思うと不思議な色だった。
どちらかというと女性的なイメージの
色合いなはずなのに父によく似合っていた。

わたしがまだ幼い頃
たまに2人だけで洗車に行った。
お手伝いのご褒美は
パティスリーカルルのショートケーキ。
母にも姉たちにも内緒で
父とデートできることがたまらなく嬉しかった。

久々のデートの帰り道。
助手席でわずかな暇を
持て余していたわたしは
何気なく聞いた。

「パパは何色が好き?」

「藤色が好きだよ」

「ふじいろ?ってどんな色?」

「薄い紫の、優しい色だよ
 ほら、このセーターの色だよ」

「めい、パパの好きなの、好き!」


家に届いた通知に
藤色のペンで

「素敵な思い出を語ってくれてありがとう。
 入社式で会いましょう」

と、綺麗な字が書かれていた。

6/21/2024, 3:03:51 PM