本を − 読んでいたはずだった。
テストが終わって、女の子の日も終わって、風邪っぽいのも終わって、久しぶりの癒しに本を読んでいたはずだった。なぜか、瞬きすると2時間経っていた。なぜか、睡眠をとっていた。意味がわからない。この休日の大切な時間を、睡眠に充ててしまった。人間として見ると睡眠は物凄く大切なので、休養における良い時間の使い方だったと思えるかもしれないが、わたしは本を読みたかったのだ。なぜ寝てしまったんだろう…。これだから私は…、。
ただ寝ていた、というだけなのに、ここまで自己嫌悪に陥ってから、気が付いた。今まで「躁状態」で突っ走ってきたことに。この2週間ほど、ずっと躁状態で生きてきたのだ。それは、「今全てを頑張らなくてはいけない」という突発的な私の理性の働きによって、限界やゴールなどどこにもない、その見通しのない暗闇の中をただ突っ走っていたんだ。テストにおいては好成績を求め、その努力の中で腹痛に耐え、さらには体調不良にも耐えてきた。体は確実に辛かったはずなのに、自分の体、そして自分の心のはずなのに、もう無理だと気付くことができなかった。私が足りなかったのは癒しでもあるが、まず足りなかったのは、十分な睡眠をとることだったのだろう。それを気付かせてくれたのは大好きな本だった。何の希望も見えなくなった今、私の中の光が照らしていたのは“本”だったのだ。
皆さんの近くに本があるならば、5分だけでも目を通して欲しい。中身はいつだって美しく、いつだって私たちを励ましてくれる。さっきの私のように、本そのものの媒体が励ましてくれることもある。「本を読んで何になるのだ。時間の無駄だ。」という意見もよく耳にする。それは、その通りだ。ただ、本というのは誰かの心を励まし、いつかのあなたを愛してくれる。
私は今日も、読みかけの本を手に取る。いつか、私の本を手に取る誰かを、愛せるような言葉を紡げるように
“好きな本”
君の何が、どこがすきって、そんなの一言で片付けられるものじゃないんだ!そんなに私の恋は簡単じゃないの!
と、言い切ってみたいけれど、「君の存在が好きだ。」という言葉で片付けることができてしまう。その笑顔も、私だけに向ける真顔も、しらけた顔も好きなのだ。ただ、最近、好きなのかどうかわからなくなる。2人でいると安心しすぎているのが原因なのかわからないが、どきどき、は、しない。倦怠期?とも思ったけれど、倦怠するほど君からの好意はない。少なくとも、私と同じ「好き」ではない。
そんな葛藤に明け暮れ、今日もまた、君と夕日の下を歩く。このあいまいな空模様は、この心模様は、いつ晴れてくれるのだろう。君の儚い笑い声を、すぐそばで感じながら、ふと、そんなことを思ってみる。
”あいまいな空”
そういえば、校舎の傍にあじさいが咲いていたのを覚えている。ずらーっと並んでいて、他の人は気にもとめない。「花なんてどこにでもある。」きっとそう思っているのだろう。わたしも去年まではそういう人間だった。君につられてしまうまでは。
初めて君と話した日、部活動見学に行くと教えてくれたので着いて行った。部活に興味は無かったものの、何か君に惹かれるものがあったので、君への好奇心で入部を決意した。君と関われたら何か変われる気がする、と、私の本能が示したのだ。そして、わたしの入った部活は季節感をよく意識する事がわかった。季節の置き物、季節の言葉、そして、季節の花。お花が毎日入れ替わり、その度「今日はこういった花でね、」と、先生が教えて下さる。その習慣が根付いたおかげで、外で花を見ると「どのお花かな…、こんな季節もあったな」と、季節の趣を感じるまでにも成長した。
きっと、毎日に溢れている自然のものの、その愛おしさに、私たち日本人はもっと目を向けるべきなんだ。でないと、本当に幸せなことを見逃してしまう。小さな幸せすら大切にできないのに、大きな幸せを大切にできるわけがないのだ。あの時感じた私の本能は、確実に正しかったと思う。変われたのは、心の中の幸せを導くための触覚を持つこと。そして何より、わたしの腐り切った恋心を君が光と照らしてくれたことだろう。
“あじさい”
すき…きらい、すき、きらい、すき、きらい…
!?!? きらい、!?好きに決まってるのに、!
校庭の端に咲いた白詰草の絨毯に、ちょこんと芽吹いた花で花占いをした。きらいな訳ないのに、、けど、たまには、嫌いかも。嘘ついてくるときとか、、。今日だって嘘をつかれた。
「最近、あの子と朝来てるんだよ。電車が同じなのかな、よく会うんだよね」その言葉を聞いた途端に泣き出しそうになった。わたしだって朝一緒に来れるのは稀にしかないのに…。ましてや他の子と…?、取り乱すまいと理性を保ち、わたしなりの空返事をしてみる。そうすると、君は「嘘だよ笑 びっくりした?」と余裕そうに言ってみせた。「びっくりしたに決まってるでしょうが、、」思わず声に出た。
ただ…君の嘘をつくところは嫌いだけれど、その後に教えてくれる本当のことは、いつも愛おしい。今日だって、「あなたとしか朝一緒に来ないよ そもそも見つけても声かけないし」と、。こんな言葉でわたしは浮かれて、嬉しくて、またもや君の手のひらで踊らされてしまう。わたしは、この、とってもゆるくて、ふわふわで、幸せに溢れた毎日が幸せでしょうがない。
校庭にもチャイムの音が鳴り ー
「えっ、もうお昼休みおわり?」
そうだ、今はもうお昼が終わる頃だった、あまりの時間の速さに驚き声が出てしまった。
「花占いなんてばぶがやることだよ笑
草を捨ててはやく教室戻るよ〜」
君のことを考えてるとすぐ時間が過ぎる…急かしてくれる君もだいすきだけど、、
いつかわたしの好きなところと嫌いなところも…いや、好きなところは多すぎて言えないか。なら、嫌いなところこそ君の口から聞きたい。永く君と一緒に居られる為にね
“好き嫌い”
君と下校するたび、あと何度一緒に隣を歩けるんだろうと思ってしまう時がある。必ず学生生活には終わりが来るものだし、いつかは君と離れる期間もあるんだろう。そんなことは重々承知だが、今寂しいと思っている原因は、私以外の誰かの隣を歩く君が、すごく嫌だということなんだ。
離れてしまう期間…というのは、卒業するとき、もしくは、私が唐突に人生をドロップアウトしたときのみに限られる。君が私に幻滅しても、私が君に幻滅したとしても、どちらかが歩み寄るだろう。それなりの信頼と友情は、互いにあるのだ。それが友情か愛情かの違いだけで、互いに大切であるということは変わらない。はず、、である。
私たちがもし離れたとしても、君とのこの甘酸っぱい、いや、甘すぎる帰り道を忘れないだろう。そしてこの学生生活を、君と過ごした街をも、美しい思い出と包まれるんだろう。
“街”