星蒼楼

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1/24/2024, 2:55:54 PM

逆光

「うわこれ逆光だ」
 現像した写真を見ると、俺たちの顔は見事に真っ暗で、後ろに写る鳥居の影が地面を覆っていた。
「ほんとだ。フラッシュ焚き忘れてるじゃん」
 今まで興味なさそうにソファーでスマホをいじっていた弟が急に後ろから覗き込んだかと思えば、その写真を俺の手から奪い取っていった。
「写真興味なかったんじゃないの?」
「んー。別に興味ないなんて言ってない」
「ふーん」
 特に意味のない、ただ間を繋ぐためだけの会話。話は噛み合っているし、決して仲が悪いわけでもない。
 それでもきっと、俺たちの光は一生交わることはない。

1/23/2024, 5:39:29 PM

こんな夢を見た

「今日さ、こんな夢見たんだよね」
 脈絡はなく、ただの雑談。こいつならどんな反応をしてくれるのか気になって、適当にフってみた。
 こっちは期待してるんだ。さあ来い、面白い返し!
「いやこんなってどんなだよ。あ、夢と言えばさあ、」
「いや普通かよ!」
 軽く笑ったかと思えば何のひねりもなく普通にツッコまれただけで、すぐに別の話題に移ろうとしてきた。まあ確かに休み時間の短い間に薄っぺらくて意味の無い会話をしているだけだから、こんなふうに軽くいなすのが正解なのかもしれないが。それにしても。
「こっちは期待してんだからさぁ、もうちょっといい感じの返答くださいよ」
「さっきから何の話?」
「今のこんな夢のやつ。あれ渾身のボケだったんだから、もうちょっといい感じにツッコんでほしかったなー」
「いやあれぱっと思いついただけのくそ適当なボケだろ」
「バレたか」
 さすがだ。こいつは俺のことなら大体何でもお見通しだ。でもそのせいで嘘も冗談も通じなかったりするからやっかいな奴。

「でもさ、お前だったらこんな適当なフリでも面白く返してくれるかなって期待してたわけよ。まさか綺麗にかわしてくるなんてちょっと残念だったのはしょうがなくない?」
「そっちが勝手に期待して勝手にがっかりしてるだけだろ」
「あくまでもこっちのせいなのね。まあおっしゃる通りでございますけど」
 ほんとにこいつには敵わない。ムカつく。
 でもなんだろう、こうやって何でも言い合えて気を張らなくていいのがものすごく居心地がいいんだよな。それもまたムカつくけど。

「てかあれ? もう授業始まるのに教室誰もいなくね?」
 その言葉でふと周りを見渡すと、確かに、俺たち二人しか残っていなかった。
「ほんとだ。俺らだけやん。うぇーい」
「うるっさ。え、次英語だよね?」
「そのはずだけど。……って違うじゃん、三限化学じゃん!」
「まじか、化学室かよ」
 まさかの驚きにばっと顔を上げると、向こうの視線も同じタイミングで俺の顔を捉えた。そのままじっと数秒間見つめ合っていたが、耐えきれなくなってどちらからともなく吹き出す。
「ふははは、やっば」
「あははは、まじか」
「てかまじで急がなきゃやばくね?」
「そうだよな、とりあえず走るか」
 急いで教科書をまとめた俺たちは、笑いながら教室を飛び出した。

1/22/2024, 3:37:01 PM

タイムマシーン

 
 僕はタイムマシーンを作るんだ。
 そう言ったかつての友は、その十年後、立派な科学者になっていた。

「急に会いたいなんて連絡来てびっくりしたよ」
「はは、ごめんごめん。元気にしてた?」
 高校を卒業して以来、一度も連絡をとっていなかった彼から急にメールが来たのは二週間ほど前だった。
「うん、まあぼちぼちかな」
 当時は二人とも誰の目も気にせず、やりたい事をやりたいだけやって、よく大人に怒られていた。この二人だったら何でもできると信じていたし、夢だって何でも叶うと本気で思い込んでいたんだ。
「ところで今日はどうしたの?」
「いや、特に用があるわけではないんだ。ただ唐突に君のことを思い出して、どうしても会いたくなっちゃってさ」
「そっか……。そうだ、聞いたよ。タイムマシーン作ってるんだね」
「うん。おかげさまで順調に進んでいるよ。あと数年もあれば完成する見込みだ」
 そう答えた彼は目の前の珈琲をすすって一息つくと、静かに話し始めた。

「実はさ、この前あと一歩の所で行き詰まっちゃって。何回改良を重ねても、どうにも道が見えなくてくてさ。ちょっと前まで、どうしてできないんだって怒りや不安や焦りやらで押しつぶされそうだった」
「それはしんどいな」
「うん。壊れそうな程しんどかった。でも、君のおかげで抜け出せたんだ」
「えぇ、俺?」
 思ってもみなかった言葉に驚いていると、彼はそうさと微笑んだ。
「高校生のとき、僕がタイムマシーンを作るって言ったときあっただろ?」
「ああ、そんなこともあったね」
「その時君は、僕を否定しなかったんだよ。今まで誰も成し遂げていない幻想を、馬鹿正直に語る僕のことをね。否定しないのかって聞いたら、こう言った。今俺らが生きている世界は、見果てぬ夢を見た人たちの努力と奇跡の結晶なんだ。君のその夢は実現するかはわからないけど、僕の親友が世界を変えたのなら、これほど素晴らしいことはないよ、ってね」
 それを聞いて、はっと思い出した。いつから俺は、あの時の情熱や純粋さを忘れてしまっていたんだろう。
「君のその言葉があったから、僕はその暗闇を抜け出して、ここまで来れたんだ。こんなところで諦めてられるかってね」
 そこまで話すと彼は再び珈琲に口をつけた。真っ直ぐと前を見つめる視線に、揺らぎはない。
「夢を見るってのは、いいものだよ。わくわくして、生きてるって感じる。あと数年もしたら、必ず僕は世界を変えてみせるさ」
 そう言った彼の瞳は、あの頃の少年のまま、眩しく輝いていた。

1/21/2024, 7:02:11 PM

特別な夜

 はぁ、とひとつため息を零す。今日も修行を終える頃には森の生き物たちはすっかりと寝静まっていた。そんな中、ぽつんと光る小さな小屋を目指して重たい足を動かした。

「ただいま戻りました。って、何これ!」
 帰宅するとすぐに、普段とは違ったいい香りが鼻をくすぐった。目線をテーブルに移せば、一際目を引く鶏の丸焼きに、香ばしい匂いのガーリックトーストや、生ハムの乗ったサラダ、僕の大好きなミネストローネまで用意されている。
「ああ、おかえり。今日もご苦労さん」
 キッチンから珍しくエプロン姿で出てきた師匠は、普段の鬼のような形相がどこへいったのか、柔らかい笑みを浮かべている。
「あの、これって……」
「これすごいだろ? 今日はお前がここに来て五年になるからな。普段はこんな盛大にやったりしないが、今日くらい良いと思ってね」
 話しながら目の前に来た師匠は、やはり何もかもがまだまだ大きい。その大きくて優しい手で頭を撫でられると、修行中に張っていた糸がふっと解けるようだった。
「大きくなったな」
「まだまだです」
「ははっ、わかってるじゃないか。さあ、冷めないうちに早く食べようか。まだ肉団子とエビフライがあるんだ。運ぶのを手伝ってくれ」
「はいっ!」
 一生忘れられない特別な夜は始まったばかりだ。

1/20/2024, 3:34:09 PM

海の底

そろそろ考えるのが嫌になってきた。
このまま目の前の海に飛び込んで、深く深くまで沈んでしまえば、理想郷に辿り着けるだろうか。

ときどき同じ夢を見る。
自分は広大な海の中にいて、どこへだって自由に泳いでいける。しばらく気の向くままに、水の心地良さを感じて泳いでいくと、必ず最後には海の底にたどり着くのだ。
そこは現実とは違って、明るい世界。好きな食べ物がずらりと並び、好きな本、好きなゲーム、好きなもので埋めつくされている。毎日小言を言ってくる煩い上司も、嫌味な顔して私を遠ざけてくる同僚も、ここにはいない。

全てが自分にとって都合がいい世界。こんな世界は幻想に過ぎず存在しないと、全てわかっているはずだ。
わかっているのに。
それでも私はこの海の底に希望を抱いてしまう。

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