私は自分の死に際が分かっていた。
定年まで後2年ほどになった時から、右胸に違和感があることには気付いていた。
乳癌自体がステージIV。リンパと脳にも転移していた。
主治医には余命を伸ばす為の手術を勧められたが、断った。
身体が動くうちに、出来る限りひとり暮らしの部屋の物は全て捨て、サブスクやクレジットカードも解約し、口座、保険証券や年金の類はデータにして息子には分かる暗証番号をかけメールで送っておいた。
1人で息子を育て、父、妹、母の順に家族を看取り、そしてとうとう自分の番だった。
幸いにも最期は妹と同じ脳腫瘍によって亡くなる事が出来る。意識が無くなる前に、息子に伝えなければならない事は全て伝えられた。私は心から安堵した。
私の最期も、妹と同じ病院の緩和ケアを希望した。
痛みが増強したり、肺に水が溜まり呼吸が出来なくなってくる辺りで、オピオイド(麻薬性鎮痛剤)が使用される。
私は死期を悟る。
生涯のうち、たったひとりだけ心から愛した人がいた。
その人の今を知る由も無いが。
輪廻転生が本当にあるなら、次はもっと普通に会いたい、そう願いながら眼を瞑った。
題:未来
金曜日の夜、同僚に誘われてお酒を楽しんだ。
飲む前まではあんなに意気込んでいたのに。
いざとなると結局、2時間ほどで飽きた。
楽しい夜だった。それに偽りはなくて。
けど、何か足りない。
2件目に行く事はなく、自宅近くの駅にひとり降り立つ23時。
星の見えない空を少し見上げる。
背の低いビルとネオン、どこぞのシンガーソングライターと数人の観客。どこからか漂う煙草の匂いと香水。まだ終わらない夜。
いつもならタクシーを使うけど、今日は歩きたかった。
ちょうど一年前、夏の匂いが漂い始めたこの日。
君はサマーニットのワンピースを着ていた。
あんなに楽しかった夜はもう来ない。
逆に云えば、もう傷つくことも無い。
安堵しながらも、泣き出しそうな群青色の空。
三白眼に似た三日月だけが、全てを見透かしていた。
題:あいまいな空
・嫌の語源
兼は手で二つの稲を持っている様子を表しており、意味は「二つ併せ持つ」「1つでは足りない」状態を表す。
それに女がくっつき「気持ちが二つにまたがっている状態」⇒「不安定な状態」⇒「嫌う」となるとの事。
・好の語源
女が子をかわいがることから、いつくしむ、ひいて「このむ」「よい」の意を表す。
どちらも「男」ではない、ということだけは確かだ。
題:好き嫌い
「インスタグラマーのLINAさんが紹介してたから買ってみたの」
ママ友の輪の中で、彼女は淡い群青のロングスカートをひらひらさせていた。周りの人達も共感と羨望の声を足し空気を染める。
自分の下半身を見る。
男の子2人を育てる私は汚れても良いように、そして仕事にも行きやすいように、いつだって黒スキニーだった。
金曜日の夜、子ども達が寝静まった後にInstagramを開き同年代のルックブックを観ていた。
確かに素敵だなと思う人が沢山いて、かわいいなと思うトップスやスカートがいっぱいあった。
風呂上がりの夫が「今週もお疲れ」と缶ビールを出してくれた。
夫にインスタグラマーのルックブックを見せる。
「私今からでも、こんな風になれるかな?」
夫は少し眺めながら考えた。
「なりたいのであれば、なれると思うよ。そういう服装の君も見てみたい気持ちもある…だけど、いつものズボンで子ども達を追いかけ回してる君の方が素敵だと俺は思うほうだから、別にいいや」
「……なーんだ、つまんないっ」
ビールを一口飲み笑った。
私はそっとInstagramを閉じて、次の連休はどこに遊びに行こうかと夫と話し始めた。
題:やりたいこと
助けてよ。
心の相談、命の電話。
なんなの。やってないじゃん。結局たらい回し。
いま、なんだよ…必要なのは。
もういい。本当に、もういい。
私はひとりで歩くよ。
カットしようが、ODしようが。
私はいつか、皆んなを助けてみせる。
題:朝日の温もり