冬晴れ
16時。車をぼーっと運転していたら、晴れているのに、ポツ、ポツポツと急に雨が落ちてきた。
青空と雲と雨。
なぜだろう。
「もう、死んだっていいじゃないか」
予見しない雨の様に、ふと急にそう実感した。
清々しい程の諦観。悟り、があるとするならば、近い感覚なのかもしれない。
仕事のお弁当用のおかずと、今日の晩御飯をスーパーで探す。
「…別に死ぬんだったら、見た目なんてどうでもいいか。今日、美味しければ」
一人暮らしのマンションに帰る。
押入れの奥の何年も読んでいないコミックを引っ張りだす。
「要らないよな。もう一度読んだら、捨てよう」
無意識にインターネットで、新しい名刺入れを探す。
ふと我に帰る。
「…いつまで、やるのよ今の仕事。どうせ死ぬんだよ?」
スマホを置き、ハイボールとパック寿司をほうばる。
うまっ。
窓越しの夜を見た。これで良い気がした。
「現在見ている太陽の光は、8分前の光。「おおいぬ座」のシリウスから届く光は、7年前。知ってた?」
彼は病室で、持参したクッキーを食べる私に自慢げに言った。
知らなかったが、どこかで聞いたことあるような話だったので「ネットで得た知識をそんな鼻高々に話さないの」と一蹴した。
いわゆる職場恋愛をし、同棲を開始した直後に、彼の膵臓に癌が見つかった。
彼はとても前向きで明るい性格の為、病人という感じが全くなく、私自身も彼の病気は治るものだと信じきっていた。
彼の両親も私に気を遣い、病気が治らない事は知らされていなかった。
3ヶ月後、私にとっては、唐突に。
彼は亡くなった。
暫くしてから、ひとりでは広すぎるマンションの片付けをゆっくりと始めた。
始めは呆然としながら、動いて止まってを繰り返し、ゼンマイ仕掛けの人形のように彼との思い出をしまい込んでいった。
ある程度高価そうな物は、ご両親に返すように荷物をまとめていく。
それまで触らなかったラップトップのPCを念の為開ける。
私宛の手紙が挟まっていた。
中には「食器棚の上の棚の一番右」と書かれていた。
食器棚の上の棚の一番右を見ると、また手紙が挟まっている。
次は床下収納。その次は洗面台の下、また更にその次はクローゼットの中など、次々と指示に従い手紙を探していく。
彼に導かれるように私は「彼」を探した。
最後は、私が大切にしていたアクセサリーケースの下に封筒があった。
開くと、笑顔の私達の写真が入っており、その裏には、
「また会えたね」
と、彼の優しいまる字で、書かれていた。
題;また会いましょう
きーん
ぴーーーん
ピキっ
イラッ
ずーーん
汗
そわそわ
どよん
頭の中の擬音を、言葉に出して生きてみたらどうだろう。
コントみたいで面白い世界かもしれない。
題;脳裏
実話。
とうとう。
くるべき時がやってきた。
妹の膠芽腫という病が再燃した。
私に何ができる?
人、ひとりの人生の最善とは?
再発すると1年後に生存している割合は30-40%程度。
5年生存率は、8%以下。
10年後生存率は、0%。
悲劇のヒロインになるつもりなどない。
けれど、唯一の肉親がもうすぐ亡くなるとしたら、あなたはどうする?
私に答えはない。
はっきりとしているのは、明日という日があり。
私は妹の幸せを、願っているということ。
これが、私が背負わなければならないものならば、甘んじて受け入れる。
題;あなたとわたし
ある日の夜、突然、近所の騒音トラブルをきっかけに、原因となる部屋を勘違いした彼が、私のアパートの部屋に押しかけて来て、私達は知り合った。
ひたすらに謝罪され、出会いがマイナスから入ったので、プラスに転じて仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼はフリーランスで、完全に自宅で仕事をしており、外出もほとんどする事なく、日用品はAmazon、食事はUbereatsで生活していた。
しがないOLでしかない私とは別世界のひと。きっと、彼にとってもそうだったのだろうと思う。
お互いに非現実を現実だと思い込み、1週間に1.2回のの食事や散歩を楽しんだ。
一緒に見る暁の空や夜景は、とても美しかった。
そして、日に当たっていない白い首筋と血管、長く細い指先が異様に艶かしい人だった。
私は、割と早い段階で気付いていた。
私達の関係は長くないと。
週末の朝、彼の大きなベッドの上で目が覚める。寝ている彼を横目に眺める。
私には、一生かかっても買えそうもない時計が、頭の上で音を発する事もせず、未来を追いかけ続ける。
点いていないモニターには、膝を折り、うら悲しく不釣り合いな自分が其処にいた。
私はひとり窓辺に立ち、カーテンを開ける。
紅く染まり始めた朝焼けの街をずっと。
ずっと見下ろしていた。
題;哀愁を誘う