no.14:ひそかな想い
教室とは真逆の細い道へと駆け出した。
サトルにはこんな顔は見せられない。
迷子になってるあたしの歩き方だって、見られたくない。
頭が真っ白で、どこにいるのかさえもわからなくなる。
自分の知らない場所に行くチャンスだ。
記憶にない道をでたらめに歩けば、必ず何かと出会う。
三毛猫がのそっと顔を出す裏路地に、マゼンタ色のネオンが光るケバケバしい看板。
教室の行き帰りじゃ見過ごしてしまうけど、あたしと埋まらない距離を持つ世界は、探せばいくらでも見つかる。
ちぎれた心が、こういう場所に隠れているかもしれない。
そんな考えを温めながら、パンプスで小石を蹴飛ばす。
ひとりで迷子になるのは楽しい。
でも、それをサトルに知られるのは嫌だ。他の人にはそもそも迷子になりたい願望を喋ろうとも思わないのに、サトルに対しては何故かムキになってしまう。
あたしは冷や汗をかく。
今まで通り、鋭いけど鈍感なフリをしてくれるサトルでいて欲しい。
あたしを見てるけど、干渉はしてこない。サトルが今のままの距離でいてくれないと…あたしは本気で彷徨って、帰ってこられなくなりそうだ。
no.13:あなたは誰
「あたしの時間はまだ30分残ってるから。駅に行って、適当にふらついてくる」
僕に買ったばかりのノートを押し付けて、チカは言った。
教室の閉所が決まってから、チカは何かと教室の最寄駅に行きたがる。
チカと僕にとっては第二の遊び場であり、暇を持て余す楽しさを共有できる唯一の街だった。
「明日から別の人生歩むみたいな顔しないで。先生もそんなこと望んでないよ」
チカのスカートがひらひら揺れる。
くすんだクリーム色のスカートが風で波打つと、ふたりでよく入り浸っていた喫茶店のカーテンを思い出す。
あの店も、いつの間にかひっそり姿を消していた。
「位置関係が一瞬でわからなくなって、近くにある物を急に見失う。自分の認識って案外脆いよね。宛にならない」
チカはバッグを抱えなおして、駅に通じる裏道へと脇目もふらずに進んでいく。
パンプスの踵がぐらつく。それでも踏ん張って、前へ。
よく知った街中でも、チカはまた迷子になろうとしている。
「このままだと、サトルが知らない人みたいに見えて……声をかけられなくなるかも」
寒さのせいか、チカの声は震えているようだった。
no.12:手紙の行方
サトルのノートを一枚だけ切り離す。先の鋭い鉛筆で星を描いたページ。
あたしは、サトルに何も伝えられない。
今日こそは言わなきゃと思っても、土壇場で怖気付いて、ぶっきらぼうにコーヒーを催促してしまう。
「無理して飲まなくてもいいのに」
サトルは苦笑いでカップを2つ用意して、薬缶を火にかける。
サトルに呆れられても、無理したいんだ。
自分を甘やかさずに、胸の中のことをすべて書き尽くしたい。
宛名は死んでも書かないけど。
no.11:『輝き』
誰でも手に入る 憧れを
集めていた夜明け前
指一本で 貼り付けたハートが
今日も誰かを悲しませている
輝きは 平等じゃない
僕は画面を暗くして、
三日月を探す
眠りこける街を遠ざけ
ひとりつっきる 交差点は黄色
丸い水槽のクラゲは
夢のなかにも 出てこない
夜に誘われて
輝く三日月の光を集める
ひとり歩きの 信号は黄色
no.10:時間よ止まれ
「時計が遅れはじめても、大事な日には遅刻できない。そんなわけであたしの時計、今から10時で止めておくね。未来で待ってるよ!サトル」
ふざけているとしか言いようがない。
チカの時間は、僕の部屋の時計の先を行っている。
世界の針がチカに追いつくまであと40分と少し。
「時間の隙間に潜り込んではいけない?そんな決まりあった?いつから?こんな風に質問攻めしてると小学生みたい。懐かしいよね」
ベッドの中から電話していると自称するチカの声は、妙に溌剌としている。
また少し泣いたんだな。
チカはどうせ、鼻を啜る音を立てないように気をつけながら話している。
スマホを通じて、僕に余計な心配をかけさせまいと、意地になっているのだ。たぶん。
わかってないなチカ。君に迷惑かけられても、僕は全然嫌じゃないのに。