未知の交差点
「……こちら第十七区交通管理局、コードネーム『カシスオレンジ』。南南西方向への道路及び建造物らの新規拡張を確認しました、オーバー」
『そうかい。探索をしなさい、アウト』
一方的な命令、一方的な切断、一方通行の道路車線。
もしもクルマで来ていたらこの道は進めなかっただろうと、アスファルトを爪先で叩く。
白昼だというのにこの街に人は交通管理局メンバー以外は存在しない――否、存在してはいけない。
未知へ繋がる交差点の中心にて、任務遂行という重荷を背負い直す。
一歩でも先に進めば、超常現象やヒト型の何かに遭遇するだろう。だが、私は怖じけることはない。
何故私がP90ではなくP50を使うのかと同じだ。『カシスオレンジ』という人物は逆張りばかりの人間だ。有名な短機関銃よりも同じマガジンを使うだけの異様な拳銃を使いたがった。就職も、安全かつ高給取りの第七区投資提案部に行けたはずなのに、この危険な仕事を選んだ。
相対するのは恐怖、そして未知。だからこそ模索すべきだが、逆張って既存手段である暴力を使う。
無知も、未知も、恐れるに足らないからだ。
逆張りに満ちた人生に乾杯をし、道路の真ん中を歩いた。
静寂の中心で(このお題難しいね……)
そっと息を潜めた。
心臓が鳴る。小さく、とくん、とくん、鳴り続ける。
こんなにも静かな月のクレーター。わたしの音はあった。
灰色の足元に、遠いきらめきが果てしなく淋しい宇宙。確かな静寂。
目の前にある生まれ故郷は、いつの間にかスペースデブリが多くを占め始め、日照時間は激減していた。喧騒もやがては諍いになり、責任を押し付け合う日日。
人類を徹底管理のもと統べた絶対統治も、ある日崩れ落ちた。それは知らない誰かの嘲笑から、落日と呼ばれた。
白色の秩序は朽ち果て、灰燼と帰して、暗黒時代へ入る。
絶対統治は人類だけでなく空も総ていたのだから、空も無秩序となるのは自明だっただろう。
衛星の機能は止まり、スペースデブリとなり、そして草木がメを閉ざしていく。
絶対当地の管理下でも、優良種と劣等種は存在していた。
私は劣等種で、薄汚い静寂の中虐げられた。
静寂はキライだった。
落日を迎えた。
好きとなる。
静寂とは絶対の死を指す場合がある。それは静寂というよりも静謐が近く、あるいはただ単に無音と呼ぶかもしれない。
しかし、肉体の死だけであればそれらを感じ取ることができる。音が無い、ということを感じるのだ。感覚器官が無くとも、幽体離脱的状況下における感覚は精神に対する刺激として解釈出来る。トラウマ、精神疾患なども刺激に対する敏感さとして言い表せよう。
かつてこういった解釈を人類は親しんだ。しかし、絶対統治においては時間や時空もまた制御されていて、それらを感じ取ることは永劫として不可能なはずであった。
統括しよう。
月の大気を"肺"へと収める。無臭のような、埃っぽいような。
足を踏み出す。かつん、かつん、歩き続ける。
私の肉体は、絶対統治の崩壊――落日から数日後、肉体が死んだ。
ヒトの統治が出来なくなったからだ。
いまや、人類は精神だけとなった。絶対統治から解放されたと言うのに、人類は喜べない。誰が絶対を破ったのか誰もがせめぎ合う。
諍いを嫌って、私は空へ飛び出した。精神体は不可視の感覚受容体でしかなく、肉体と比べれば不可能はないと言える。肉体に親しんだ人類は、未だに絶対統治に縛られている。
静寂の受容。
月の中心というものは、球である以上は核部分だろう。
感覚の鋭敏化。
表面であれば、つまらないことに縛られなければ何処でも中心に定義できる。
束縛からの解放。
ここが、宇宙という静寂の中心としよう。
8月、君に会いたい(本日誕生日の身だったので、眠る前に……書きたいものが長すぎてやや乱雑かも)
柑橘系の香りがふわりとした。君の名前を思い出す。
都内のコンクリートの乱立の中、ふと足を止めることなんて早々無い。
日々、何かに追われるようにして過ごし、そして時には静かに競争社会に呆れた人が自ら望んで暗闇に身を投じる。逃げる、辞める、なんていうけれど、私からしてみたらあの先は深淵でしかない。
だが、どちらの人間も五味豊かな青春を過ごしていよう。
脳裏に過った君。最後に会ったのは、今日よりも涼しい故郷だった。
捜査一課に勤める私は、片田舎の無鉄砲な子供に過ぎなかった。
テレビに感化されて出稼ぎで出たきりの若者ばかり増えたせいで、過疎化は進んで学舎には私と君だけだった。
私と君が証書を受け取れば、もう寺子屋から始まった高校の歴史は幕を閉ざす。
悲しさと寂しさが占めた胸中には、老朽化の進んだ図書室から眺めた校庭との別れよりも、君と離れ離れになる事実のほうが遥かに大きかった。
春の陽気と桜に微笑む君。夏の川辺で白いワンピースと麦わら帽子の君。紅葉によりも綺麗だった君。雪に降られて鼻も頬も冷たかった君。
自身が警察学校へ行くと決めた時から決まっていた別離だというのに、苦しくてたまらなかった。
ふと私と君ばかりの卒業アルバムを見て、真っ直ぐ純真な笑みの君を見ては、いつかまた巡り会おうと思っていた。
だからこそ、昼休憩中にテレビに映った君に驚いた。
『本日未明、〇〇村で14人が死亡、3人が意識不明の重体になる事件が起こりました』
私の故郷だった。
何知らぬ顔の同僚がインスタント食品を啜る中、私は呆然と箸を置いた。
朝から忙しくて何一つたりとも情報を仕入れることも出来ず、今になってやっと知り得た。学生の頃は20人はいて、私と君がいなくなって、18人。しばらくして、向かいの家の人が癌で亡くなって17人。
みんなだ。みんな。おふくろも、親父も、みんなだ。
寂しさ、それに勝ったのは怒り。
握りしめた手が震える中、携帯が震える。
『〇〇村惨殺事件、まだメディアに回していないが犯人はあすでに自首済みだ』
『私の生まれを知ってのご連絡でしょうか』
『いいや。そいつの口からお前の名が出たからさ。ほら、この顔見覚えあるだろう、と』
背筋が凍った。
笑顔の君がいた。
『この女が惨殺を企てたそうだ。お前と会いたくて、だそうで』
『……連絡がねぇな。とりあえず、落ち着いたら連絡寄越せ。面会のセットをしてやる』
また柑橘系の香りがした。
彼女の匂いに近いけれど、甘ったるい。
私はどんな表情で彼女に会えばいいのか。無点灯のスマホ画面に映った自身の顔は酷い有様で、死神に憑かれたようだった。
ただ言えることは、8月2日――今日は君と面会する予定だ。旧知との再会であり、事件解明に向けた真実への一歩であり、なによりも彼女のことを知らなくてはいけなかった。
はやく、君に会いたい。
またいつか(久々すぎ。過去にカラフルをテーマにした作品の続編になるよ)
雪の照り返しが眩しい朝だった。
穏やかな風と吊るした肉、コトコトと煮込むシチー。何気ない穏やかに永遠と続く冬の光景であり、雪解けという言葉を知るのはいつだろうと凍てついた心は待つ事だけを覚えてしまっていた。
一杯のスープをよそい、テーブルに置いた。
さて、私には同居人がいる。とはいえど今日でその同居もおしまいなのだが。
トントントンと、音のないのに足音がした気がして振り返る。
「ラーノチカ、終わった」
勝利の象徴のような輝きを持つ黄金髪の相棒。
昨日までは膝まで届くほど長髪だったが、彼女自身から頼まれて私が散髪した。今の彼女は、端から見たら男と見紛うこともあるだろう。
そんな彼女は無愛想な性格や適当なところがあり、秘密も多くて私が知るのはほんの僅か。しかし誰もが口を揃えて、卓越した狙撃手だと囁く。
きっちりとまとめた荷物は、決して彼女が一日や二日の狩りに行って帰ってくるような単純な戦いに赴くわけではないことを物語っている。
愛銃は1丁のリーエンフィールド、ただそれだけだった。
「……シャルロット、本当に行くのね」
何度も繰り返した言葉が溢れる。
ただ、いつもと同じだった。彼女は静かに首肯し、伏せ目がちに呟くのだ。
「父の死の真相を知らないといけないから」
彼女の瞳に色というものが消えたというのは、その時だという。
曰く、その愛銃も父の形見らしい。十四歳の時、雪が吹き荒ぶ中を狐が咥えてきたらしい。初め聞いたときはとんだ御伽かと思ったが、真剣な表情とグリップに残った小動物の噛み跡を見て信じるほかなくなった。
私が丹精込めた一杯のスープを、彼女はいつものようにグイッと飲み干した。
一瞬だけ満足そうに頬を緩ませ、すぐに仏頂面に戻る。長銃を肩に背負い、そのまま彼女は玄関に向かった。
慌てて追いかけるが、神妙な顔つきの彼女になんと声をかければいいのか分からなかった。
「……ラーノチカ、私は黄金の城に行くよ。だから――」
「さようならなんて、言わないでよ」
「ラーノチカ?」
呆然とした彼女を抱きしめる。
ひんやりした上着に包まれた小さい彼女が、理由もわからず抱きしめ返した。
「こういうときはこういうの――またいつか、って」
「……うん、またいつか」
空模様(昼寝ができなかったので書いている)
空を見上げると、遠くの方に黒い影が点々と浮かんでいた。
ああ、もうじき私もあちらへ行くのだな。 ならば目を閉じて稚拙な願い事をしよう。
妹が幸せでありますように、この世界に平穏が訪れますように。
青空は遠く澄み渡っているというのに、地上は悲痛で溢れかえっていた。
入道雲が遠くに雷鳴を引き起こし、黒雲が人々に死をもたらす。
遠くで爆音が鳴り響いたと思えば、どんどんとその音が近づいてくる。
心拍が早まり、脂汗が滲み出てきて、その時ようやく「ああ、私も幸せになりたかった」のだと気が付いた。
さようなら、我が妹よ。
幸せであれ、我が妹よ。
太陽が見えなくなっても、この心臓が止まっても、私は貴方を想う。
「…………あ、あは……あはは、なんて日よ」
数メートル先にゴトンと鉄塊が落ちると、私は荒い息が止まらなかった。
不発弾だ。
横たわる魚みたいで、なんとも滑稽に見える兵器は、私の親友の命を奪ったそれときっと同じ形だろう。
だが安堵も束の間、後ろの方から爆音が響く。
すぐに振り返えると火薬と土煙が立ち上っていた。
ああ、あそこは、妹と妹の婿、そして子が二人いる離れの辺りだ。