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1/9/2026, 4:22:40 PM

三日月(三日月を由来とするクロワッサン成分多め)

 スパイとして、私は夜の舞踏会に潜入した。
 ターゲットは貴族の女性――ジャンヌ・デュ・エピネルの情報だ。
 古い血筋の人間であり、この国において銀行に携わる一家の女当主だ。有力な家であるのはさることながら、当代で四代目だというのに甘えることなく研鑽し、一層勢力を強めている厄介な奴らだと聞く。
 さて、それと同じぐらい厄介な出来事が一つ。

「招待状が男性宛だからと、男物を着こなすのは……少々骨が折れたな……」

 鏡に映る自分を見て、自らの変装――厳密には男装にため息をつく。
 私はとある大きい商社のスパイなわけだが、優秀なスパイは私だけだ。他は殆どが見習いかそれ未満か。いずれにせよ私が一番スパイとして実力も経験もある。
 皇室貴族の情報だって一度や二度引き抜いて、多大な利益貢献すらしてきた。
 さて、首周りや肩周りに布を巻いたりして体つきはある程度誤魔化した。舞踏会へと向かおう。
――――――
 それからしばらくは恙無く談話したり、有名なシェフの料理に舌鼓を打った。
 男装がバレないのかとか、不安点はかなりあった。しかし結局のところ、2代目3代目と腐敗の進んだ品のない貴族どもは、そんな点に目は行かない。
 金と名声。あるいは美貌。
 平々凡々な貴族の招待状で良かったと心の底から思った。

「……そこのジェントル。少し良いかしら」

「貴方は……これはこれは、かのデュ・エピネル家の当主様」

 探す手間が省けた。
 肢体の魅力全てを引き出すように作られたドレスは滑らかな生地で出来ていて、レース生地がふんだんに使われていた。ジュエリー系のアクセサリーは控えめである反面、糸の宝石たるレースの多さで優雅に資金力を魅せていた。

「皆様方、私をいつも家名と当主の2つを使って呼ぶのよね。そこに黄金を感じているのかしら」

「で、あられましたら……ジャンヌ女史とお呼び致しましょうか?」

「ふふ、貴族でもない人が畏まっていると……なんだか、その服みたいね」

 背筋が凍りつく。
 この女、なんて言った。

「こんなつまらない舞踏会なんて抜け出して……名前で呼んでも良い場所、抜け出してみないかしら」

 しなやかなシルク生地の手袋が私の手に触れる。
 軟体生物が絡みつくように、手指が攫われて、引かれるまま会場を後にした。
 目の前しか見ることのできない他貴族たちは誰も気が付いていないようで、段々遠のく声を背に静かなベランダへ連れられた。
 月相は三日月だった。

「……ねえ、クロワッサンって好きかしら」

「その、今は……塩税といい、少し高くてあまり食べれてませんが……でも、とても好きです」

「そうね。庶民ですものね、スパイさん」

 柔らかな風はひんやりとしていたが、彼女の表情は温かくて柔らかい。
 だが気をあまり許し過ぎるのはよろしくない……一目でキチンと身分も性別も当ててきた。只者ではないのは確かだ。
 壮大な前日評は大抵当日覆される。陸軍随一の切れ者と称されていた将校も、ハニートラップに負けて処刑されてしまったし、ライバル商社のトップは偽の醜聞から生まれた誹謗中傷の末に命を絶った。
 誰も、最初から最後まで私の手のひらの上だった。
 だが目の前の女はどうだ?

「タキシード、着慣れてないわよね。服に着られてて、むしろ逆に弱々しい貴族っぽくて……あなたが追い出されなくてむしろ安心する出来よ」

「追い出された方が、ジャンヌ女史の身の安全としては良くはないのですか」

「あらあら……可愛らしいのは、顔だけじゃなくて口先もなの?」

 口角が上がる。
 笑みもまた、三日月のようだ。

「貴方って商社に拾われて、ただコードネームだけ付けられた……そう、ただのチェス盤のコマよね。ヒトとして扱われたこと……あるかしら?」

「……拾って育ててもらった、それだけで忠義に値する。商社のためなら、この身の全てぐらい」

「それで、貞操まで捨てさせられたのね。選択の余地もないままに」

 哀れみか、同情か、読めない。この表情は何?
 ハニートラップは……確かに言われた通りだ。
 けれど、それらもまた恩に報いる為。使う事も無いと思っていた選択肢に、唐突にスポットライトが当てられて、選択の余地も無いままそうなっただけだ。
 仕方ないことなんだ。
 目を伏せがちにしていた彼女が、再び私に視線を向ける。

「ねえ。私なら貴方に毎日クロワッサンを食べさせてあげられるわ」

「……ク、クロワッサンを!?」

 素っ頓狂な声が出た。

「ええ。毎日暖かいベッドで寝かしつけてあげるし、危険な目にも遭わせないわ」

「っ、ちょ、ちょっと待っ」

「ねえ、私の物になっちょうだいよ」

 勢いにグイグイと押されているうちに、べったりと私にくっついてくる。
 貴族は大抵キツい香水を振り撒いていて、一堂に介した時――さっきの舞踏会もだ――なんかは鼻が曲がるほどキツい。
 けれど、彼女がふわりとさせた匂いは……心が落ち着く。なんだかアロマみたいで、やすらぐようだった。
 他の腐敗貴族とは何もかもが違う。もしかして、彼女なら……何か、期待してもいいのかもしれない。

「……ジャンヌ女史」

「呼び捨てでいいわよ。ジャンヌって、パパとママしかそう呼んでくれなかったの」

「はぁ……ジャンヌ」

「ふふっ。ありがとうね」

 無邪気そうな笑顔を浮かべる。
 商社の者らが浮かべるような笑顔とは、本質から違う……そんな笑顔を。
 心臓がだんだん落ち着かなくなっていく。何をしても同じリズムを刻むメトロノームだというのに、何がそうさせた? 何が、どうして。

「ねえ、貴方の口から名前を教えて」

「名前は……ありません。ただ、コードネームなら」

「ならコードネームでいいわ。言っちゃダメかもだけど、考えなくていいわ。三日月以外聞き手は居ないもの」

「……ソリチュードです」

 ソリチュード――この言葉の意味は、孤独。

「そんな……そんや、悲しい名前に運命を決められちゃダメよ。貴方は……貴方は、ボヌール。ボヌール・デュ・エピネルでどう?」

 思わず呆気にとられた。
 ほんの少し背伸びした彼女が私の頬に手を添えて、三日月みたいに口元に弧を描く。
 ああクソ――綺麗だ。

「私が幸せにしてあげるわ。これから月が満ちるみたいに、私が貴方の心を満たしてあげるから」

1/7/2026, 6:06:52 PM

雪(以前投稿した、カラフル、またいつか、の続きです。偶然雪で覆われた地が舞台だったので……いずれ過去のも再編して個人サイトにまとめたさある)

 延々続く銀世界とて必ず果てはある。
 旅路に終着点があるように、何事にも必ず。

 吹雪に身を凍てつかされそうになっても、決して挫けること無く進み続ける。地平線の果て、荘厳なる黄金の城を目指して。どんなに冷たい世界でも、どんなに苦しい時でも、雪を踏みしめ続けるのは変わらない。
 帰りたいとか、寂しいとか、そう思った事がある。
 でも、帰らない。目標を達するまでは。

「……はあ」

 吐く息は白い。
 紛れることのない孤独感に苛まれつつも、狩った獣の肉を噛み千切る。かなり大型の鹿で、一度でもモロに突撃されてしまえば容易に父の後を追える。
 こうも寒いと資源が限られるから小型の動物がいそうだが、ベルクマンの法則からそんなことはない。リー・エンフィールドの弾薬も決して多くはないから、ある程度近接戦をしているし、二人で狩りを出来ていた時が一番楽だった。
 二人で……

「ラーノチカ、今何してるのかな」

「大事な物を持っていき忘れたおバカちゃんを追って、三千里辿ってきたところよ」

「……ラーノ……チカ?」

 とうとう幻覚が見え始めたかと思った。
 普段よりも遥かに重装備な彼女が、ウィンチェスターM1887を背負ってそこに立っていたのだ。
 確か休憩のために辺りに罠を巡らせていたはずだが……全部躱されたのは私のだから、なのかな。
 慌てふためく私の横へ、ほんのり疲れを滲ませた様子で座り込む。

「……あんなにちゃんといってらっしゃいの挨拶をしたのに、家でお迎え出来なくてごめんなさいね」

「幻覚、かな」

「こうやってほっぺを摘まんだら、そうじゃないって分かるかしら」

 むにっ

「いたぃ」

「ふふ、これで分かったかしら」

 幻覚じゃなくて、現実。
 なんだか実感が沸かない。新雪よりもふわふわしてるような、そんな非現実的な感覚が胸中を占める。彼女は虚弱でもなければ頑強でもない。たまたま出会った時はかなり弱っていて、指先なんかは氷みたいで。体温と焚き火で精一杯温めて、その後名前を知った。
――スヴェトラーナ
 住んでたところよりも、もう少し寒い辺りの言葉で『光』を指す言葉。
 それで、愛称が……

「ラーノチカ」

「なーに?」

 愛称で呼ぶ度に、ふわりとはにかむ。
 栄華の痕跡も、繁栄の軌跡も、栄辱の全ても雪で覆い隠されたこの地において、唯一心を許せる存在。私の金髪とは対照的な銀髪のロングヘアには、時折目も奪われる。

「大事な物持っていき忘れたって言ってたけど、あの……その……スノーモービル、とか?」

「ええ、もちろん」

「ラーノチカ、それラーノチカが交易に行く時の為に置いていったの、だから、別に忘れたわけじゃ」

「ええ、優しい貴方なら気遣ってそうしたのは分かってるわよ」

 ならどうして、と問おうとした。
 けれどその瞳に私は勝てなかった。

「その……早く、帰ってきてほしかった、会いたかった……なんて、言ってもいい?」

 自信なさげに問うラーノチカの口角は上がっていたけれど、その眉は下がっていた。
 ……私には、やらなくてはいけないことがある。父の死について知ることだ。けれども、私はそれの為に……今やただ一人の、"家族"みたいな、そんな人を……置いて、行ってしまった。
 父が死んだ時、狩りを教わって1年かそれぐらいか。今よりもまだ背が低くて、父と毎日を過ごすのは当たり前だと思っていた。突然終わりを告げて、一人で生きなくてはならなくなって……雪空は孤独の象徴となった。

「……うん。行こ。二人で早く行って、知って、それで早く帰る……そのために、久々に二人乗りだね」

 久方ぶりの一人ぼっちな雪空は、もうおしまいだ。

1/5/2026, 3:58:16 PM

冬晴れ

「……なあ機械頭よぉ、保湿クリームとか持っとらねーか? 冬晴れの心地ええ感じだけど、乾燥して致し方無くてよぉ」

「も、もってないッスぅ……」

「そうよなぁ。こーいう日に限っちゃ、機械頭が羨ましーわ」

「でも……先輩のほっぺ、乾燥しててもぷにぷにしてて羨ましい……ッス!」

1/5/2026, 8:14:26 AM

幸せとは(以前書いた"祈りを捧げて"の前後あたり)
(完成しました〜!未完で投げててすみませんでした……!!)

 清廉潔白たれとは誰が言ったか。
 果たして純潔の定義とは何処にある。
 母曰く、結婚こそが至上の幸せと固定観念のように呟くのに辟易した私は家を出た。切っても切れない我々らの生活習慣たる祈りの為、十字架のネックレスだけは携えて。
 決して自身の性別や顔の分からぬよう、プレートメイルに身を包んで各地を旅した。かなりの重さがあったが、いつの日か体の一部のように軽く感じ始めた。
 この国に深く根付いた宗教には、婚前の女性は異性との交わりを禁じる戒律が存在している。実際の記述は"女性は純潔でなくてはいけない"といった具合だが、実質的にはこうなっている。口の大きい人の解釈に皆々が同調して、人々を縛る。枷というよりかは、鎖のようだ。連なり、連なり、取り囲み、縛り付ける。

「……ということは、ナイトさんではなくて家出少女だった、ということですの?」

「ナイトさん呼びで結構だ。少女なんて歳じゃない」

「へぇ。それで、結婚が嫌いだと仰ってたのに、なぜ左手薬指には大層なものを?」

「……目聡いシスターだな」

 擦り切れそうな手甲の皮に、ほんの僅かな指輪の膨らみ。
 嫌いだったのは、あくまでも母親や兄弟姉妹、親戚、友人、様々な人間……そして、言い寄ってくる人々が語る傀儡のような結婚であった。
 結婚こそが至上の幸せ――否、幸福の定義は人それぞれだというのに、全くもって押し付けがましい! ああ、忌々しい。
 それで……旅の果てに、花屋の少女と出会う。

「ああ、なるほどね。ええ、ええ、その子と結婚したのね」

「おい」

「続けてくださっていいわよ、最期まで」

 恐らく今の動きは……ウインクをしたつもりだったのだろう。この修道女は目隠ししているくせに、何をしたいんだ。
 それで、その花屋の娘もまた家族や周囲の人々に結婚を押し付けられようとしていた。望まない結婚をさせられようとしていたのだ。
 あまりにも私の昔の境遇に似通っていて、心が苦しくなって……どうしても私は力になりたかった。何度も話を聞いて、涙目の彼女を同じだけ慰め……それから、ある晩に彼女を連れ出した。

「ふーん……出身って、貴方かなりの北西よね。で、今は地の果ての南東まで来て。それでー……ええと、花の名産は数多いけど」

「内地は詳しくないだろ。彼女の村は南南西の山地だ」

「あら〜、なるほどね。山は嫌いで調べてなかったわ! メルシー、ナイトさん」

 長く2人で逃避行をした。
 山地という地形、村という経済状況を加味すると今までそう遠くに出かける機会が無かったらしく、始めの1年半ほどは毎日が楽しそうだった。
 だが、人間は渡り鳥ではない。

「家を求めたのね。きっと優しい人類ですから、2人の家をね」

「……気色悪いまでに察しが良いな。今まで言葉通りにだけ受け止めて何百人と破滅させてきた×××な×××が、今更人心を解したつもりか」

「ええ、そのつもり。ですから再婚相手には、私が最適ですわよ」

「×××野郎がっ……」

 とある街に留まったとき、随分遠くまで来たんだからもう羽を休ませるべきだと彼女が私を諭した。新品だったプレートメイルも、輝きが鈍るほど傷まみれになっており、端は何箇所も欠けていた。
 確かに、もう我々らは休むべきだろう。宿の一室を借りつつ仕事を始め、数年後にはこじんまりとした小さな家を買うに至る。
 幸せだった。とても幸せだった。二人きりの時間が更に親密な物となっていた。
 好きな人と二人きりでいる。これこそが幸せだ。

「でも、それは死が二人を分かつまでの話よね」

 記憶に深く刻まれている。
 同性では式をあげることを赦されておらず、致し方なく指輪を互いに身に着けることで契約ではなく記憶による永遠の誓いをする事とした。
 そう、したかった。
 早春の日、指輪を握りしめて家路についていた時、馬車を見かけた。
 胸騒ぎがした。

「ふーん。もしかして村で結婚を迫ってきていた人らの誰か?」

「……自分の面子を潰されたと、家へ半狂乱の男が押し入ってきた。粗末なサーベルだったが、か弱い女性を死に至らせるのには十二分だ 

「あらあら、それでそれで?」

 残念ながら、記憶はここからはほとんど曖昧だった。
 彼女を自らの手で埋葬したのは確かだが、他はどうしたのか覚えていない。
 そこからしばらくしてから、再び私は旅に出ることを決意した。小さな家とはいったが、彼女がいないと……かなり、広くて、苦しかったからだ、
 増えてしまった荷物の大半は置いてきて、写真や思い出の品を数多くを身に着けた。しばらくロクに使っていなかったプレートメイルも新調した。
 そこからは……また数年して、シスター、お前に出会った。

「へえ……良い暇つぶしになったわ。ありがとねナイトさん」

「ふん……」

 こいつは喪失をなんだと思っているのか。理解は……し難い。
 だが、この記憶が私に与えた幸せの価値観と喪失の苦しみは、人生経験の大きな物の一つであることは確かだ。
 ごう、と風が吹き荒ぶ。

「ねえ、ナイトさんは幸せって何だと思うかしら」

「それは既に気に入った思い出の反芻でしか得られない」

「ふふ。そういうところが私のようなモノを寄せ付けるのよ」

12/26/2025, 5:28:17 PM

雪明りの夜(迷走した)

 ——戦争はついに終わりを告げた。我々の勝利だ。高らかに誇れ!

 帝王の遠距離放送は鼓膜を突き破らんばかりの音量であったが、敵将を見下ろす者は微動だにしなかった。
 幾年経ったかと、前線で唯一生き残った騎士はそう考えるだけの理性は残されていない。命令のままに大剣を軽々と振るい、文字通り一騎当千の働きを担ってきた。しかし一人、また一人と戦友は去っていく。
 騎士には家族が居た。夫が一人、娘が二人、息子が一人。結婚記念日にドギマギした事も、初めて我が子を抱き締めたことも、それどころか顔も名前も存在も血塗れの記憶に埋もれてしまった。

 大広間での一騎打ちを制した騎士は、ゆっくりと動き出した、
 鎧に括り付けられ、一部は鎖状になった数キロの識別タグが互いにぶつかり合ってじゃらりと金属音を鳴らす。そして一歩踏ましめた時、やっと騎士は気がつく。絢爛であっただろう大広間の天井は崩落しており、雪がしんしんと降っていることに。ふわりとした新雪に深々とした足跡が付いた。空を見上げれば満月が燦然と輝いており、地上を照らす。

「……あっ」

 掠れていてもなお可憐な、乙女の声が漏れ出る。
 照明器具も全て戦いの中で砕け散らせたというのに、雪に反射した月光が辺りを照らしていた。ぼんやりと、それでいて幻想的に、
 恐らく、騎士は戻れば数多の勲章を受け取るだろう。だが誰もこの雪明りのように寄り添ってくれることはない。何千何万もの血に塗れた人間を、人間として扱う者は居ないのだ。
 再び騎士は動かなくなる。筆舌に尽くしたい感情の奔流に立ち尽くしているのだ。

「帰還せよ、ね……」

 数週間ぶりに大剣を鞘にしまう、
 全体に異物がこびりついていたが、力付くで鞘に押し込むと全て剥がれ落ちる。

「ふんふんふふーん……♪」

 幾年ぶりにする鼻歌は彼女だけの記憶となり、どの楽章にも残らない。
 雪明かりの夜、騎士は初めて命令に背いた、

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