8月、君に会いたい(本日誕生日の身だったので、眠る前に……書きたいものが長すぎてやや乱雑かも)
柑橘系の香りがふわりとした。君の名前を思い出す。
都内のコンクリートの乱立の中、ふと足を止めることなんて早々無い。
日々、何かに追われるようにして過ごし、そして時には静かに競争社会に呆れた人が自ら望んで暗闇に身を投じる。逃げる、辞める、なんていうけれど、私からしてみたらあの先は深淵でしかない。
だが、どちらの人間も五味豊かな青春を過ごしていよう。
脳裏に過った君。最後に会ったのは、今日よりも涼しい故郷だった。
捜査一課に勤める私は、片田舎の無鉄砲な子供に過ぎなかった。
テレビに感化されて出稼ぎで出たきりの若者ばかり増えたせいで、過疎化は進んで学舎には私と君だけだった。
私と君が証書を受け取れば、もう寺子屋から始まった高校の歴史は幕を閉ざす。
悲しさと寂しさが占めた胸中には、老朽化の進んだ図書室から眺めた校庭との別れよりも、君と離れ離れになる事実のほうが遥かに大きかった。
春の陽気と桜に微笑む君。夏の川辺で白いワンピースと麦わら帽子の君。紅葉によりも綺麗だった君。雪に降られて鼻も頬も冷たかった君。
自身が警察学校へ行くと決めた時から決まっていた別離だというのに、苦しくてたまらなかった。
ふと私と君ばかりの卒業アルバムを見て、真っ直ぐ純真な笑みの君を見ては、いつかまた巡り会おうと思っていた。
だからこそ、昼休憩中にテレビに映った君に驚いた。
『本日未明、〇〇村で14人が死亡、3人が意識不明の重体になる事件が起こりました』
私の故郷だった。
何知らぬ顔の同僚がインスタント食品を啜る中、私は呆然と箸を置いた。
朝から忙しくて何一つたりとも情報を仕入れることも出来ず、今になってやっと知り得た。学生の頃は20人はいて、私と君がいなくなって、18人。しばらくして、向かいの家の人が癌で亡くなって17人。
みんなだ。みんな。おふくろも、親父も、みんなだ。
寂しさ、それに勝ったのは怒り。
握りしめた手が震える中、携帯が震える。
『〇〇村惨殺事件、まだメディアに回していないが犯人はあすでに自首済みだ』
『私の生まれを知ってのご連絡でしょうか』
『いいや。そいつの口からお前の名が出たからさ。ほら、この顔見覚えあるだろう、と』
背筋が凍った。
笑顔の君がいた。
『この女が惨殺を企てたそうだ。お前と会いたくて、だそうで』
『……連絡がねぇな。とりあえず、落ち着いたら連絡寄越せ。面会のセットをしてやる』
また柑橘系の香りがした。
彼女の匂いに近いけれど、甘ったるい。
私はどんな表情で彼女に会えばいいのか。無点灯のスマホ画面に映った自身の顔は酷い有様で、死神に憑かれたようだった。
ただ言えることは、8月2日――今日は君と面会する予定だ。旧知との再会であり、事件解明に向けた真実への一歩であり、なによりも彼女のことを知らなくてはいけなかった。
はやく、君に会いたい。
8/1/2025, 5:23:28 PM