私にとって幸せっていうのは、君と美味しいごはんを食べることだよ。
彼女は目を猫のように細めて言う。
それはよかった、と僕は心にもないことを言って皿を片付けた。彼女は食べ終えると、当然のように席を立ってスマホゲームを始めた。ゲームのタイトルは知っている。
「ときめきぷりん⭐︎プリンス・ファイナル」
流行りの乙女ゲームらしく、いよいよゲームも終盤らしい。推しのプリンスに貢ぎに貢ぎ、彼女は僕が二十歳からコツコツ貯めてきた貯蓄をも貪り始めた。寝る間も惜しみ、仕事もせず、画面の中の推しを見つめる。その目に、僕はもう映っていない。
彼女の幸せは、画面の中にある。
僕との幸せは、もうどうでもいいみたいだった。
*
エンディング間近、彼女は首を括った。
「彼のいない世界なんて、考えられない」
真っ白な紙に、それだけ書いて。
「彼」は、僕じゃない。
彼女の「幸せ」は、僕と紡ぐ日々じゃなかった。
やっぱり、と頬を緩める。
遺品のスマホを開いて「彼」と対峙した。
持ち得る総ての金を用いて、憎い「彼」を不幸にしてやろう。
その後、僕も首を括ろう。
彼女のもとにいこう。
それが今の僕にとっては一番の幸せなのだ。
太陽が水平線から顔を出した。
彼女の顔が陽光に照らされて眩しい。
そうでなくても、あなたは眩しいのに。
「カナコは、どうしたい?」
彼女は聞くけど、そんなの決まってる。
「あなたにまかせるわ」
分かった、と彼女は上機嫌そうに頷く。
「じゃあ私、オーディション、受けるわ」
あなたの分まで、頑張るから。
彼女は声高々に言った。
私には……おそらく彼女にも、未来は見えていた。
彼女は、すぐさま脚光を浴びて有名な女優になる。
怪我で主演辞退を余儀なくされた私を見捨てて。
未来は、見えていた。
だから……
お願い。
もうこれ以上、眩しくならないで。
彼女の背中を、ありったけの憎しみを込めて前に押し出した。
今年はおっきな小説の賞をとりたい。
天真爛漫な彼女は私の気持ちを考えもせずに、今年の抱負を述べた。
何をほざいてるのかしら。まだ十万字も書いたことないくせに。口だけは達者ね。
心の中で侮辱していた。
私よりさきにあの子がデビューするなんて。
そんな馬鹿な話ない。
こちとら15年も書いてるんだぞ。
噛む爪もなくなって、肉まで到達していた。
そんなこと、あってたまるか。
そんなこと……。
*
*
*
半年後。
彼女は新人賞をとった。
私は楽になるお薬の準備を始めた。
明けましておめでとう。
おばあちゃんにとびっきりの笑顔で言った。
はいはい、おめでとう。
そういっておばあちゃんはぼくにぽち袋を渡してくれた。
中身を確認すると1000円。
小学生を舐めてるの?
思いっきり目の前で破り捨てて泣いてやった。
ぼくはまだまだ可愛い孫。
そうでしょ?おばあちゃん。
唖然として立ち尽くす彼女を挑発するように、泣き声を大きくしてゆく。
良いお年を。
マミちゃんに言った。
彼女はくしゃっと顔を歪めた。
良いお年を。
彼女も呼応するように言った。彼女のマフラーはおろしたてで真っ白。
許せなかった。
彼女の首にナイフを差し込んだ。
許せなかった。
彼は、私のものだったのに。
あんたなんかに奪われてしまった。
あんたなんかに良い年なんか、来るわけないじゃん。
「ざまぁ」
彼女の血はぬくかった。
もうすぐ、今年が終わる。