ブランコに乗る人を押す係にニンメイされた。
なんでわたしなのかは分からないけれど、今日突然そういうことになったらしい。ミチコちゃんが言ってた。
あなたは乗る人乗る人の背中をゆっくり押してあげるの。そうして勢いがついた頃にそっと抜けてあげるといいわ。
ミチコちゃんはおねえさんみたいに言った。わたしはミチコちゃんみたいになりたいと思ったから、その係を勿論セッキョクテキにした。
ブランコ、みんな乗ってください。
ブランコ、楽しいよ。
ブランコ、押してあげるよ。
来る人来る人に優しくしてあげて、そっと背中を押したげるの。とってもやりがいがあった。
でもね、つまんなくなっちゃった。だってミチコちゃんはいないんだもん。いつもわたしをブランコに置いて、自分はほかのお友達とお砂場で遊ぶんだもん。
あるとき、ミチコちゃんがお友達を連れてブランコに来た。
私の背中を押してちょうだい。
ミチコちゃんは相変わらずおねえさんみたいに指図した。むかついたから、ブランコの勢いが乗ってきたタイミングで、思いっきり突き飛ばした。
ミチコちゃんは動かなくなっちゃった。
まぁいっか。
ミチコちゃんのお友達に話しかける。
「今日からミチコちゃんがブランコの係になったからね。わたしが遊んであげるわ」
おねえさんみたいに話してみた。ねぇ、どうかな?
ねぇ、どうしてそんな怖い顔してるの?
長い長い旅路の果てに手に入れたのは1枚の地図だった。女神は私に告げる。
「あなたは旅に出るのです」
何を馬鹿な……。
私はこれまで身を擦り減らして旅をしてきたというのに。山の女神が持つ宝を求めて、ここまで来たというのに。その宝が、地図だと……?
「この地図の赤い矢印がある場所に、本当の宝が眠っています」
さぁ、お行きなさい、彼女は洞窟の出口を指差す。
そんな……これからまたあの危険な旅をしなくてはならないのか。そんな、そんなことあってたまるか!?
私はきっと女神を睨んだ。
すると彼女は微笑みを浮かべたまま言った。
「人の子よ、神に反抗するとは、愚かですね」
彼女は持っていた杖を回し始めた。すると時空が歪み、別の世界が見える。これは……。数多の金銀財宝、あぁ、これこそが……宝なのか。
私が手を伸ばそうとした時、彼女は杖を振り上げた。振り下ろすと同時に財宝は崩れ落ち、形をなくしてゆく。総てが塵になった後で、微笑みを崩さぬまま彼女は言った。
「あなたのこれまでの人生は、今、総て、無意味なものになりました」
「あなたにこれを届けてくれと頼まれましてね」
男は私に箱を手渡してからそそくさとオフィスから出ていった。まったく、何なのだろう。配達員ではないようだけど、オフィスに勝手に潜り込んで警備員に捕まらないなんてありえないから、それなりの用があってここを訪れたのだろうが……仕事場に届けるということは仕事関係だろうか。しかしまったく記憶にない。少し重ための小箱。一体何が入っているのかしら。カッターでテープを裂いて箱を上げると、中には何も入っていなかった。隅々まで見回しても紙切れ一枚さえ入っていない。
「まったく、何なのよ」
とその小箱を後輩社員に始末するよう頼んで、会議に向かった。それにしてもあの男、一体何者だったのだろう。彼の口ぶりからするに、あれは彼からの、というより誰かに頼まれたようだったが。あんな男、会社では見たことない。やっぱりタチの悪いいたずらかしら、と舌打ちしてエレベーターに乗る。すると2階で人が入ってきた。あの男だった。彼は気味の悪い笑みを浮かべて私を見ている。
「どうでしたか?贈り物は」
「な、何よ、あんた。別に何も入ってなかったじゃない」
というと、おやおやと彼は愉快そうに言って次の階で降りた。
会議中、けたたましいサイレンの音がして、それが我が社であることが分かった。話を聞くと私のデスクがあるフロアで突然倒れた人がいたようだった。三人が運ばれていき、その中には、私が小箱を託した後輩もいた。原因は不明。三人とも、その日のうちに病院で息を引き取った。
私はあの箱の中身を悟った。私は間一髪で危機を逃れたのだろう。運がいいわ、と鼻歌混じりに退社した。
翌日もまたあの男が私の元にやってきて、箱を渡してきた。私はその箱を、昨日の会議で私の案にダメ出しした部長に渡してあげた。彼はその箱の軽さに一瞬戸惑っていたが、私は微笑みを浮かべて言った。
「あなたに、届けたくって」
I LOVE……
知らない男から届いた手紙に
I HATE……
と赤い文字で書いてドアに貼り付けてやる。
あたしは心底気持ちよくなって部屋に引き下がった。すると、またパサ、と紙が落ちる音がした。同じように手紙が入っている。
I LOVE……
まったく誰が入れて入れてくるのかしら、とドアを開けてみたけど、誰もいない。また同じように赤い字で書いてやる。
I HATE……
そのやり取りは朝まで続いて、私のドアは張り紙で一杯になった。近所では血迷っているのだと噂された。
私は親切な自分が好きになって、愚かな自分が嫌いになって、総てにMEをつけた。
すると次に開けたときには、律儀にLOVEの方だけ、黒いマーカーでYOUと書き直されていた。
私はそれを書いた人にうっかり恋しかけた。危ない危ない、と張り紙を剥がしてゆく。私はその瞬間戦慄した。
ドアにスプレーが直にかかれていたのだ。
「あいしてる」、と。
私は赤いスプレーを買いに行って、その上に
「ごめんなさい」と書き直した。得体の知れない誰かとのやり取りは、それきりだった。