見咲影弥

Open App

「あなたにこれを届けてくれと頼まれましてね」
男は私に箱を手渡してからそそくさとオフィスから出ていった。まったく、何なのだろう。配達員ではないようだけど、オフィスに勝手に潜り込んで警備員に捕まらないなんてありえないから、それなりの用があってここを訪れたのだろうが……仕事場に届けるということは仕事関係だろうか。しかしまったく記憶にない。少し重ための小箱。一体何が入っているのかしら。カッターでテープを裂いて箱を上げると、中には何も入っていなかった。隅々まで見回しても紙切れ一枚さえ入っていない。
「まったく、何なのよ」
とその小箱を後輩社員に始末するよう頼んで、会議に向かった。それにしてもあの男、一体何者だったのだろう。彼の口ぶりからするに、あれは彼からの、というより誰かに頼まれたようだったが。あんな男、会社では見たことない。やっぱりタチの悪いいたずらかしら、と舌打ちしてエレベーターに乗る。すると2階で人が入ってきた。あの男だった。彼は気味の悪い笑みを浮かべて私を見ている。
「どうでしたか?贈り物は」
「な、何よ、あんた。別に何も入ってなかったじゃない」
というと、おやおやと彼は愉快そうに言って次の階で降りた。

 会議中、けたたましいサイレンの音がして、それが我が社であることが分かった。話を聞くと私のデスクがあるフロアで突然倒れた人がいたようだった。三人が運ばれていき、その中には、私が小箱を託した後輩もいた。原因は不明。三人とも、その日のうちに病院で息を引き取った。

 私はあの箱の中身を悟った。私は間一髪で危機を逃れたのだろう。運がいいわ、と鼻歌混じりに退社した。

 翌日もまたあの男が私の元にやってきて、箱を渡してきた。私はその箱を、昨日の会議で私の案にダメ出しした部長に渡してあげた。彼はその箱の軽さに一瞬戸惑っていたが、私は微笑みを浮かべて言った。

「あなたに、届けたくって」

1/31/2024, 7:38:55 AM