私の理想は、竹やぶの森の中で、静寂に包まれながら本を読める空間に引っ越すことである。
しかし、現実的に考えると幾つかの必要条件がある。
第一にライフラインが整っていること、第二に毎日食料を宅配などで補給してもらえること、第三に身の回りの世話をしてくれる人がいること、第四に近くに医療機関があることである。
快適な空間に住むことができても、これらの条件がなければ快適な生活は望めない。
つい現実的に考えてしまうので、夢もロマンもないのだが、このような贅沢な隠居生活のコストは高くつくのだろう。そもそも不可能だ。無理がある。
だから、空想でこの桃源郷を楽しむしかないのだろう。
騒々しい都会のど真ん中で暮らしていると、静寂がどれほど贅沢なものかがわかってくる。
ああ、悲しいかな。今夜も酔っ払いの叫び声が聞こえてくる。
前回の投稿で、私の本質は灯火と月と言いました。
今回は、灯火の側面がいかに怖いかを示してみます。
それは、我慢して我慢してもう限界に達したときに大火事となって現れます。
ある会社で人間関係に悩みながも、何とか通勤だけはしていました。既に適応障害又は鬱病になっていましたが病院に行く気力もなく、会社を辞めるエネルギーさえなくなっていましたので、少し新たなストレスが加わると立ち上がれないほどの状態でした。
そこに社員旅行というイベントがせまってきていましたが、行く気になれず何も準備していませんでした。社員旅行の前日がちょうど休日だったので、いざとなったら必要な買い物などの準備をその一日でしようと思ってもいました。
しかし、その前日に上司から急遽休日出勤を頼まれました。嫌ですとは言いましたが聞き入れてもらえず出勤することに。
帰りも遅くなり、そこから社員旅行の準備は深夜から朝方までかかり、迂闊にも出発の2時間前に寝てしまいました。当然寝坊し、すぐに出発しましたが、当時は携帯電話もなく、何も連絡できずに1時間以上遅れて会社に着きました。
遠くから見てみると、高速バスが何台も止まっており、みんな席に着いており、誰かを待っていました。そこには社長や専務などの重役もいたと思います。そんなところへ飛び込む勇気もなく、私は道端にうなだれて倒れてしまいました。今までの緊張の糸がプツンと切れて、頭の中が真っ白になってしまいました。既に欝で弱っていた私はもちろん合理的判断などできるわけもなく、失踪しました。
その後の失踪生活のお話は、機会があったら投稿したいと思います。
ここで言えることは、火の性質を持つ人間が切れてしまったら自らをも含めて全てを焼き尽くす恐れがあるということです。
四柱推命で占うと、私の本質は丁であるとされている。
丁(ひのと)とは、灯火や月の性質を持つ天干である。
月は、ミステリアスで、様々な形に見え、人の心を癒す。
また、薄明るく道を照らし、人を静かに見守る。
そんな本質を持っているらしい。
もっと存在感のある天干はある。大樹、太陽、山、海などの天干は、強くスケールが大きいのでカッコいい。
しかし、私は自分の天干が好きである。
灯火や月は、静かだが内に強い情熱を持つ。
周りが暗くなると、その存在感の大きさがわかる。
平時では目立たないが、いざという時に道を示してくれるのである。
また、頭脳派で参謀タイプとも言われる。
人にコンサルタントやカウンセルするような仕事が合っているかもしれない。
今の私の仕事に当てはまる。たぶん向いているのだろう。
しかし、今まで向いていない仕事を何種類もして来て、やっとこの仕事に就くことができたのだから、最初から四柱推命で自分を占っていたならもっと楽な人生になったかもしれない。
所詮は占いなので、自分に都合のよいところだけしか信じないようにしているが、それにしても四柱推命はよく当たるような気がする。
最近は、夜月を見上げるとき、お月様は他人には見えなくなった。
あんな美しいお月様になれたら、きっと人の役にも立てるのだろう。
いや、そんな存在にならなければならない。
それが私の使命なのだから。
人生を旅に例える人もいるだろう。
しかし、私にはとてもそうとは思えない。
あまりにも長い間、同じ場所に留まっているように思える。
人生のライフイベントから外れてしまったからかもしれない。
就職以下、結婚、出産、育児、昇進、昇給、住宅の購入などのお決まりコースとは無縁の人生。
一方で、失業、病気、死別などのマイナスのライフイベントはしてきた。
水は溜まりすぎると腐ってしまう。
確かにストレスフルだ。
今も、旅行になど行く余裕はない。
専門職の宿命なのだが、いい年して毎日猛勉強している。
己を磨き続けなければ仕事にならないからだ。
恋愛も、趣味も、先送りなのだが、年をとってしまい過ぎると、これも後悔しそうである。
本当に晩年期に花が咲くのか?
とにかく、自分を大器晩成タイプだと信じたい。
確かに、いつの間にかモノクロの世界になっていた。
いつからだろう。
学生の頃は、きちんと色がついていたと思う。
やはり、社会人になってからだ。
私の場合、社会人になってから運が下降していった。
今までの自由な生き方や、自由な考え方がことごとく否定されたところから、自信を失い、道に迷ってしまったのだ。
ひとつ道を踏み外しただけで、正道には戻れなくなる。
長い間、底辺を這いつくばって何とか生きてきた。
絶望という長いトンネルにいながらも、いつか必ず一花咲かせられると信じて。
しかし、いまだに世界はモノクロにしか見えない。
おそらく、まだ努力が足りないのだろう。
とはいえ、あの頃のような絶望感はない。
それは、世の中が変わってきたからだ。
あの頃の社会が遅れていたのであり、やっと私のレベルに社会が追いついてきただけだったというのが分かったからだ。
私の世界がカラーになる日は、そう遠くではないような気がする。