うどん巫女

Open App
8/5/2023, 9:17:00 AM

つまらないことでも(2023.8.4)

帰り道、友人の後ろ姿を見かけて声をかけようとして、その隣に人影を見つけて、口にしかけた言葉が空気に溶けた。
別に声をかけたってあの子は気にしないだろうし、込み入った話をしているなら邪魔しないように軽く挨拶をして通り過ぎればいいだけだ。あの子は、そういう子だ。わかっているけれど、なぜだか私は、息を潜めて、前を行く二つの人影が見えなくなるまで俯いていた。
次の日、昨日のことをあの子に話したら、「え、声かけてくれたらよかったのに」って。やっぱり、そんなに気にすることじゃなかった。
そんなことはわかってた、わかってたけど、私の隣にいない君は、なんだか私の知らない君みたいで。
「なんて声かけていいかわかんなくてさ、つまんないことしか言えなさそうだし?」なんておどけてみせた私に、「つまらないことでもいいじゃん、一緒に帰れたらよかったのに」って言う君。
そうなんだけど、そうじゃないんだ。きっとこれは子どもっぽい気持ちで、無理に名づけるとしたら「嫉妬」や「独占欲」なのかもしれない。
ただ、私以外の人に笑いかけないで、なんて、言えるわけがないから。
だから私は今日も、わざとらしい笑みを貼り付けて、君の友達という道化になるんだ。そうすればするほど、君に相応しくない私になるのに。

8/4/2023, 6:49:47 AM

目が覚めるまでに(2023.8.3)

人は、眠りについてから目覚めるまでに、いろいろな夢を見ているらしい。ただ、その全てを覚えておくことはなかなか難しいようで、起きた時には夢の内容を断片的にしか思い出せないということがほとんどだろう。
夢というのは、夢をみる者の記憶や潜在的思考からつくられるため、きっと現実に限りなく近い夢も多々あるだろう。一夜の夢の中で、一人の人間の生涯を体験している、なんてことも否定できない。
もしかしたら、今こうして悩み苦しみ嘆き時に笑う人生も、自分ないし誰かのひとときの夢に過ぎないのかもしれない。(こういう考え方を『胡蝶の夢』というのだったか)けれども、自分にとっては、今生きているこの人生こそが現実であり、他人から見て夢であろうとなんだろうと、苦しいものは苦しいし、嬉しいものは嬉しいのである。
そうやって考えながら生きていると、少しは気が楽になるのではないだろうか。

8/2/2023, 10:27:47 AM

もし、明日晴れたら(2023.8.1)

朝起きて、薄暗いカーテンの向こうに嫌な予感を覚える。窓の向こうは、案の定雨だった。
「マジかぁ…」
今日は友達と遠出の約束だったのに……。落胆しつつ枕元のスマホを確認すると、メッセージ通知が一件。
『雨、降っちゃいましたねぇ』
メッセージ主の言っている様子が想像できるような、のんびりとした口調に、私は思わず笑ってしまった。
『降っちゃいましたねぇ』
同じように、どこか気の抜けた口調で返す。
『今日のお出かけ、どうする?』
『うーん…雨もけっこう激しいから、やめときましょうかねぇ』
『そっか、了解』
一通り会話を終えて、はぁ、と一つため息をつく。わかってはいたけれど、やっぱり遠出は無くなってしまって、とても残念だ…。
と、終わったと思った会話に、返信が来た。
『それじゃあ、もし明日晴れたら、君に告白するから、楽しみにしといてねぇ』
「…え?」
シュパッとメッセージに楽しげなスタンプが続いたけれど、私は大混乱の中だった。
え?告白??女子同士…いや、そんなこと気にする時代じゃないし、私も嫌じゃないけど…えぇ?!
困惑する私をよそに、空は少しずつ明るみつつあった。
明日はきっと、晴れるだろう。

病室(2023.8.2)

私は生来幸運なことに大病やら大怪我やらに襲われたことはないため、病室なんてものはそれこそ自分がこの世に生み落とされたときにぐらいしかお世話になったことがない。だから、病室に関する記憶はもっぱら他人の入院に付随するものだ。
天寿を全うする間際、病室のベッドに力無く横たわる曽祖父。嬉しそうに、生まれたばかりの赤子を見つめる叔母。そういった、相反する経験しかないのである。
つまりは、私にとっては病室とは生と死の象徴であって、なんとも近づきたくない場所だということだ。

8/1/2023, 7:28:26 AM

だから、一人でいたい。(2023.7.31)

あのね、私ね、あなたに伝えられなかったことがあるの。これをあなたが読む日が来るかどうかはわからないけれど、私の気持ちをどうしても飲み込めないから。
あなたに伝えられなかったこと。あなたのことが好きだってこと。こんな私に優しくしてくれて、不意に見せる真剣な顔を素敵だと思ってること。「失恋しちゃった」って言ったら、とても心配してくれる優しいあなたを見るのが、とってもつらいってこと。
伝えられなかった。言ったって、どうにもならないって、言えるわけないって、思ったから。
きっとそれが、あなたをとても傷つけてしまった。「一人にして」って私が言ったときのあなたの顔、きっと一生忘れられない。
でもね、でもね、あなたの優しさは、今の私には毒だから。
だから、今は、一人でいたい。

7/31/2023, 7:01:13 AM

澄んだ瞳(2023.7.30)

俺は犬だ。「名前」とかいう人間が他の犬と俺を識別するための呼び方はいくつかあったが、そのどれもしっくりこないから、自分のことは「犬」と呼んでいる。
一口に犬と言っても種類があるじゃないかと抜かす奴がいるが、基本的に目鼻口耳尻尾があってワンと鳴く奴はみんな犬だ。まぁ、俺を見た人間は大体「なんかふてぶてしい顔をした犬だな」と言うから、そういうもんなんだろう。
俺の一日は狭っ苦しいガラスケースの中で始まり、そして終わる。そのケースの目の前をいろんな人間が通って、こっちを指差したりガラスを叩いたりと好き勝手やってくれる。昔、隣のケースにいたじいさんの犬に聞いた話だと、人間はここで俺たち犬やら猫やらを、「カネ」とかいうやつと交換しているらしい。「カネ」はたまに人間が持っているのを見るが、どう見たって食えも遊べもしなさそうなあの紙っ切れやら石ころやらをもらって何が嬉しいのやら。頭のよろしい人間様の考えることは全くわからない。
さて、このなんともつまらない毎日だが、もちろんいつか終わりはある。人間様に不人気な奴は、いつしかケースから出されて、どこかに連れていかれるのだ。まぁ、十中八九殺されるのだろう。そしてその条件は、俺にもピッタリ当てはまっていた。いつも俺にエサを運んでくる人間が、やたら憐れみを込めた目で俺を見ながら、コソコソと人間同士で話している。もうすぐ俺にも順番が回ってくるってことだろう。特に悔いもないが、クソッタレな生涯だったな。
そう思っていた次の日、俺のケースの前にメスの人間の子供が来た。大体の子供は俺に興味を持たないか、俺の見た目について可愛くないだのなんだのと騒ぎ立てるが、こいつは違った。ただただ、俺の方をじっと見つめていた。あの人間とは思えない、澄んだ瞳だった。
そのとき、メスの人間の子供の親らしき人間二人がこちらにやってきた。この二人はどちらも人間らしい、というか人間の中でも特に濁り切った目をしていて、全く子供と似つかなかった。親のうちのメスの方はオスに媚びるように寄りかかっていた。
「サキ、こいつがいいの?こんなのやめとけば?」
「……このこがいい」
「そ。じゃあ店員さん、この犬でお願いします」
親子は何やら会話をすると親の方は俺に興味を無くしたようで、手に持っている薄い板をいじり始めた。子供の方はまだ俺の方を見ていて、どうやら自分は「買われた」らしいと俺が気づいた時も、俺にじっと付き添っていた。
「…ごめんね、ママはとってもこわいけど、わたしがちゃんとまもるから。おせわもするから」
人間の言葉は俺には理解できないが、その子供の言葉は、なんだかあたたかいような気がした。

Next