祭り(2023.7.28)
暇だったので、近所の夏祭りに顔を出してみた。
特に知り合いもおらず、あてもなくぶらぶらと歩き回る。祭りの時期になると、寂れた田舎町のどこにこんなに人がいたのだろうかというほどの人が集まるのは、煩わしくもあるがなかなか壮観だ。
りんご飴、わたがし、射的に金魚掬い…おおよそ祭りと聞いて想像する屋台がずらーっと並んで、はしゃぐ子どもに手を焼く親子や、浴衣で寄り添うカップルなどで賑わっている。
と、そのとき、誰かにTシャツの裾を引かれたような気がした。気のせいかとも思ったが、振り返ってみると、真っ赤な浴衣を着た小柄な少女だった。朱色の浴衣の縁に白いレースが風にひらひら揺れる。
「おにーさん、おまつり、たのしい?」
見た目通りの幼なげな声が問う。別に楽しいとは感じていなかったが、それを正直にこんな幼子に伝えていいものか迷っていると、少女は再び口を開く。
「わたしが、おまつりあんないしてあげるよ」
そう言うと、突然手を引かれて、前につんのめりながら少女に連れていかれる。
先ほどは冷やかしただけだった屋台を一つ一つ回っていく。幸い、手持ちはたくさん持っていたので、りんご飴やわたあめなどを少女とわけあいながら射的やヨーヨー掬いなどに勤しんだ。冷やかすだけだったときには子どもの遊びだと冷めた目で見ていた屋台も、ちゃんとやってみると案外楽しい。
横を見ると、少女も楽しそうに笑っている。なんの関係もない少女ではあるが、その様子を見てこちらもなんだか嬉しくなった。
少女は最後に、金魚掬いの屋台の前で立ち止まった。
「おにーさん、きんぎょ、すくってあげて」
そう言うと、突然少女は人混みに消えてしまった。慌てて追いかけようとするが、あの朱色の浴衣の欠片すら見えなくて、諦めた。
「掬ってあげる」…妙な言い回しに違和感を覚えたものの、店主からポイをもらって挑戦してみる。祭りも終わりに近づいているからだろう、数の少なくなった赤や黒の金魚がすいすいと泳いでいる。昔ネットか何かで見た金魚掬いのコツを思い出しつつ、ポイを入水させる。ひときわ朱色が鮮やかな金魚に狙いを定めて、一思いに掬う。
ポイは破れてしまった。
うなだれると、店主は笑いながら、その金魚を水の入った袋に入れて渡してくれた。
そのとき、ふと、祭りが終わった後に残った金魚はどうなるのだろうかと思った。また別の祭りの金魚掬いに行くのだろうか。
店主に尋ねると、一度屋台に出した金魚は弱ってしまうので、残念ながら処分してしまうそうだ。
頭の中に、先ほどの少女の声が響く。
『おにいさん、きんぎょ、すくってあげて』
気づいたら、店主に祭りの後に残った金魚を譲ってもらう約束をしていた。
祭り会場を一度離れて、ホームセンターで金魚の水槽などを買い揃えながら、こんなの偽善だよな、なんて考える。全国各地で祭りは行われているし、その度に金魚は処分されるだろう。今回の祭りの金魚だけをすくったところで……しかし、あの少女の言葉と、澄んだ瞳が頭から離れないのだ。
金魚の飼育にかかる費用を計算しながら、祭囃子へと足を向けた。
嵐が来ようとも(2023.7.29)
きみの人生は、きっと、山あり谷ありなんて言葉じゃ片付けられないもので
心から笑える日も、どうしようもなく涙が止まらない日も、あるだろうけれど
たとえ、理不尽に理不尽が重なって、人生のどん底に嵐が来ようとも
逃げてもいい、立ち止まってもいいから
前を向くことを諦めないでほしい
神様が舞い降りてきて、こう言った(2023.7.27)
ある日、神様が舞い降りてきて、こう言った。
『そなたの願いを一つ叶えてやろう。明日のこの時間までに、願いを考えておくがいい』
「…って夢を見たんだよ」
「夢かよ」
あっけらかんと述べた俺に、目の前の少年、ユウタは少し呆れたように答える。
「まぁ夢は夢なんだけど、今日の夜同じ夢を見ないとも限らないし、ユウタなら何を願うか聞きたいなぁと」
「えー…?」
ユウタは困ったように首を大きく傾げて、長考する。
「うーん…特に欲しいものもないし、今のまま幸せに暮らせますように、ってぐらいか?」
「なるほど、枯れてんな」
「悪かったな、夢がなくて。そういうお前は、何を願うつもりなんだよ?」
「願うつもりっていうか…もう願ったよ」
「は?」
「『ユウタが生きていた頃の夢を見せてください』ってね」
薄暗い部屋の中で、ゆっくりと意識が覚醒する。神を自称するだけあって、あの謎の人物はちゃんと夢を叶えてくれたらしい。
あたたかな夢の余韻に浸りながら、頬を冷たいものが伝うのを感じた。
誰かのためになるならば
「あっっつぅ〜い…宿題おわんなぁ〜い…」
「まだ始めて5分で何言ってんの」
わけのわからない数学の問題とにらめっこしてはや5分。ヤケになって机につっぷした私に、友人のカナは呆れたように言う。勉強の得意なカナにとってはたったの5分かもしれないが、勉強の不得意な私にとっては地獄のような5分だ…。
「そもそもさ、数学とかやる意味が見出せないよ…。だって、大人になって仕事するときに因数分解なんて使わないしさぁ」
「まぁ確かに、学校で習ったことをそのまま全部使う職業は多くはないだろうね」
「でしょ?!じゃあ今こんなに頑張る意味ないじゃん!」
食いかかるように私が言うと、カナは、んー、と顎に手を当てて少し考えた後に、こう言った。
「じゃあさ、たとえば、1+1がわからない人が総理大臣になったら、ミナはどう思う?」
唐突な例え話に面食らった。カナは時々こうやって、少し回りくどいけれどわかりやすい話から始めることがある。
「えー…それはちょっと、やめてほしいかな、って思うかなぁ」
「なんで?」
にっこりと笑って、再び私に問いかけるカナ。
「え、なんでって…そりゃ、そんな簡単なこともわかんない人に、日本を任せたくないなぁと思うから…?」
「そうだよね。じゃあ、もし弁護士の人に相談するとき、その人が織田信長を知らなかったら、信用できる?」
「うーん…ちょっと不安になるかな、ちゃんとした弁護士さんじゃないのかも、ってなる…」
「だよね、それと一緒なんだよ。別に学校で習うことが全て正しいわけでも、全て必要なわけでもない。でも、学校で習うようなことは、いろいろな学問を学ぶ基礎になることが多くて、それがちゃんとわからない人は、必ずしも信用してもらえないってこと」
「はぇ〜…」
なるほど、納得した。何にも考えてない私と違って、カナはちゃんと自分の意見を持ってるんだなぁ…。
「もっと例え話をするなら、例えばカナが花屋さんになったら、お花にまつわるいろんな話、それこそ古典とか、知ってたらいろいろなお客さんを喜ばせられるよね。だから、今学んでることは、未来の自分のためであり、いつかどこかで出会う誰かのためのことなんだよ」
だからね、と微笑みながら、カナは私のノートの既に解き終わっている問題を指差した。
「こことこことここ、間違えてるから、もっかい解き直そうか。未来の誰かのために、ね?」
「うぇ〜…はぁい…」
鳥かご(2023.7.26)
友人の家に行くと、見慣れぬ鳥かごが置いてあったので尋ねてみたところ、最近セキセイインコを飼いはじめたらしい。もういくつか人真似もできるそうだ。なかなか優秀なインコらしい。
しかし、私はあまり動物など飼う質ではないので、鳥かごの中に閉じ込められている鳥を少し哀れに思った。何でも、間違って飛んで行かないように、近いうちに翼を少し切ってしまうらしい。
何ともやりきれない思いでインコを見つめる。鳥かごの中のインコの円らな瞳は、ただ私だけを映していた。
そのとき、ふと、少しおかしなことが思いついた。
きっと、インコからすれば、この鳥かごはただの囲いであって、しかも囲われているのは我々人間の方なのかもしれない。そして、無様に囲いの中に押し込められた人間を、インコの方こそ哀れんでいるのかもしれない。
鳥かごの中のインコの瞳は、やはり何も言わなかった。
友情
「友情なんてクソ食らえ!!」
馴染みの居酒屋チェーン店に入るなり聞こえてきた友人の声に、思わず苦笑いする。どうやら今夜もなかなか悪酔いしているようだ。店員も慣れたもので、私の顔を見るなりほっとしたような表情になって、すぐに友人がいる席に案内してくれた。
「なに、今日も荒れてんね」
そう言いながら、友人、美香の向かいの席に腰を下ろす。テーブルの上には、空になったビールジョッキが数本と、鳥串やら枝豆やらの残骸。約束の時間からそう遅れてはいないはずだが、すっかり出来上がっている。
「菜々子ぉ〜遅いぞ〜」
「はいはいすみませんね、お仕事終わってすぐ飛んできましたよっと」
「う〜…」
謎の呻き声を上げたあと、テーブルに突っ伏す美香。大体彼女がこんなに泥酔するのは、失恋した時と相場が決まっている。
「まぁた失恋?」
「失恋すらしてない…『オトモダチ』だってさ!はぁ〜、やんなるわほんと…」
可愛くていい子だから大好きだったのに、とぶつぶつ呟く美香を眺めながら、「嫌われてないだけマシじゃない?」と言ってみる。
「嫌われてた方がすっぱり諦められるからマシよぉ。中途半端に優しくされる方が何倍も最悪…」
「ふぅん…そういうもんなのね」
突然、美香がガバッと起き上がった。
「あぁ〜もう、ほんと、『オトモダチ』なんてろくなもんじゃないわぁ!」
「はいはい、お店に迷惑だからもっと静かにね」
「へぇ〜い…」
再び突っ伏した美香に適当に相槌を打ちながら、こいつはわざわざこうして介抱している『オトモダチ』のことを忘れているのかしら、なんて皮肉に思う。
まぁ、友情なんてそんなもんだ。