街の明かり(2023.7.8)
私は世紀の大怪盗。今日も今日とて、人々から華麗に何かを盗み去る。
本日の舞台は、眼下に広がるこの大都市だ。もう随分と遅い時間にも関わらず、街全体が煌々と光に満ちている。
さて、今日の仕事を始めようか。
私が『あるもの』を盗み過ぎ去るたびに、その場所からは光が消え、ただ静寂だけが残る。
あまりに鮮やかすぎる犯行ゆえに、誰も私のことを知らないのは残念だ。そう嘆きながら、今日も私は夜の街を飛び回る。
闇夜に翔ける彼女を、少し離れたところから見守る影が二つ。
「あの子、また変なことしてるんですか?」
「今度は怪盗ごっこらしいのう。まぁ、楽しそうで何よりじゃ」
「はぁ……。まぁ、仕事はしているようですし、別にいいんですが。変なことをしすぎて、人間たちに見つかったらどうするつもりなのやら……」
「まぁまぁ、我々眠りの妖精の仕事は、誰にも気づいてもらえない寂しいものじゃ。人知れず夜の街を回って、人々に安眠を届ける…素晴らしい仕事ではあるが、なかなかやりがいを感じられんものじゃからのう。少しくらい遊んだとて、バチは当たらんじゃろ」
「まったく、あなたがそう甘いからあの子も真面目にならないんですよ」
「ほっほっほっ、まあまあいいじゃあないか…」
しばしそんな会話を交わした後、彼らもまた自らの仕事のため、夜の街へ消えていく。
『ーー続いて、次のニュースです。昨日の深夜2時ごろ、〇〇市で当時起きていた人々が突然全員眠ってしまうという不可解な事件が起こりました。幸い、事故や事件性などは見られず、警察は人体に悪影響のない薬品が散布されたか、集団催眠の疑いで捜査を進めています。当時コンビニでアルバイトをしていたという男性に話を聞いたところ、「突然すごい眠気に襲われて、いつのまにか寝てしまっていた。最近は不眠症気味だったが、久しぶりによく眠れて体調が良い。店にも特に盗まれたものなどはなかった」とのことです。続いて、明日の天気です。ーー』
七夕(2023.7.7)
「…ん?」
「お、どした?」
何気なく通り過ぎた廊下の視界の端に、見慣れない緑色が目に留まって、立ち止まる。
プラスチックの笹に、色とりどりの短冊。
「あー、そういえば今日、七夕かぁ」
一緒に歩いていた七海が、納得したような声を上げる。
「七夕ねぇ…」
思わず皮肉げにつぶやいてしまった。
「なんだよ、七夕アンチなのか?いいじゃん、七夕。ロマンがあってさ」
まぁ確かに、リア充同士がいちゃつく日だってのは、癪に障るけども、なんて一人で葛藤している七海を尻目に、短冊に書かれた願い事を読んでみる。
「なになに…お金持ちになりたい、家内安全、合格祈願、彼氏が欲しいです…なんか、欲望の煮凝りって感じだな」
「微妙に嫌な表現するのやめろよ…」
呆れたような、少し引き攣った顔をする七海。
「そもそも、こんなご時世に、短冊に願い事を書いてお星様に叶えてもらいましょう、だなんて笑えると思わないか?」
七海は何か言いたげだが、言葉が上手く出てこない様子だった。だから、構わず言葉を続ける。
「だってさ、そのお星様直々に、この世界をぶち壊しに来てくれるんだぜ?」
本当、最高の皮肉だよな。
そう言うと、やっぱり七海は渋い顔をして、
「お前、本当いい性格してるよな…」
数瞬の後、二人で噴き出した。
教室に置きっぱなしのスマホには、ひっきりなしに隕石到来のニュースの通知が届いている。
俺たちの夏は、今日終わる。
友達の思い出(2023.7.6)
私は、友達というものがわからない。
友達というのは、仲がいい人のことらしい。家族ではなく、恋人でもなく、ただの知り合いでもない。どんな関係性の人を「友達」と呼ぶかということさえ、人それぞれだ。
友達の思い出、と言われて思い出すのは、小学生のときのことだ。そのとき私には、いわゆる幼馴染と言える関係の「友達」がいた。その子はとても女の子らしくて、子供らしいわがままさもある子だった。私はその子と仲良くするために、道化のような振る舞いをしていた。思ってもいない突飛なことを言ったり、わざと全力で走り回ったり。確かにそれは、あの子を笑わせていたし、私もきっとそれが嬉しかったのだと思う。
でも、ふとあるとき、思ってしまった。あの子が好きなのは、道化のわたし。いや、同じように面白おかしい存在なら、わたしじゃなくたっていいのかもしれない、と。
そう思うようになってから、その子とは話さなくなった。
これが私の、友達の思い出。
星空(2023.7.5)
「ねぇ、窓を開けてくれない?」
青白い顔、けれども穏やかな表情で、彼女はそう言った。僕は黙って窓を開け放った。今日の天気は快晴で、窓の外には時折瞬く星々が見えている。
その星空に、きっともうよく見えていない目を眩しげに細めながら、彼女は口を開いた。
「私、きっともうすぐ、あの星たちのひとつになるわ」
「縁起でもないことを言わないでくれ…」
一瞬息を呑んだ後、僕は懇願するように言った。けれども、内心では、あぁ、彼女の言う通りだ、とも思っていた。不治の病に冒され、医者にも黙って首を横に振られた彼女は、今にも儚く消えてしまいそうなほど衰弱していた。
「別に、悲観してるわけじゃあないのよ?ただ、そうなったらいいなぁって。そう、思ってるだけ。」
「……頼むから、生きることを、諦めないでくれ…。頼むから…」
静かに、けれども血を吐くような声の僕を、仕方がないものを見るような、そんな優しい目で見つめながら、彼女は言葉を続けた。
「諦めてるというか…もう、わかるのよ。ここが人生の終わりだって。悪い気分じゃないわ、あなたと離れてしまうこと以外は」
そう言うと、彼女は一つ咳をした。
「私はね、生まれ変わりというものを信じてるのだけど」
また、一つ咳をする。
「何になったっていいの。何になっても、あなたのそばに、あなたといられるなら、それでいいの。でもきっと、私が死んだら、あなた、とっても落ち込むでしょう?だから、星になったら、あなたはきっと、上を向いてくれるんじゃないかって」
僕の目からは、いつのまにか涙が流れていた。
「あら、泣いてる暇はないわよ。あんなにたくさんある星たちの中から、星になった私を探してくれなきゃいけないんだから……」
そう言って、彼女は笑った。きっと、彼女の生涯でいちばん綺麗な笑みだった。
そうして、彼女は星になった。
その日からずっと、僕は彼女の星を探している。
神様だけが知っている(2023.7.4)
sideA
今日は大好きな彼との結婚式。高校で出会って、それから5年間の交際を経て、ようやく結ばれるのだ。
なぜ彼が私を好きになってくれたのか、今でも不思議に思う。高校時代、根暗だからという理不尽な理由でクラスメイトにいじめられていた私を、彼だけが助けてくれた。誰にも相談できずに悩む私に親身になって話を聞いてくれて、あんなに恐ろしいクラスメイトたちに真っ向から立ち向かっていく彼の姿は、誰よりも格好良くて……。彼を好きになるのに、そう長くはかからなかったと思う。そんな素敵な彼と結婚できるだなんて、本当に夢みたいで、なんだか現実味がない。けれど、一つ言えることがあるなら、きっとわたしは今世界で一番の幸せ者だ。
sideB
今日はやっと、長年の悲願が叶う。高校からずっと想い続けた彼女との結婚式だ。思えば、ここまでの道のりは長かった。大して外見も中身もパッとしない俺が、密かに人気のあった彼女の目に留まるためには、彼女の唯一の理解者になるしかなかった。彼女がクラスで孤立するようそれとなく手を回し、彼女と仲良くなれる機会を待った。いじめにまで発展したのは想定外だったが、より彼女と親密になれたのでむしろ良かったかもしれない。
あぁ、こんなことを考えている俺はきっと最低に違いない、そんなことはとうにわかっている。だが、彼女にだけは、この秘密を死ぬまで胸に抱え続けよう。
そう、真実は、神様だけが知っている。