星空(2023.7.5)
「ねぇ、窓を開けてくれない?」
青白い顔、けれども穏やかな表情で、彼女はそう言った。僕は黙って窓を開け放った。今日の天気は快晴で、窓の外には時折瞬く星々が見えている。
その星空に、きっともうよく見えていない目を眩しげに細めながら、彼女は口を開いた。
「私、きっともうすぐ、あの星たちのひとつになるわ」
「縁起でもないことを言わないでくれ…」
一瞬息を呑んだ後、僕は懇願するように言った。けれども、内心では、あぁ、彼女の言う通りだ、とも思っていた。不治の病に冒され、医者にも黙って首を横に振られた彼女は、今にも儚く消えてしまいそうなほど衰弱していた。
「別に、悲観してるわけじゃあないのよ?ただ、そうなったらいいなぁって。そう、思ってるだけ。」
「……頼むから、生きることを、諦めないでくれ…。頼むから…」
静かに、けれども血を吐くような声の僕を、仕方がないものを見るような、そんな優しい目で見つめながら、彼女は言葉を続けた。
「諦めてるというか…もう、わかるのよ。ここが人生の終わりだって。悪い気分じゃないわ、あなたと離れてしまうこと以外は」
そう言うと、彼女は一つ咳をした。
「私はね、生まれ変わりというものを信じてるのだけど」
また、一つ咳をする。
「何になったっていいの。何になっても、あなたのそばに、あなたといられるなら、それでいいの。でもきっと、私が死んだら、あなた、とっても落ち込むでしょう?だから、星になったら、あなたはきっと、上を向いてくれるんじゃないかって」
僕の目からは、いつのまにか涙が流れていた。
「あら、泣いてる暇はないわよ。あんなにたくさんある星たちの中から、星になった私を探してくれなきゃいけないんだから……」
そう言って、彼女は笑った。きっと、彼女の生涯でいちばん綺麗な笑みだった。
そうして、彼女は星になった。
その日からずっと、僕は彼女の星を探している。
7/5/2023, 11:58:49 AM