うどん巫女

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7/3/2023, 1:05:46 PM

この道の先に(2023.7.3)

タタタン…タタタン…
電車の走る音で、ふと目を覚ました。そして一拍の後、全身からざっと冷や汗が出る。
(やばい、完全に寝過ごした!)
だんだんと意識が覚醒してきて、自分が学校からの帰りの電車に乗っていて、疲れ切って眠り込んでしまったというところまで思い出した。電車に乗ったころはまだ夕暮れ時だったのに、いつのまにか外は真っ暗になっている。
とにかく、終点まで行ってしまう前に降りなくては。ちょうど折よく電車が止まり、駅名も確認せずに電車から飛び出た。不思議と自分以外に乗客は誰もおらず、電車の扉は間も無く閉まって、またゆっくりと走り出した。
タタタン…タタタン…
過ぎ去っていく電車の音になんと無く言いようもない不安を覚えながら、駅名を確認する。家から遠く離れているところなら、親に車で迎えにきてもらわなければならない。
ところが、駅名は掠れて見えなくなってしまっていた。かろうじて前の駅の最後の文字が「世」だということしかわからない。もしかしたら、この駅はほとんど利用する人がいない辺鄙なところにあるのかもしれない。見る限り無人駅のようであるし、ホームにあるベンチは錆つき、壁のポスターなども日にやけて色褪せてしまっているようだ。
今時珍しくなってきた蛍光灯の頼りない光のもと、苦労して鞄の中からスマホを取り出す。
「あ…充電切れてる…」
これでは親に電話して迎えに来てもらうことができないどころか、親に無事を伝えることもできない。今頃とても心配しているだろうから、早く帰らなければ。
とりあえず、この駅から出ることにする。乗ってきた駅からここまでの運賃はわからないが、自動改札はなく運賃箱がぽつんと置いてあるだけだったので、1000円札を捩じ込んで外に出た。
駅の外には線路沿いに一本道が続いており、かろうじて舗装されてはいるが道の片側は草むらが生い茂っていた。草むらから虫の音が細々と響いている。10メートルほど間隔をあけて街灯が設置されているので、道を遠くまで見渡すことができたが、どうやらすぐ近くに明かりはなく、市街地どころか民家の一軒もなさそうであった。駅の前に公衆電話でもないかと期待したが、電気の切れかけた煙草の自販機があるだけだった。
(電車、降りなければよかったかな)
今更になって後悔する。すぐに降りるのでは無く、終点まで乗って運転士に電話を借りるなりなんなりした方がよかっただろうか。だが、次の電車が来る気配は全くないし、待っていてもそれこそ朝になってしまいそうだ。
覚悟を決めて歩き出す。何か、明かりがついている建物を探すのだ。コンビニなんかがあれば一番いい。もしかしたら案外家の近くかもしれない。
しばらく歩いていると、道に沿って一本だけ、林檎の木が生えているのを見つけた。誰かが手入れでもしているのか、美味しそうな実がいくつかなっている。はて、今は林檎の季節だっただろうか…?
そのとき、くぅ、と小さくお腹が鳴った。昼食以来何も食べていないのだから、空腹を感じるのは当然と言えた。とはいえ、いつもなら道になっている木の実を食べようだなんて思いもしないのに、何故か今はその林檎がとても魅力的に見えた。きっと、とても美味しいに違いない…。
ふらふらと林檎の木に近づいていったそのとき、急に頭を強く殴られたような、酷い頭痛を感じた。まるで、頭の中で誰かが必死に叫んでいるみたいだ。
頭痛がおさまったときには、なんだか疲れ切ってしまって、林檎を食べようとは思わなくなっていた。
またしばらく歩くと、自分の歩いている道のずっと先の方を、何人かの人が歩いているのに気づいた。夜道を一人で歩くことに少なくない心細さを感じていたので、他にも人がいることがわかってほっとする。少し歩調を早めて、前を歩く人々に少しずつ近づいてみた。
しかし、その歩いている人たちの様子は、なんだか生気がないというか、皆一様に俯いて歩いていて、とても声をかけられそうにはなかった。そもそも、なぜこんな何もない夜道を、この人たちは歩いているのだろうか…?まさか全員が全員、自分と同じように電車で寝過ごしてしまったとでもいうのだろうか?
なんとなく不審さを感じ始めていると、前方に橋が見えてきた。どうやら、かなり大きな川に架かっている橋のようで、対岸ははるか先にあった。
何気なく川の名前が書いてある看板を見て、血の気が引いた。

『三途の川 この先、死者の国』

「…ひっ…」
思わず小さな悲鳴が出る。冗談だと笑い飛ばすには出来すぎていた。私のその声を聞きつけたのか、俯いていた周りの人々がのろのろと顔をあげる。
濁り切った、虚ろな目が私をじっと見つめた。
「オマエ、マダ、イキテイルナ…?」
私は絶叫した。あまりにも大きな恐怖と、突然訪れた頭が割れそうな激痛に。
そうして、視界が暗転した。

気づけば、病院のベッドの上だった。
どうやらあの日私は、帰り道に乗っていた電車が事故を起こしたらしく、1ヶ月ほど生と死の境を彷徨っていたらしい。時折風前の灯となる私を、家族が必死に声をかけることでなんとか持ち堪えたそうだ。
全ては悪い夢だったのかもしれない。でも一つだけ言えることがあるとすれば、もしあの道の先に行っていれば、今こうして生きてはいなかっただろうということだ。

7/2/2023, 11:15:51 AM

日差し(2023.7.2)

いつからだろう、陽の光を疎ましく思うようになったのは。
幼い頃は、ひだまりの中で駆け回ることを何よりも愛していたのに、今となっては、まるで幽霊のように、明るすぎるものに怯えている。
窓から見える明るい外の世界には、憂鬱になる。明るい人には、眩しすぎて触れられないような気持ちになる。明るい未来なんて、見えない。
あぁ、いっそのこと、本当に幽霊にでもなれたらな。
そんなことを思うけれど、実行する勇気なんてなくて。
今日も私は、日差しに怯えている。

7/1/2023, 10:57:55 AM

窓越しに見えるのは(2023.7.1)

1年前、高校に入学したその日、僕は恋をした。
緊張と不安と一抹の期待を胸に抱えながら、教室の窓際の席から見えた彼女は、中庭で1人、花に水をやっているようだった。その慈しみを滲ませた横顔が、今まで見てきた何者よりも美しく思えて、きっとその時、僕はあの子に恋をした。
次の日、同じ学年の教室を全部見て回ってみたけれど、あの子はいなかった。もしかしたら、先輩なのかもしれない。
その次の日は二年生、そのまた次の日は三年生の教室を探したけれど、やっぱり見つからない。
けれども、帰り際にふと、教室の窓から向かいの校舎の屋上を見上げると、空に向かって手を伸ばしている彼女が見えた。
慌てて屋上に向かったけれど、すでに彼女はいなかった。一体ここで何をしていたのだろうか。
それからも、彼女が何者なのか、知ることはできなかった。彼女のことを知っている人は、誰もいなかった。けれども時折窓越しに見える彼女の姿は、やっぱり相変わらず眩しくて、愛おしくて、僕は彼女を探し続けた。
三年生になったある日、図書委員として図書室の新聞を整理していると、最近のものに混じって、一つだけ10年ほど前の新聞があった。どうやら、この学校に関係のある記事の切り抜きのようだ。

『〇〇高校の女子生徒、飛び降り自殺 いじめが原因か』

あぁ、やっと見つけた。

その記事に添付された写真は、三年間探し求めた彼女のものだった。
花を愛する彼女の愛らしい笑顔を知っているのは、きっとあの校舎と僕だけだ。

6/30/2023, 1:34:30 PM

赤い糸(2023.6.30)

薄闇の部屋の中で、鈍く輝く刃を左腕に押し付ける。
そのまま大きくひとつ息をついて、刃を握る右手をスライドさせる。
しぱしぱとこそばゆいような微かな痛みとともに、赤い糸が生まれる。一本、二本、三本……。
「運命の赤い糸」なんてものは、きっともうとっくに切れてどこかへ行ってしまったけれど。目に見えないそれを少しでも手繰り寄せるために、今日も私は糸を紡ぐ。

6/30/2023, 9:04:01 AM

入道雲(2023.6.30)

夏を象徴するようにも思える入道雲だが、実のところ私は然程入道雲を見たことがない。
微かな記憶に残る、かつて幼い頃見た入道雲はとても雄大で、自由だった。
今、車窓から見える入道雲は、ビル群と電線にがんじがらめになって、ひどく窮屈そうで、記憶の中のそれとは似ても似つかない。
私の童心も、あの頃の入道雲とともにどこか遠くへ行ってしまったのだろうか。

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