うどん巫女

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この道の先に(2023.7.3)

タタタン…タタタン…
電車の走る音で、ふと目を覚ました。そして一拍の後、全身からざっと冷や汗が出る。
(やばい、完全に寝過ごした!)
だんだんと意識が覚醒してきて、自分が学校からの帰りの電車に乗っていて、疲れ切って眠り込んでしまったというところまで思い出した。電車に乗ったころはまだ夕暮れ時だったのに、いつのまにか外は真っ暗になっている。
とにかく、終点まで行ってしまう前に降りなくては。ちょうど折よく電車が止まり、駅名も確認せずに電車から飛び出た。不思議と自分以外に乗客は誰もおらず、電車の扉は間も無く閉まって、またゆっくりと走り出した。
タタタン…タタタン…
過ぎ去っていく電車の音になんと無く言いようもない不安を覚えながら、駅名を確認する。家から遠く離れているところなら、親に車で迎えにきてもらわなければならない。
ところが、駅名は掠れて見えなくなってしまっていた。かろうじて前の駅の最後の文字が「世」だということしかわからない。もしかしたら、この駅はほとんど利用する人がいない辺鄙なところにあるのかもしれない。見る限り無人駅のようであるし、ホームにあるベンチは錆つき、壁のポスターなども日にやけて色褪せてしまっているようだ。
今時珍しくなってきた蛍光灯の頼りない光のもと、苦労して鞄の中からスマホを取り出す。
「あ…充電切れてる…」
これでは親に電話して迎えに来てもらうことができないどころか、親に無事を伝えることもできない。今頃とても心配しているだろうから、早く帰らなければ。
とりあえず、この駅から出ることにする。乗ってきた駅からここまでの運賃はわからないが、自動改札はなく運賃箱がぽつんと置いてあるだけだったので、1000円札を捩じ込んで外に出た。
駅の外には線路沿いに一本道が続いており、かろうじて舗装されてはいるが道の片側は草むらが生い茂っていた。草むらから虫の音が細々と響いている。10メートルほど間隔をあけて街灯が設置されているので、道を遠くまで見渡すことができたが、どうやらすぐ近くに明かりはなく、市街地どころか民家の一軒もなさそうであった。駅の前に公衆電話でもないかと期待したが、電気の切れかけた煙草の自販機があるだけだった。
(電車、降りなければよかったかな)
今更になって後悔する。すぐに降りるのでは無く、終点まで乗って運転士に電話を借りるなりなんなりした方がよかっただろうか。だが、次の電車が来る気配は全くないし、待っていてもそれこそ朝になってしまいそうだ。
覚悟を決めて歩き出す。何か、明かりがついている建物を探すのだ。コンビニなんかがあれば一番いい。もしかしたら案外家の近くかもしれない。
しばらく歩いていると、道に沿って一本だけ、林檎の木が生えているのを見つけた。誰かが手入れでもしているのか、美味しそうな実がいくつかなっている。はて、今は林檎の季節だっただろうか…?
そのとき、くぅ、と小さくお腹が鳴った。昼食以来何も食べていないのだから、空腹を感じるのは当然と言えた。とはいえ、いつもなら道になっている木の実を食べようだなんて思いもしないのに、何故か今はその林檎がとても魅力的に見えた。きっと、とても美味しいに違いない…。
ふらふらと林檎の木に近づいていったそのとき、急に頭を強く殴られたような、酷い頭痛を感じた。まるで、頭の中で誰かが必死に叫んでいるみたいだ。
頭痛がおさまったときには、なんだか疲れ切ってしまって、林檎を食べようとは思わなくなっていた。
またしばらく歩くと、自分の歩いている道のずっと先の方を、何人かの人が歩いているのに気づいた。夜道を一人で歩くことに少なくない心細さを感じていたので、他にも人がいることがわかってほっとする。少し歩調を早めて、前を歩く人々に少しずつ近づいてみた。
しかし、その歩いている人たちの様子は、なんだか生気がないというか、皆一様に俯いて歩いていて、とても声をかけられそうにはなかった。そもそも、なぜこんな何もない夜道を、この人たちは歩いているのだろうか…?まさか全員が全員、自分と同じように電車で寝過ごしてしまったとでもいうのだろうか?
なんとなく不審さを感じ始めていると、前方に橋が見えてきた。どうやら、かなり大きな川に架かっている橋のようで、対岸ははるか先にあった。
何気なく川の名前が書いてある看板を見て、血の気が引いた。

『三途の川 この先、死者の国』

「…ひっ…」
思わず小さな悲鳴が出る。冗談だと笑い飛ばすには出来すぎていた。私のその声を聞きつけたのか、俯いていた周りの人々がのろのろと顔をあげる。
濁り切った、虚ろな目が私をじっと見つめた。
「オマエ、マダ、イキテイルナ…?」
私は絶叫した。あまりにも大きな恐怖と、突然訪れた頭が割れそうな激痛に。
そうして、視界が暗転した。

気づけば、病院のベッドの上だった。
どうやらあの日私は、帰り道に乗っていた電車が事故を起こしたらしく、1ヶ月ほど生と死の境を彷徨っていたらしい。時折風前の灯となる私を、家族が必死に声をかけることでなんとか持ち堪えたそうだ。
全ては悪い夢だったのかもしれない。でも一つだけ言えることがあるとすれば、もしあの道の先に行っていれば、今こうして生きてはいなかっただろうということだ。

7/3/2023, 1:05:46 PM