いろ

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11/17/2023, 7:48:12 AM

【はなればなれ】

 横たわった二匹の猫の亡骸を、君は黙々と紐で縛り上げていく。ひそひそと周囲が交わす陰口になんて一切の興味を示さずに。
「ねえ、何してるの?」
 問かければちらりと、君は私へ視線を向けた。情動の映らないガラス玉のような瞳に、私の姿が無機質に反射している。この恐ろしいまでの透明さが、同年代の中では異質なのだ。クラスメイトたちが彼を怖がるのは、言動の突飛さもさることながら、この瞳の底の見えなさによるところもあるのだろう。
「……はなればなれは、可哀想だろ」
 短い答えだった。それきり関心を失ったのか彼の意識は私を離れ、車に撥ねられ命を落とした二つの骸だけへと真摯に注がれる。いつも二匹で行動していた野良猫たちの姿を思い出して、少しだけ口角が持ち上がった。
(やっぱり君は、優しい人だ)
 天国に昇っても、或いは地獄の底でも、決して二つの魂が分たれることのないように、その亡骸を繋ぎ合わせていく――亡骸を弄ぶなんて残酷だと囁く人々は、伏せられた君の眼差しによぎる寂寞と慈愛をきっと知らないのだ。私だけが、それを知っている。
 仄暗い優越感を抱えながら、君の横から手を伸ばす。寄り添いあった猫たちの亡骸を、いたわるようにそっと撫でた。

11/15/2023, 9:54:50 PM

【子猫】

 インターホンに呼び出されて玄関のドアを開ければ、土砂降りの雨の中に立ち尽くす君の腕の中に、一匹の子猫が横たわっていた。
「どうしたの、それ」
「っ……道路に、倒れてて……」
 雨音にかき消されそうなほどに掠れた声。よく見れば君の頬は腫れていて、唇の端に血が滲んでいる。どうやらまた理不尽な暴力に晒されたらしい。それなのに自分の傷には構うことなく、君は腕に抱いた子猫の身を案じていた。
 ……もう、死んでいる。一瞥しただけでそれはわかったし、たぶん君だって理解してはいるのだろう。それでも私を頼ってきた君のその必死さが、いじらしくてたまらなかった。
「入って。手当てするから」
 おままごとのように死んだ猫の傷に包帯を巻いて、君が満足したら亡骸は地面に埋めてやろう。
(良かったね、優しい人に見つけてもらえて)
 私が死んでも、君は同じように悼んでくれるだろうか。或いは君が死んだ時、こんな風に君の死を本気で悼んでくれる人はこの世界にいるのだろうか。そんな馬鹿げたことを考えながら、私は君の腕の中に眠る幸福な子猫の冷たい頭を撫でた。

11/14/2023, 9:55:35 PM

【秋風】

 吹き抜けた涼やかな風が、銀杏の葉を巻き上げる。太陽の光を受けて鮮やかに輝く黄金色の景色に、少しだけ目を細めた。
 ああ、もうすぐ冬がやってくる。しんと静まり返った寒い寒い雪の降る日、君がこの世界から旅立っていた季節が。
 二人で最後に歩いたのは、銀杏並木の道だった。地面に降り積もった銀杏の葉を踏みしめながら、秋風が冷たいからなんて言い訳で身を寄せ合って手を繋いだ。そのあとは真白い病室を出ることのないまま、ゆっくりと衰弱して息を引き取った。
 もう君がいなくなって十年以上になる。それでも忘れることなどできない。秋風が身を切るたびに、君のことを思い出す。
(キスくらい、してあげれば良かったな)
 幼かったあの頃は気恥ずかしくて、指を絡ませるだけで精一杯だった。今だったらその身体を抱きしめて、優しいキスを何度だって贈るのに。
 空虚な寂しさをなぞりながら、風の運んできた銀杏の葉を一枚、指先につまみ上げた。

11/13/2023, 9:50:55 PM

【また会いましょう】

 血の混じった細い息を吐き出す貴方の冷たい身体を、腕の中へと抱き寄せる。私を庇うなんて本当に愚かな人だ。不死の権能を持つ私であれば、ドラゴンの爪に身体を抉られたって死ぬほど痛いだけで死ぬことはないのに。
 それでも私の無事な姿を瞳に映した貴方の口元が、安堵したように柔らかく綻ぶから。馬鹿じゃないのという罵倒も、溢れ出しそうになる涙も全て押し殺して、ただ口角を上げてみせた。
 貴方の髪をそっと指で梳いて、血に濡れた唇に口づけを落とす。
「いつか、また会いましょう」
 不死たる私に死後の世界の概念はない。交わした約束は、きっと永遠に叶うことのないものだろう。だけど目を閉じた貴方が幸せそうに微笑んでいたから、きっとこの優しい嘘が私たちの正解だったのだ。

11/12/2023, 9:52:54 PM

【スリル】

 綺麗な顔についた傷口の一つ一つに消毒液をかけ、絆創膏やガーゼで覆ってやる。不機嫌そうな表情を浮かべながらも俺の手を拒まないのは、俺がブチギレて余計に面倒になることを知っているからだ。
「おまえさぁ、いい加減に火遊びはやめたら?」
「うるさい。僕の趣味に口出しするな」
 悪い大人どもと付き合って、悪い遊びにばかり連れ回されて、それを趣味とは笑わせる。結局コイツはそういう刺激と痛みがないと、生を実感できない大馬鹿者なだけだ。これ以上言っても無駄だとわかっているから、文句を飲み込んで代わりに一つため息を吐き出した。
 スリルがなければ生きられないおまえと、安定と平穏のみを好む俺とは、決定的に噛み合わない。それでも二卵性で顔も性格も1ミリも似ていないこの双子の弟をあっさりと見捨てられるほど、情のない人間ではないのだ。
「ほら、手当て終わったぞ」
 せめてもの腹いせに、真新しい傷をガーゼの上から軽く叩けば、小さな舌打ちと膝蹴りが飛んできた。

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